第1話
こういう人間になりたいと思うきっかけは、憧れという感情が大半だろう。昔世話になった、その姿が格好良かった、など。
旭がウォッチャーを目指したきっかけは、ウォッチャーの創設者である久瀬への憧れだ。
八年前のとある日曜日。母からお小遣いをもらった旭は、同級生の友人達と新作のゲームを買うために隣町の大型デパートに足を運んだ。
様々なテナントを見て回った後、ゲーム売り場でお目当てのゲームを買い、帰ろうとしていた時だ。
下の階層から突然乾いた音。
客達は何事だと足を止める。旭が三階の吹き抜けから一階を覗くと、デパートの入り口近くに銃を持った若者達と、血溜まりの中に警備員が倒れているのが見えた。
短い静寂の後、デパートの中に悲鳴と怒号が飛び交う。まさに阿鼻叫喚。客は他人を押しのけ、我先にと逃げ出した。テロリスト達は逃げ惑う客に向かい、背後から銃を乱射。客が一人一人と倒れる度に、彼らは馬鹿みたいな奇声を上げ楽しそうに笑う。デパートに流れていた人気アイドルのポップな曲に、悲鳴、断末魔、銃声、奇声が入り交じる。子供達が持っていた風船は凶弾で割れ、可愛らしいイラストが描かれた壁には血肉が飛び散る。レストランからの料理の匂いには血と硝煙の匂いが混ざり、吐き気を催すほどの悪臭へと変貌。
地獄があるのだとしたら、こんな光景なのだろう。
本来なら避難誘導するべきデパートの従業員や警備員達も、我が身が可愛くすでに逃げ出していた。普段から災害や不審者侵入などの訓練を受けていても、恐ろしい殺戮者を目の前にすれば逃げるのが生物の生存本能。
だが、困ったのが客だ。客達はどこに逃げていいかわからず、パニック状態。エスカレーターや階段に客が殺到し大混雑。そんな身動きできない彼らに向かって、テロリスト達は容赦なく銃弾を放つ。
「子供だけは見逃して!」と懇願する母親を殺す。
母親の亡骸に縋る子供を殺す。
果敢にも抵抗する男性を殺す。
逃げ惑う学生を殺す。
足が悪く動けない老夫婦を殺す。
ベビーカーの赤ん坊を殺す。
彼らは片っ端から目についた人間を撃ち殺した。彼らには罪悪感など皆無。ただ無邪気に笑いながら、殺人を楽しんでいた。
一階の様子を伺っていた旭達は戦慄。
ここにいればいずれ殺されてしまう。
旭達はデパートからの脱出をすぐに決意。
このデパートの出入り口は、一階と屋上の四階。しかし、一階はテロリスト達がすでに占拠している。行くなら四階だ。旭達は近くのエスカレータへと走り出した。
エスカレータに着くと、上の階から数発の銃声。そして、エスカレータを男性が転がり落ちて来た。胸が赤く染まっており、眼は半開きで生気がない。死体を間近で見た旭達は思わず悲鳴を上げた。どうやらテロリスト達は四階にもいるようだ。出入り口を塞がれてしまい、このデパートからはもう逃げられない。
友人の一人が「隠れてやり過ごそう」と提案。旭達は来た道を戻り、おもちゃ売り場へと向かった。各々おもちゃの陰に隠れ、旭は巨大なクマのぬいぐるみの後ろに身を隠す。
旭は目を瞑り、耳を抑え、聞こえてくる悲鳴と銃声にひたすら耐えた。自分の腕を噛み、体の震えを必死に止める。
警察の機動隊がデパートに着いたのは、襲撃発生から約三十分後。デパートを中心とする直径三キロに交通規制を張り、パトカーを十数台配置した。
真っ昼間に起きた無差別銃撃事件など、この田舎町では想像出来ないような大事件。奇跡的にデパートから逃げ出せた人々の証言によると、襲撃犯達は少なくとも十名以上であり、ショットガンやライフルに加え、手榴弾まで持っているようだ。デパートには未だに百十数人の市民が残っており、下手に機動隊を突入させれば激しい銃撃戦となり、市民に多くの犠牲が出る。
そのため、警察はまず交渉を試みた。
交渉人は震える手を必死に抑え、デパート内部の受話器に電話をかける。出たのは、声からして若い男。
交渉人は出来るだけ物腰柔らかく尋ねた。
「あなたはデパートの従業員か?」
「いや、違う」
「……では、何者なんだい?」
「俺達はリベルタスという組織の人間だ。まあ、自分で言うのもなんだが、要するにテロリストだな。今、このデパートで銃をぶっ放してる」
交渉人はテロリストという単語に息を呑んだが、なるべく平静を装い、話を続ける。
「そうか。リベルタスというのが、君達の組織の名前なんだね。君は幾つだい? 随分若いようだけど」
「歳? 俺は十九」
「他の人も?」
「大体それぐらい。全員十代」
「学校は行ってないの?」
「俺は専門学校通ってる。他は行ってたり行ってなかったり。就職してる奴もいる」
「そうなんだ。君は学校で何を勉強しているの?」
「美容師。今はハサミの練習してる」
交渉人はしばしの間、テロリストと他愛もない世間話をする。
交渉の基本は相手に警戒心を抱かせず、情報を引き出すこと。交渉人は会話の中でテロリストの素性や心理状態、現場の状況を把握し、警察上層部に伝える。
交渉人はついに本題に入る。
「君達の目的を聞いても良いかな。我々警察は、できる限り君達の要求に答えよう。だから、市民を殺すなんて馬鹿な真似は、やめてくれないかな」
受話器の向こう側から複数の男女の笑い声。嘲るような笑い声だ。
男は笑いをかみ殺しながら言った。
自分勝手で、理解しがたい欲望にまみれた目的を。
「俺達の目的は人殺しだ。俺達はこの平和ボケした国が退屈で仕方がなかった。毎日毎日同じことの繰り返し。生きているのか、死んでいるのかわからない。で、ふと思ったんだよ。人殺しをしてみたいって。他人の命を自分の自由にできるなんて、最高にスリルだろ。俺らからしたら、これはゲームなんだよ、ゲーム。生きるか死ぬか、殺すか殺されるかのゲーム。俺達は今、自分が生きていることを実感しているんだ! 要求? そんなものはない。今すぐ突入して来いよ。警察との殺し合いなんて、なかなかできることじゃねえ」
交渉人と周りの警官達は絶句。こいつらは頭のネジが何本も外れている狂人の集まりだ。まともな交渉なんて不可能。
現場の責任者が上層部に電話をかけ、突入の指示を仰ぐ。交渉人は横でそれを聞きながら、男を必死に説得。人殺しは絶対にしてはいけないと、幼い子供に言い聞かせるように何度も繰り返す。
だけど、男はそんなの気にも留めない。交渉人の制止を無視し、受話器を切った。




