第5話
「確か、君はアルバイトの学生さんだったね。なんだい?」
旭は加奈恵の新聞社に勤務するアルバイト学生、ということになっている。
「達也さんと一緒にいた男性達は、当時合唱コンクールの運営を行う業者として大会に潜り込んでいました。徹さんはその男性達について、何か知っていたりしますかね?」
男達はリベルタスが扮していた業者であり、徹が達也にその業者の仕事を斡旋した可能性が高い。もし本当にそうならば、旭の今の質問に何かしらの反応を示すはず。
そして、旭の予想は見事にビンゴ。
徹と秘書の顔色が明らかに変わる。徹は何かを伺うように秘書の方を向く。助けを求められた秘書は、旭が言葉を続けるよりも早く口を開いた。
「言っておくけど、徹君とその男達に接点などはない! 徹君は今も当時も誠実に生きていて、汚点など一つも無い。ましてやテロリストと関係があるなどと! アルバイトとはいえ、君も記者の端くれなら、ネットの根拠の無い妄言に惑わされない様に! わかったかい!」
秘書は顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら旭を叱りつける。
汚点が一つも無いって、子供の頃散々いじめをしていただろ。
内心呆れながらも、旭は表面上「はい、申し訳ありません」と謝罪した。それで秘書は幾分か溜飲が下がったようで、落ち着きを取り戻す。
秘書は自身の腕時計を見て、わざとらしく咳払い。
「徹君はこれから予定があるので、申し訳ないが取材はここまでということで。それと記事を公開する際は、公開前に我々に必ず見せてください。事実と異なることを書かれたら嫌なので。徹君は大事な選挙を控えている身です。そこら辺ナイーブになっていることはご了承ください」
さあ、おかえりくださいと強く促され、旭達は事務所を後にした。
小林徹の取材後、旭が自宅の最寄り駅に着いた時には、陽は大分傾いていた。
夕暮れで赤く染まる道の中、主婦達は両手に買い物袋を持ち、学校帰りの小学生が道端でゲームの雑誌を広げ、高校生のカップルが自転車に二人乗りして通り過ぎる。
そんな平和な光景に眼を向けず、旭は下を向いてゆっくりと歩いている。
旭は小林徹の取材後の、加奈恵との会話を思い出していた。
「大菜木さん、すいません。俺の質問のせいで取材が打ち切られてしまって」
「聞きたいことは聞けたから気にしないで。それにしてもあからさまだったね。徹さんが例のリベルタスの人間と関係があるって認めたようなもんだよ。私、笑いを堪えるのに必死だった。父親の後を継ぐつもりなら、腹芸ぐらいできなきゃ。あれじゃ議員としてやっていけないよ」
「ははは、確かに」
「……ねえ、旭くん、気づいた? 秘書さんの言葉」
「はい。ネットの根拠の無い妄言、ですよね?」
「そう。旭くんはネットなんて一言も言っていないのに、何故あの言葉が出てきたんだろう? 過剰に反応していたし、気になるなあ。私の方でもちょっと調べてみるね」
「よろしくお願いします」
「今回の取材で、徹さんとリベルタスに繋がりがあることはなんとなくわかった。だけど、徹さんが何故達也さんをリベルタスに紹介したのか、結局聞き出せなかったね」
「ええ、肝心なところがわからずじまいです」
徹とリベルタスに繋がりがあったとしよう。何故、徹は達也がテロの片棒を担ぐように仕向けたのか。彼には何のメリットもない。リベルタスの命令を断れなかった? それとも徹自身もリベルタスがコンクール会場を爆破することを知らなかった? だとしたら、何故正直にそのことを話さない?
旭が頭を悩ませていると、胸ポケットのスマートフォンが震える。立ち止まって確認すると、香織からのメールだ。内容は進捗どうですかと、一文のみ。
「……田村さんには、そろそろ現状報告しておこうか」
直接会って報告したいので、都合の良い日時を教えてほしいとメールを打つ。香織に返信した後、再び歩き出す。
自宅が見えてきたところで、家の前に一人の女の子が立っていることに気付いた。
女の子の服装は青のネクタイに紺色のブレザー、紺色と灰色のチェックのスカートの制服姿。旭が今年の三月まで通っていた高校のものだ。
そして、彼女は旭の元クラスメイト。
旭は東雲茜に声をかけた。
「茜!」
「へ、あ、旭くん!」
茜と呼ばれた少女はビクッと肩を震わせ、驚いた顔でこちらを振り向く。
卒業式以降、約一月ぶりの再会。
人のよさそうな垂れ目に卵型の童顔。高校三年生になった彼女は以前よりも髪を伸ばしており、現在の髪型はミデイアム。最後に高校の卒業式で会った時よりも、幾分か大人っぽくなっている。
彼女とは中学高校と同じ学校に通っており、当時の同級生達は茜を可愛らしいと評していたが、旭も同意する。人見知りの彼女は態度が常におどおどしており、どうも頼りない印象を持ってしまう。だた、その様子が今では絶滅危惧種の奥ゆかしい清楚な美少女と、隠れファンが多かった。
茜は顔を赤らめ、上目遣いで旭を見つめてくる。
「旭くん、久しぶりだね。どこかに出かけていたみたいだけど、大学の帰り?」
「ああ、うん……まあ、そんなところ。茜はどうしたの? 何か自分に用が?」
「う、うん。これ、旭くんにあげようと思って」
茜がカバンから取り出したのは、クッキーが入った袋だった。ピンクのリボンで可愛らしくラッピングしてある。
「今日の部活動で作ったの。作りすぎちゃったから、旭くんに渡そうと思って。クッキー好きだったよね?」
茜は高校で料理研究部に入っている。高校時代はよく手作りの料理やお菓子をくれた。
わざわざ届けに来てくれたのか。
旭は思わず感激。大学に入学してからは学業とウォッチャーの任務に忙しく、高校時代の友人との交流はまったくなかった。だから、こうやってわざわざ友人が会いに来てくれたことが嬉しい。
旭は心を込めてお礼を言い、クッキーの袋を受け取る。
これで用事は済んだかなと思ったが、茜は帰る気配がない。もじもじと指を遊ばせ、旭を上目遣いで見る。
少しの間茜と見つめ合った後、沈黙に耐えきれなくなった旭は切り出す。
「他に何か用事があるの?」
「あの、あるわけじゃない、よ。じゃないけど、旭くんともう少しお話ししたいなって」
「話? 何か重要な話が?」
「いや、そんな大それたことじゃないよ。だけど……」
茜は口ごもる。不明瞭な発音でよく聞き取れない。一体なんだと旭は首を捻る。旭に見つめられて、茜は更に萎縮。
「なにしてるの? 旭」
玄関の扉を開け、旭の母の悠が顔を出す。話し声がしたので、様子を見にきたのだろう。
「あら、茜ちゃん、久しぶり。旭の卒業式以来だね」
「お久しぶりです」
悠は茜と挨拶を交わした後、旭の額を小突いた。
「駄目でしょ。女の子を家にも入れないで」
「いや、彼女の用事はすでに済んでいるよ」
旭は貰ったクッキーの袋を悠に見せる。
旭の返答に、悠はこれ見よがしにため息を吐く。
「そういう鈍いところは、若い頃のお父さんそっくり。女の子がお菓子を渡すためだけに、家に来るわけないでしょ。茜ちゃん、家に上がりなさい。お茶出すから」
「は、はい。お邪魔します」
悠は茜の手を引き、家の中へ。旭も続く。




