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亡き女王に捧げる誓約の哀歌《エレジア》  作者: 一式鍵
第二章:女王との記憶、導きの力
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2-1. シエルと出会って

 わぁ、もふもふだ!


 彼女と初めて出会ったのはもう十年も前になる。当時八歳だったシエルグリタは、初めて見る角狼人(ヴァルガル)にも臆せずに迫ってきた。


 俺はまだ王族の特殊護衛部隊に組み込まれたばかりの若造だった。鬼人(ゴブリン)や盗賊団との戦闘経験は豊富だったが、王家のことは何もわかっていなかった。


 城内の訓練場での訓練を終え、ぼんやりと中庭を眺めていた時にふらっとやってきたのがシエルグリタ王女だった。


 その時の第一声が、この「もふもふだ!」だった。


 シエルグリタは何一つ臆することもなく、侍女たちが止めるのも聞かず、俺の手を握っていた。


「お名前は? 獣人さん」

「ギャレス」

「ギャレスは私の護衛役?」

「まだ決まったわけじゃない」


 俺が答えると、侍女たちが口々に「口の利き方がなってない」と文句を言った。だが、俺はその口の利き方とやらがわからない。だからあまり喋らないようにしているのだ。


「あら、私、体裁(ていさい)ばかりで中身のない会話より、わかりやすい言葉の方が好きよ」


 シエルグリタは俺の手を振り回しながら何度も頷いた。利発な子だと、俺は思った。長く艷やかな金髪に、深い空の色の瞳。オリバールの至宝などと呼ばれてもいたはずだ。人間の外観の優劣はわからないが、確かにこの子には人を()きつける何かがあると俺は感じた。


「私、シエルグリタ。お父様とお母様はしばらくジグランスお従兄(にい)様のところにお出かけ中。だからお城で一人ぼっちなの」

「そ、そうか」


 侍女たちは人数にカウントされていないらしい。


「あなた、ここにいるということは、剣の達人なんでしょう?」

「達人では、ない、が」


 同僚たちも皆、優秀な戦士たちだ。


「命令よ、ギャレス。あなたはこれから私に剣を教えるの」

「は、はぁ!?」

「隊長さんにはちゃんと言っておくわ」


 そういう話じゃなくてだな。


 そもそも俺は、他人にものを教えたことがない。


「剣聖アグラード伯爵の最後の弟子ってあなたのことでしょう?」

「それは、そうなんだが……」

「だったらちょうどいいわ。あなたが私の先生になるのよ。ちゃんと手続きはするわ。あなたは私に剣を教えてくれればいいの」


 どうしてそんなに剣を覚えたいんだと、俺は尋ねた。


「守られるだけの人生なんてつまらないじゃない」

「子どもの言うセリフじゃないぞ」

「子どもが言ってはだめなセリフでもないでしょう?」


 子どもに言い負かされてしまった。


 俺は両手を上げて降参の意思を示す。


 シエルグリタはニッと笑うと、再び俺の手を握ってきた。


「大きくてもふもふな手。これからよろしくね、ギャレス。あ、私のことはシエルって呼んで」

「そういうわけにはいかないだろう、王女様」

「だめよ、命令。シエルって呼ぶの」


 命令、なら仕方ない。


 俺は肩を(すく)めてから、少女の両肩に手を置いた。


「弱音を吐いたら終了だ。いいな」

「そのくらいでちょうどいいわ」


 シエルはそう言って、片目をつぶってみせた。


 大人びた少女だと俺は感じていた。


 結論から言うと、シエルには剣の才能があった。俺の教えた通り一遍の技術はあっという間に我がものとしてしまった。シエルは天陽の構えを基本とした攻防一体の戦い方を得意とした。さすがに実戦に出すわけにはいかなかったが、精鋭である護衛部隊のメンバーと比較してもほとんど遜色がない程度までメキメキと力をつけていった。


