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1-6. 天陽の構え

 無事に朝を迎えた俺たちは食事もそこそこに動き始めた。目指すは森を抜けた先にあるヴィーダーという村だ。ジグランス公爵が王都に出向く際に、ヴィーダーとゼンダリオにはしばしば立ち寄る――というのはハイエラールからの情報だ。


「あの魔導師のことといい、ジグランス公爵の情報といい、お前はいったいどこからその知識を得ているんだ?」


 例の鱗馬に騎乗しつつ、俺は尋ねる。


「情報収集が趣味なんですよ。魔導師の情報網は常に利用していますし」

「そんなこともわかるのか」

「ええ、大抵のことは。例えば今、アレンゴル将軍がどこにいるのか、とかね」

「……王都だろう」


 そのくらい俺にでも予想はできる。奴は俺にとって最大の敵だ。あの男の裏切りだけは絶対に許すことはできない。


「アレンゴル将軍は裏で三人の魔導師と契約していると言われています。吸血の魔女カネア、恐慌のファレン、食屍の魔人ジェリック。いずれも十数年前に歴史から消えた魔導師たちですが」

「その名前、どっかで聞いた気がするな」

「昨夜カネアは確定しましたが、あと二人は私たちの情報網でもはっきりとは。ただ、状況からして可能性は高い。そもそも私の父がそれ以外の魔導師にやられるとも考えにくい」


 ハイエラールの父、バルゼグート師は王国屈指の高位魔導師だった。確かにハイエラールの言うことには一理ある。ファレンやジェリックも、カネアと同等かそれ以上の魔導師なのだろう。


 ハイエラールの隷魔(ウンブラファムルス)ガレッサを先頭に押し立てて、三頭の鱗馬が走る。


「乗り心地最高!」


 ミシェがはしゃいでいる。


「警戒を(おこた)るなよ。全方位から丸見えだ」


 森を抜けた先は平原だ。土地の起伏だけが俺たちを隠してくれる。


「カネアがまた襲ってくるだろう」

「まじで?」


 ミシェが硬い声を発する。ハイエラールが俺たちに並んだ。


「あの魔導師は()()不死だと言われています。その不死の魔女を封印したのが、ガルンシュバーグを手にした先々代の王です」

「その封印をアレンゴルが解いたと」

「でしょうね。もっとも、独力でできるとは思えませんが」


 ハイエラールはそこでガレッサを止めた。小高い丘の上だ。


「煙……」


 ファイランが呟いた。その腰には聖剣ガルンシュバーグがある。カネアがいい感じに誤解してくれている以上、ファイランには()()()()()もらうのが良いという結論に達したからだ。


「ヴィーダーが燃えてる……」


 ファイランにしてみれば近所の村だ。そしてその煙に(かす)む光景に、ゼンダリオの惨劇を結びつけたのだろう。ファイランは口に手をやって、何度か首を振った。


「助けに!」

「無論だ。いいな、ミシェ、ハイエラール」

「昨日のやつの仕業?」

「でしょうね」

「げええ」


 ミシェはそう言ったが、その手にはしっかりと弓が握られていた。


「行きましょう、ガレッサ。村についたらあなたたちは退避で」

『承知』


 本当に戦闘力がないんだな、この馬たち。


 というか、ハイエラールはどうしてこんな戦闘力のない悪魔を隷魔(ウンブラファムルス)になんて選んだのだろう?


 そんなことを考えながら、俺たちは丘を駆け下りる。


「今度は子蟷螂(カマキリ)か」


 無数の蟷螂(カマキリ)が飛来してくるが、それらはハイエラールの魔法で一網打尽にされていた。


「すっごい!」


 ミシェが撃ち漏らしの蟷螂(カマキリ)を撃墜しつつ喝采をあげる。ミシェの弓の腕前も相当だ。


 俺は背後にファイランを従えつつ、カネアの姿を探す。村の中心、噴水広場のあたりには首刈りの雷帝がいた。周囲は真っ赤に染まっていて、筆舌に尽くし(がた)いありさまの死体がいくつも転がっていた。女子供の死体もあった。


