第6話
旭が香織の依頼を受けてから、一週間がとうに経とうとしていた。
旭はこの一週間、当時の達也のクラスメイトや裁判の関係者などに会ったが、有用な手がかりはなし。達也の居場所も、無実を証明する証拠も、今回の件の黒幕も分からずじまい。
旭は自宅で夕食を食べた後、今日の調査報告をまとめるため、自室に戻る。部屋の電灯は点けず、机の上のシーリングライトの下、パソコンで報告書を作成。任務中のウォッチャーはその日の活動を必ず本部に報告しなければいけない。
「特に大きな成果はなし、と」
書けることが無いため、報告書はすぐに書き終わった。報告書の記入欄がスカスカであることに、旭は自分が情けなくなる。成果を出せなかった自分に。インターネットを通じて、真っ白な報告書を本部に提出。コーヒーを飲み一息吐いた後、ウォッチャーのタブレットの液晶画面上に、とある資料を表示した。
資料には、行方を暗ませた男性刑務官の写真が添付されており、遠藤正成と氏名が記載されている。
昨日、彼の情報がやっとウォッチャーに共有された。
情報共有が遅れた原因は、一言で言ってしまうとメンツの問題。
刑務官は国家公務員であり、法務省矯正局に所属している。その法務省が遠藤の情報を出し渋ったのだ。本来受刑者を厳しく監視し更生する立場の刑務官が、受刑者を不正に連れ出した。しかも、連れ出した人物が世間的に凶悪なテロリストと考えられている篠津川達也だったのだから、さあ大変。当初法務省はなるべく事を大きくせず、事態を収拾しようとした。だが、一週間経っても達也達の行方は知らず。世間からの批判に耐えられず、ようやくウォッチャーに情報を提供したのである。
明日香も「外聞気にしている場合かよ。馬鹿じゃないのか」と呆れていた。
旭は改めて遠藤の情報を確認。
遠藤は都内出身。父親が転勤族であり、子供の頃は日本各地を転々とし、時には海外にいたこともあった。旭が住んでいるこの県にも、短期間ながら居住していた。当時の遠藤は転校生という物珍しさと体が小さかったことから、転校先でよくいじめに遭っていたそうだ。
小学六年生の頃に転校した学校でもいじめられるが、とあるクラスメイトが庇ってくれた。そのクラスメイトは正義感が強い子であり、彼に憧れて正義感のある人物を目指す様に。そして、刑務官という職業を選んだ。
遠藤は配属にあたって、東京特別刑務所での勤務を強く希望していたという。テロリスト達を更生させたいと。犯罪者に対して厳しすぎる面があったが、それ以外は問題ないことから希望通りの配属となった。
勤務態度は非常にまじめ。真摯に反省している受刑者には面と向かい、誠実に対応。ただし反省の色がない人間にはかなり厳しい態度をとり、所長から幾度も注意を受けている。受刑者の間では、好き嫌いがはっきり分かれる人物だったそうだ。
同僚との関係は良好。プライベートでもよく飲みに行っていた。周りから信頼を集める遠藤が達也を連れ出したと聞いた時、同僚達は全く信じられなかったそうだ。
現在警察や法務省が遠藤の交友関係を洗っているが、特に怪しい繋がりはない。
改めて資料を読んだが、旭は遠藤のことがますますわからなくなった。
遠藤は評判の良い好青年。そんな彼がなぜ、今回の事件を起こしたのか。刑務官として達也と接する中で、達也が冤罪だとわかり彼を救おうとしたのか。だが、刑務所から連れ出すよりも、他にいい方法があるはず。それとも連れ出さなければいけない理由があるのか。
「あなたは一体誰なんだ? 何が目的で、達也さんと何処にいるんだ?」
自身の疑問を呟く旭。だが、その疑問には誰も答えてはくれず、部屋の薄闇に消えた。
旭が自分で謎を解き明かし、答えを手繰り寄せ、真相に辿り着くしかないのだ。




