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ウォッチャー  作者: 河野守
第2章 最悪の少年テロリスト 篠津川達也

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第1話

 天野旭とは、どのような人物か。

 周りの人間は彼をこう評価する。

 頑固でクソ真面目で融通が利かない。正義感溢れる芯のある若者だが、口下手で人付き合いが苦手。

 散々な批評ではあるが、旭自身も全くその通りだと思っている。

 任務を受けた翌日。旭は大学の講義を受けていた。任務のために大学をサボる、なんてことを旭はしない。学業とウォッチャーの仕事は、どちらも手を抜かない。

 それが天野旭というクソ真面目な人間。

 旭が今いるのは大学の演習室。旭の通っている大学はコンピュータを専門としており、プログラミングの講義がある。旭はこの演習室で実習中。学生の多くは初めてのプログラミングに悪戦苦闘している。だが、鳳エンジニア社で働いている旭にとっては、講義の課題など朝飯前。短時間で終わらせ、教員に提出。この実習では課題を提出すれば、途中で帰って良いことになっている。旭が部屋を出る際、学生達が旭を恨めしそうに睨みつけた。

 飛び級で入学した旭は周りの学生から、調子に乗っていると思われている。その旭が講義も簡単にこなすので、色々と思うところがあるのだろう。そのことは旭もなんとなく察している。

 ここで手助けしてあげれば、旭に対する周りの印象は良くなるはず。

 しかし、旭はそうしない。早く帰ってウォッチャーの仕事をしたいから。

 大学を出た旭はまっすぐ駅に向かう。今日の予定は達也に関する資料を家で読むことだ。

 駅に向かう途中で、スマートフォンに着信。相手は母。

「はい。もしもし」

「ごめんね、旭。ちょっとね、お願いがあるの」

「何?」

「今日の晩御飯、クリームシチューにしようと思ったんけど、牛乳を買い忘れたの。買ってきてほしいんだけど、今日は何時頃に帰ってくる?」

「今日の講義は終わったよ。今家に帰る途中。帰り道で買っていくよ」

「よろしくね」

 さて、どこで牛乳を買うか?

 電話を切った旭は、目の前にコンビニを見つけた。この店で牛乳を買ってから、家に着くまで少し時間がかかる。牛乳の衛生状態が気になるが、今の季節ならまあ大丈夫だろう。「いらっしゃいませ!」と店員の元気の良い声を聞きながら、旭は店に入る。買い物かごを手に持ち、牛乳を探す。

 旭は通り過ぎようとした雑誌コーナーの前で、一度足を止めた。今日の夕刊を手に取り広げる。

 達也についての記事はまだ掲載されていない。明日香によれば、今日の夕方には警視庁が発表するとのこと。旭は何故すぐに公表しないのかと尋ねると、「お偉いさん方がどういう風に公表すれば、出来るだけ波風を立てないか考えている」そうだ。

 凶悪なテロリストと刑務官が姿を消し、そのテロリストが無実だという置き手紙が残してあった。警察が対応に苦労するのも無理はない。

 警察はメディアへの対応を考えている一方で、行方不明の刑務官を血眼になって探している。独身寮や実家、友人の家を探したが、彼の足取りは全く掴めていない。ウォッチャーも同様だ。

 旭は読み終わった新聞を棚に戻し、飲み物コーナーで牛乳を買い物かごに入れる。

 レジに並ぼうとした時、弁当コーナーにいる小学生低学年ぐらいの、野球帽を被った男の子が目に入った。その男の子は警戒するように周囲を見渡した後、おにぎりを三つポケットに入れた。男の子が店から出た瞬間、旭は彼の肩を掴む。

「君、ちょっと待って」

「……なんだよ?」

「ポケットの中、見せてもらえる?」

 男の子がやったことは万引き。立派な犯罪であり、例え小さな子供でも、旭は見逃そうとは思わない。どんな小さな悪事でも、見て見ぬふりをするのは旭の正義に反する。

「お前に関係ねえだろ! 離せよ!」

 男の子は旭の手を掴み、引きはがそうとする。だが、所詮は小学生の力だ。旭の手は男の子の肩をがっちり掴んで離さない。男の子はどうにか旭を振り解こうと、更に激しく暴れる。すると、男の子のポケットから何かが転がり落ちた。潰れたおにぎり。具材は梅干し。値段は税込み百五十円。