「奴め、回復していやがる」


 首刈りの雷帝は今や無傷であるように見えた。結構な深手を負わせたつもりだったのだが。


「吸血の魔女の隷魔(ウンブラファムルス)ですからね。驚くには値しませんよ」

「その魔女自体はどこにいるんだ」

「あそこでしょう」


 ハイエラールが杖で指し示したのは広場に面した小さな神殿だった。その前には首刈りの雷帝が鎮座している。俺たちはそれぞれに下馬し、武器を構えた。ファイランはただ剣を抜いて棒立ちになっているだけだったが、下手に構えているよりは絵にはなる。しかし近々にちゃんとした構えを教えなければならないな。


「首刈りの雷帝は何をしているんだ。子蟷螂(カマキリ)をブンブン飛ばしているだけか?」

「動けない理由があるのでしょう」

「カネアを守っている、とか?」

「おそらく」


 しかし俺たちも迂闊(うかつ)に動けない。


「ヴィーダーまで、こんな」


 ファイランの呆然とした声が聞こえてくる。


「昨日までは平和だったのに!」


 平和?


 俺は思わずファイランを見た。ファイランはその深い空の色の瞳で俺を見ている。


「王都がどうの、王国がどうのとか、私たちにはどうでもよかったんだよ、ギャレス!」


 ファイランは叫んだ。


「昨日と変わらない今日を送れれば、それでよかったんだ! なのに!」

「あんたの気持ちはわかるよ、ファイラン」


 ミシェが首刈りの雷帝から目を()らさずに応じた。


「故郷を失う気持ちはわかる。家族や友人を、みーんな失った気持ちもわかるさ。だけど今は、それを訴える時じゃない」


 ミシェの光の矢が、立て続けに子蟷螂(カマキリ)を撃墜する。


「訴えたところで死んだ人間が戻って来るものでもない。できるのは、弔い合戦だけさ」

「でも……!」


 俺はファイランの方に完全に向き直る。


「戦わない奴は、戦おうとする奴を止めるな」

「わ、私はただの……人間で、何の能力もなくて」

「誰が決めた、そんなこと」


 俺は防御をハイエラールに任せると、ファイランの手を掴み、剣を構えさせた。シエルと同じ、()()()()()だ。脇を閉じ、左肩を前に出し、右肩の真横で切っ先をまっすぐに空に向ける。攻防一体の構えだ。刃が真昼の陽光を受けて鋭い輝きを放つ。


「よし」

「これは」

「女王陛下の基本の構えだ」

「女王の……」


 ファイランは呟くと、右手を軽く握り直した。


「いいじゃんいいじゃん。サマになってるよ」

「ミシェ、ファイランを守ってくれ」

「りょーかい」


 俺はハイエラールの隣に並び、剣を構え直した。


「策は?」

「神殿を破壊します」

「なんだと」

「神殿を、壊す」

「いや、それはわかったから。いや、わからん。神殿を壊すなんて」


 俺は別に敬虔(けいけん)な信徒ではない。だが、神殿は守らなければならないものだと思っている。


「神殿を壊しなんてしたら、村八分にされるぞ」

「で?」


 ハイエラールはにこやかにそう言った。


「このままだとこの村はゼンダリオの二の舞いです」

「奴は神殿の中で何をしているんだ」

「見てください」


 ハイエラールは地面を爆破する。抉られた地面の中には、まるで血管のような赤い線がいくつも走っていた。蠕動(ぜんどう)するミミズの如しだ。


「この一本一本が村人に繋がっているんでしょうね。そこらの死体にも刺さっています」

「そんなことをして――」

()()()()()の力です。そうすることで奴は力を回復し、()()()を増すのですよ」

「時間をかけてはいられないということか」

「です。昨夜のダメージを手っ取り早く回復しようというのでしょう」

「それで、あのデカ蟷螂(カマキリ)を護衛に」

「だからさくっと神殿を破壊します」


 命令(シムド)に縛られている魔神。おそらくは神殿に入ろうとするものを排除しろ、という命令を受けているのだろう。積極的に攻撃には出られないはずだ。


焦陽(しょうよう)咆哮(ほうこう)久遠(くおん)煉獄(れんごく)、壮烈なる灼熱に封じられし始原の大竜――。()まわしき()(ほむら)の吐息を解き放て! 赫炎裂波(カル・ヴェルザーク)!」


 ハイエラールの魔法が放たれた次の瞬間、ヴィーダーの中心部は完全に崩壊した。

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