第4話
志村法律事務所は古い建物ではあるが、煉瓦造りの立派な二階建てであった。
旭はドアを開け、事務所の中へ。古い外見とは裏腹に壁や床などの内装は真新しい。アロマを焚いているようで、微かだがラベンダーの香りがする。
旭が法律事務所に入るのは、今日が人生初めて。旭はこういう雰囲気なのかと見渡しながら、ゆっくり受付へ向かう。受付の女性は早朝の若き訪問者を訝しんだが、一瞬で営業スマイルに戻り、「ご用は何でしょうか?」と旭に尋ねる。
「おはようございます。自分は天野旭と言います。本日、志村弁護士と面会の約束をしているのですが」
「少々お待ちください」
女性は手元のパソコンを操作し、「確認しました。天野旭様ですね」と答える。
「こちらの来客者名簿に、お名前と今日の日付、ご来訪の理由をご記入ください」
旭は言われた通り名簿に記入した後、渡された来賓証を首にかける。
「志村との面会は、二階の応接室となっております。私が応接室までご案内いたします」
「よろしくお願いします」
女性に連れられ、旭は応接室に入った。彼女に座るように促され、革張りのソファに腰を下ろす。女性が「ここでお待ちください。ただいま志村を呼んで参ります」と志村を呼びに行く。
少しして湯呑みを持った女性と一緒に、初老の男性が部屋に入ってきた。男性は白髪混じりのオールバックに立派なあご髭を蓄えている。
恰幅の良い彼こそが、志村堅太郎弁護士である。
「いやあ、お待たせして申し訳ない」
志村は両腕に抱えていた数冊の分厚いファイルを、重い音を立てながら机に並べた。
旭はソファから腰を上げ、まず自己紹介。
「ウォッチャーの天野旭です」
「志村だ。よろしく」
志村は皺が刻まれた大きな手を差し出してきた。旭は握手を交わす。
手を離した後、志村は旭の顔をじっと見つめてきた。
「いきなりで失礼だが、君は今いくつだい?」
「年齢ですか? 現在十七歳です」
旭の年齢を聞いた志村は眼を丸くする。
「電話越しでも若いとは思っていたが、まさか未成年とは。あ、いや失礼。優秀さに年齢なんて関係ないね。あの久瀬君も君と同じぐらいの歳の時、ウォッチャーのリーダーとして『ブラックサンデー』のテロを解決した」
「流石にあの人と比べられるのは……」
「謙遜しなくて良いよ。久瀬君が言っていたよ。天野君は、ウォッチャーきっての超大型新人だと」
旭は苦笑。超大型新人とは、あまりにも過大評価だ。ちょっと心苦しい。
「早速ですが、質問をさせていただきます。志村さんはこの人物を知っていますか?」
旭は一枚の写真をテーブルの上に置く。写真に映っているのは、刑務官の服を着た若い男性。達也と共に姿を消した件の刑務官だ。写真の中の彼は、凛々しく正義感溢れる表情をしている。
「ふむ」
志村は老眼をかけ、まじまじと写真を見つめる。旭は彼の表情、仕草をじっと観察。
この写真を見せたのは、志村の反応を見るためだ。もし刑務官のことを知っているなら、彼について聞かれた時、反応が体のどこかに現れるはず。
「申し訳ないが、この人物は知らないね。面識どころか、見たことすらない」
志村は刑務官との面識の有無を否定。
旭が見ていた限り、志村の言動に不自然なところはなかった。内心を表に出さない人物かもしれないが、少なくとも目立った動揺などはなし。
「天野君、君はなかなか眼が良いようだね」
「え?」
「君、私がこの写真の彼を見ている時、私の反応を観察していたでしょ? 私も弁護士として人を見る経験はしている。君は弁護士の眼と同じ、それ以上の鋭さだった。おそらく彼は例の刑務官じゃないかな。彼の顔はまだ公開されていない。だから知り合いでなければ、誰かわからない。もし私が何か反応すれば、それは彼と知り合いということ」
「……バレてましたか」
流石はベテラン弁護士。向こうもこちらのことを見ていたということだ。
「探るような真似をして、申し訳ありません」
「気にしていないよ。私は達也君の担当弁護士だったんだ。達也君の脱走事件に関わっている可能性が高いと思うのは当然」
「それで志村さんは、本当にこの刑務官を知りませんか?」
「知らないね。東京の刑務官だから会ったこともないはず。達也君のことで尋ねてきたこともない」
「そうですか……」
旭は顎に手を当てて思案。
志村が嘘をついていないとしよう。その場合も奇妙だ。達也の無実を証明しようと調査する過程で、八年前の事件の関係者に接触することは避けられない。特に志村には話を聞いておきたいだろう。もしかして、刑務官とは別の人物が接触してきたのだろうか。
「次は八年前の事件当時のことを、教えてもらえないでしょうか? 事件についての知識は資料を読んで知っています。ただ、当事者にも話を聞いた方が良いかなと」
「もちろん、構わないよ」
「ありがとうございます」
旭は志村に許可を取り、ウォッチャーのタブレットの録音機能を作動。
「では、お願いします」
「そうだね。では、初めから話そうか」




