第4話
翌日、旭は鳳エンジニア社が入っている雑居ビルの前にいた。腕時計を確認すると、時刻は七時四十五分。待ち合わせの十五分前だ。
昨晩、明日香からメールが来た。内容は依頼人との面談を本日に行いたいとのこと。旭は随分と急だなと思いながらも、これを承諾。
面談の場所は鳳エンジニア社ではなく、同じビルの一階の喫茶店、ササガワ。店の看板には午前中貸切りと書いてある。
旭はドアベルを鳴らしながら、喫茶店の扉を開け店内に入る。中に入った瞬間、コーヒーの匂いが鼻腔をかすめた。店内は煉瓦造りのシックな雰囲気で、年代物の蓄音機からはジャズが流れていた。旭は店内を見回し、待ち合わせの人物を発見。部屋の一番奥に座っている明日香に挨拶をし、彼女の前に座る。
「明日香さん、おはようございます」
「ああ、おはよう。待ち合わせより少し早めに来る、いい心がけだ。そういうことができる男はモテるぞ」
明日香は笑顔と冗談を交え、挨拶を返す。
「旭くん、お疲れ様」
振り向くと、緑色のエプロンをつけた桜が立っていた。桜の父親はこの雑居ビルを管理しており、一階で喫茶店の経営もしている。桜の本業は喫茶店の店員であり、鳳エンジニア社の事務はアルバイト。この看板娘をお目当てに、通い詰める客も多いそうだ。
「旭くん、明日香ちゃんと同じモーニングセットにする?」
「いえ、朝食は自宅で済ませていますので」
「じゃあ、何か飲む?」
「そうですね。では、コーヒーをお願いします」
「はい。コーヒー一つね」
桜はカウンターに向かい、注文内容を伝える。カウンターにいる眼鏡をかけた白髪混じりのダンデイなマスターが、桜の父親だ。彼は旭と目が合うと、顔のシワを深くし微笑んできた。旭は彼に対し会釈を返す。
桜の父親は鳳エンジニア社がウォッチャーの支部であることを知っており、格安でオフィスを貸している。また今日のように店を貸切りにしてくれるなど、頭が上がらない。
少しして、桜がコーヒーを持って来た。
「お待たせしました」
「桜さん、ありがとうございます」
桜が持ってきたコーヒーを一口飲む。やはり、この店の品は美味い。旭の家には高価なコーヒーメーカーが置いてあるが、味が全然違う。以前、マスターに聞いたが、輸入業を行なっている友人がおり、その時期最高のコーヒー豆を仕入れてくれるそうだ。今度豆を分けてもらえる様にお願いしてみようか。
旭はカップをテーブルに置き、明日香に今日の依頼内容を尋ねる。
「明日香さん、そろそろ任務の詳細を教えてください」
「まあ、そう焦るな。詳しいことは依頼人が来てからだ。もう少し待て……と噂をすれば」
ドアベルの音が鳴り、マスターと桜が「いらっしゃいませ」と挨拶。入ってきたのは、一人の女性。店内を見渡す女性に対し明日香が手を挙げ、「こちらです」と彼女を呼んだ。
「鳳明日香さん、ですか? ウォッチャーの。待ち合わせの時間よりも早く来てしまいましたが、大丈夫ですか?」
「問題ないです。どうぞ、お座りください」
明日香は女性に座るように促す。旭は新しい椅子を女性に渡し、椅子ごと明日香の隣に移動。
旭はさりげなく、女性に視線を向け観察。
女性の見た目は旭と同年代。ロング丈の白いTシャツにグレーのカーデイガン、ジーンズのパンツといった出で立ちで、年相応のお洒落な女性だ。
桜が注文を聞きに来て、女性はカフェオレと短く答える。
「では、改めまして。私は鳳明日香と言います。こちらの彼は天野旭。今回、あなたの依頼を担当する者です」
「こちらの方が……」
女性は旭をまじまじと見つめる。女性の顔に浮かぶのは、明らかな不安と不信。
まあ、無理もないよなと、旭は内心自嘲気味に苦笑。
自分と変わらない歳の若者が担当するなど、不安に決まっている。
明日香はそんな少女の心情を察したのか、問題ありませんと首を振る。
「彼は確かに若いですが、非常に優秀です。三日前に隣町の児童館で起きた集団誘拐事件も、彼が解決したんですよ」
「この人が?」
「ええ。久瀬も全幅の信頼を寄せています。だから、彼を指名しました」
旭の実績を聞き安心したのか、少女の顔が少しだけ緩む。
一方の旭は気恥ずかしさで俯く。いくら依頼人を安心させるためとは言え、過大評価だ。
「お待たせしました、カフェオレです」
桜が注文の品であるカフェオレを女性の前に置いた後、カウンターに下がる。
「では、今回の依頼内容をお聞きかせください」
明日香は表情を引き締め、女性を促す。旭も意識を仕事モードに切り替えた。
女性はカフェオレを一口飲んだ後、深呼吸。
下を向き数秒黙っていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「私は、田村香織と言います。兄、篠津川達也について、依頼したいことがあります」