 旭は床に転がったおにぎりを指差す。

「ほら、やっぱり。万引きしているじゃないか」

「うるせえ! いいから離せ! ボケ! カス! ハゲ!」

 旭は男の子の暴言に顔をひきつらせる。だが、あくまでに冷静に。ここは大人の対応を。

 旭は軽く咳払いしてから、諭すように話しかける。

「いいかい、ボク。万引きは悪いことなんだよ。社会ではね、物に見合った料金をきちんと払わないといけない。万引きはもっての他。たかが数百円でも、店にとっては大きな打撃なんだ。生産者、農家を冒涜する行為でもあり……」

「ごちゃごちゃうるせえんだよ! 死ね!」

 駄目だ、まったく聞く耳を持たない。店員に引き渡した方が良いか。

 旭がどうしようかと困り果てていると、後ろから女性の声。

「お客様、どうしました?」

 店員が騒ぎを聞きつけたようだ。

 旭は振り向いて、眼を丸くする。

 何故ならば、その店員は見知った人物だったからだ。

「……田村さん?」

「あれ、旭くんじゃん」

 昨日会った依頼人、田村香織だった。今の彼女は店のエプロンをかけており、髪は後ろで一纏めにしている。彼女はどうやら、ここでアルバイトをしているようだ。

 なんと早すぎる再会だろう。香織も旭を見て驚いていた。ふと立ち寄ったコンビニで依頼人と会うなど、なんとも奇妙な偶然。

「旭くん、昨日ぶりだね。それでどうしたの? 何かあった?」

「ええ、実はこの子が万引きしたんですよ」

「万引き?」

 旭は男の子の肩を掴み、香織の前へ。男の子は帽子を目深に被り、俯いている。旭は男の子のポケットからおにぎりを二つ取り出し、香織に渡す。

「おにぎり二つと、あとそこに落ちている一つです」

 香織はおにぎりをレジの上に置いた後、腰を曲げ男の子の顔を覗き込んだ。

「君、名前は?」

「……コウタ」

「コウタ君か。なんでこんなことしたの?」

 男の子はしばらく下を向いていたが、やがてすすり泣く声が聞こえてきた。男の子は嗚咽混じりに弁明。

「……妹がお腹空いたって泣いてて。お母さん帰ってくるの夜遅いし、俺も料理とか作れないし、お金ないし……」

 妹のためとはいえ、犯罪は犯罪。保護者を呼んで店からお叱りを受けるべきだ。

 そのように旭は考えていたが、香織は旭の予想外の行動を取る。香織は「ちょっと待ってて」と立ち上がり、手にした買い物かごにお弁当と飲み物、お菓子を入れた後、レジへ。レジにいた年配の女性店員と言葉を交わし、その際に店員に「しょうがないわね」と苦笑された。香織はレジで商品の清算をし、商品が入ったビニール袋を男の子に手渡した。

「コウタ君、これ持って行きなさい。だけど、許すのは今回だけ。次からはきちんとお金を持ってくるように。お姉ちゃんとの約束、わかった?」

「……うん」

「よろしい」

 男の子は香織にお礼を言った後、走って店を出て行った。男の子の後ろ姿に、笑顔で手を振る香織。そんな彼女に対し、旭は自身の疑問をぶつけた。

「彼の保護者には、万引きしたことを伝えないんですか?」

「罪には優しさで対応するべき。優しさが更生を促す」

「え?」

「これ、お兄ちゃんがよく言っていた言葉ね。お兄ちゃんは悪いことをしても、怒ったりしなかった。常に優しく接して反省を促していたんだ。私もお兄ちゃんの考えは間違っていないと思うし、今回もその言葉に従ったの」

「なるほど」

 厳しい懲罰だけで人は更生しない。それは出所者の高い再犯率を見ればわかる。

 昨日も香織から聞いたが、達也はとても優しく人格者のようだ。確かにテロを起こすような人物には思えない。もしかしたら、彼は本当に無実なのかもしれない。

 旭がそんなことを考えていると、香織は周りを気にしながら旭に顔を近づけ小声で話す。

「それで旭くん。お兄ちゃんの件はどう? 居場所と無実の証拠は見つかった?」

 昨日の今日で気が早いなと、旭は苦笑。

「今は八年前の事件の状況を確認している最中です。今回の件に繋がる手がかりが何かないかと。当時の関係者にも話を聞く予定です。明日は達也さんの担当弁護士に会いに行きます」

「ああ、志村さんだね。あの人、とても良い人だから。喜んで協力してくれるよ」

 香織はよろしくお願いしますと旭の手を握り、深々と頭を下げた。

「ところで旭くん」

 頭を上げた香織は、旭が持っている買い物かごを指さす。

「お買い物にきたんじゃないの?」

「……すっかり失念していました」

 旭はレジで手早く会計を済ませ、帰路についた。

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