第1話
あなたは、他人の正義をどう思う?
人はそれぞれ、自分なりの正義を持っている。
もし、あなたの正義が、他人の正義と対立したら?
真摯に相手の言い分に耳を傾け、理解しようとするか?
お互いの妥協点を見つけ、上手く折り合いをつけようとするか?
それとも、許せない敵、悪として討ち滅ぼすか?
……なんで私が、こんな目に……。
小島幸子は暗い表情で、心の中でそう呟いた。
彼女が今いるのは、走行中のマイクロバス。窓のカーテンは全て閉じており、車内は薄暗い。幸子の他には十歳前後の幼い子供達が二十人ほどおり、皆不安な表情だ。
幸子は席の間の通路に、恐る恐る視線を向ける。
そこに立つのは二人の男。一人はひょろっとした痩せ型の若者、もう一人は背の低い小太りの中年。彼らは裾の長い真っ黒な服を着ている。
一見、神父が着るカソックに見えるが、彼らは神父ではない。
理由は単純明快。
彼らの肩からぶらさがっている、ロシア製自動小銃カラシニコフ。
そのような凶器を、聖職者が持っているはずがない。運転手の男も、通路の男達と同じ格好をしている。
今の状況を一言で説明すると、幸子達はテロリストに集団誘拐された、である。
幸子は隣に座る女の子をあやしながら、こんな事件に巻き込まれた自身の不運を呪った。
今までの人生を思い返してみれば、自分はとにかく運が悪かった。
幼稚園生の時は信号無視の車に轢かれ、小学校の時は泥棒に新品のランドセルを盗まれた。中学生の時は業者の発注ミスで、自分だけ入学式にスーツ姿だった。他にも挙げればキリがない。
数々の不幸に見舞われるので、友人達から付けられた渾名が幸薄子。
そんな幸薄い彼女が、今年入学した大学のキャンパスを歩いていると、構内の掲示板に目が留まった。それは児童館のアルバイト募集の張り紙。幸子は帰宅すると、張り紙の連絡先に電話し、面接の約束を取り付けた。幸子の将来の夢は小学校の教師。このアルバイトで子供と接する経験を積んでおけば役に立つ、そう考えた。
採用の連絡が来たのは、面接から二日後。次の土曜日から来てくれと言われた。
初出勤の日、幸子は軽く自己紹介をした後、子供達の遊び相手をしたり、勉強を教えることに。
仕事内容は重労働ではあったが、子供達の笑顔を見ることができて、幸子は満足だった。
しかし、そんな騒がしくも楽しい時間は、すぐに終わりを告げる。
児童館の開館から一時間後。
幸子が二人の女の子から「遊んでー」と腕を引っ張られていると、突然外から女性の大声。
「あなた方は誰ですか! 勝手に敷地に入らないでください!」。
その直後に、パンと乾いた音。女性の声が聞こえなくなり、代わりに子供達の甲高い悲鳴が上がる。
何事だとスタッフ達が顔を見合わせていると、幸子達がいる遊技場の扉が開かれた。
入ってきたのは三人の男。彼らの手には、ドラマの中でしか見ない自動小銃。
男達の突然の登場に、スタッフと子供達は固まる。
三人の中から、一人が歩み出る。三十代半ばの精悍な顔立ちをした男で、彼は自らを山本と名乗った。
「突然の訪問、お許してください」
山本は、深々と頭を下げる。ゆっくりと頭を上げた彼は、こう続けた。
「我々には成し遂げるべき使命があります。そのために子供達をお借りしたい」
これは、まさかテロか。
嫌な考えがスタッフ達の頭に過ぎる。小さな子供が多く集まる児童館は、テロの標的としてはまさにうってつけ。
凍りつくスタッフ達の沈黙を許可と受け取ったのか、山本達は子供達を二十名ほど選び、外へと連れて行く。子供達は戸惑い、縋るような眼差しをスタッフに向ける。
しかし、相手は武器を持ったテロリスト。大人達は黙って見ていることしかできない。
アルバイトの初日に、テロリストが来るなんて……。
幸子は自身の運の無さを、内心で嘆いた。
だが、彼女の不幸はさらに続く。
最後に部屋を出ようとした山本が、「ああ、そうだ」と振り向いた。
「子供達の付き添いとして、大人の方を一人連れて行きたい。……そちらの若い女性」
山本は一人のスタッフを指差す。指名されたのは幸子。