 出会ってから五年が経つ頃には護衛部隊の新人では歯が立たないほどの強さになり、七年が経つ頃には中堅どころから一本取るほどになっていた。


「こりゃ護衛が楽でいいや」


 同僚の一人が剣の手入れをしながら笑っている。


「剣聖の技を受け継いだギャレス先生としては、弟子の成長はどうなんだい」

「いくら強くても実戦経験がないのではな」

鬼人(ゴブリン)退治あたりに連れてったら?」

「バカを言え」


 その頃俺はすでに、シエルの護衛隊長を任されていた。同僚が言う。


「実戦経験の有無は大きいぜ? お前らが鬼人(ゴブリン)に遅れを取ることはないだろう?」

「だが」

「王国は常に有事だ。西はジグランス、東はゼルデビットが抑えているから良いとして、南のバールレン帝国、北のアガレット王国との小競り合いもいつ大規模なものになるかわからない」

「確かに、な」

「いきなり実戦に放り込まれるなんて可愛そうなことをしてやるなよ、ギャレス」

「……それも、そうだな」


 鬼人(ゴブリン)退治ならほとんどいつでも仕事がある。放置しておけるものでもないから、騎士たちは日々忙しい。一件くらい分けてもらうのは難しくなかった。


 もちろん、シエルを同行させるという件については、バルゼグート師や侍従長を始め猛反対があったが、国王と王妃が賛同に回ってくれた。この二人は、共に優秀な武人だった。今は病魔に侵されており、そうとは信じられないほどに()せ細ってはいたが。


「楽しみ、といったら不謹慎かしら」


 完全武装のシエルは、その甲冑の重さも気にすることなく慣れた様子で馬に(またが)った。


「村が潰される前に行くぞ」


 総勢十五名。全員が護衛部隊の者で、気心知れた仲間だった。


 馬を飛ばせば二日で辿り着ける場所に、鬼人(ゴブリン)の巣が発見されていた。近くには巨大な湖と、小さな漁村がある。


「シエル、ついてこられるか」

「弱音を吐いたら終了、でしょ」


 シエルの言葉に俺は肩を(すく)める。


「いったん休憩」

「だめよ、ギャレス」


 シエルは馬を寄せてきて言った。


「休んでる間に村が襲われたら、私、責任取れないから」

「しかし」

「民を守ってこその王族。そのためならどんな苦難も引き受ける。私にはその覚悟があるわ」

「……わかった」


 俺たちは休むことなく馬を走らせたが、結果としては――間に合わなかった。


 着いた時、村はほとんど壊滅していた。若い女は皆連れて行かれたと言う。依頼を出したのが一週間前。襲撃はその直後だったという。


「娘たちを助けましょう」


 気落ちした様子もなく、シエルはそう宣言した。その手には出発前に国王より譲られた聖剣ガルンシュバーグがあった。


「救える命たちがあるのよ。理屈は()らない」

「シエル……」


 その真っ直ぐな思いは、しかしすぐに残酷な現実に打ちのめされることになる。


 鬼人(ゴブリン)たちを容易(たやす)く打ち倒した俺たちは、その住処の洞穴の奥に娘たちを発見する。


 松明の揺れる明かりの向こうでもはっきりわかるほど、娘たちは変貌していた。眼球は黒く染まり、口は耳まで裂けていた。皮膚はボロボロと剥がれ落ち、その下からは鬼人(ゴブリン)のような青黒い肌が覗いていた。口々に威嚇の音を発し、俺たちに飛びかかろうと身を(たわ)めていた。


 鬼人(ゴブリン)の子――半鬼人ゴブリニアを宿した女は、外見のみならずその頭の中身も変異してしまうのだ。こうなってしまうと、もはや人間に戻ることはない。


「なんてこと!」

「子どもを生む前に殺す以外にない」

「そんな!」


 しかし、それが現実だ。


「人としての尊厳を守ってやる必要がある」

「どうやっても戻せないというの?」

「ああ」


 俺は剣を構えた。が、シエルが俺の手を(つか)んだ。


「私がやります」

「実戦経験は積めた。これ以上――」

「人々の苦しみを引き受けるのもまた、王家の努め」

「そこまでしなくてもいい」

「それを決めるのはあなたじゃないわ、ギャレス」


 シエルの手にしたガルンシュバーグが、松明の明かりを受けてギラリと輝いた。


 この時、俺はようやくはっきりと決意した。


 何があろうと俺はシエルを守るのだと。

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