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亡き女王に捧げる誓約の哀歌《エレジア》  作者: 一式鍵
第五章:亡き女王に捧げる誓約の哀歌

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5-7. 旅の始まり

 ――終わってみればあっけなかった。


 俺の(とど)めの一撃でジェリックは粉砕され、そのまま王都は夜明けを迎えた。ジェリックは実は生きていて……なんてこともあるかもしれないが、それはその時だ。何度でも打ち倒せばいい。


「ところでファイラン、なんであんなに剣式を連発できたんだ。あんなの、人間には不可能だってじいちゃんも言ってたんだぞ」


 群衆の大喝采を受けながら、俺たちは大通りを歩いている。


「これ」


 ファイランはポーチから割れた宝石を取り出してみせた。


「それ……は、アレンゴルが持っていたやつか? ルーセグラム魔水晶の力を引き出すとか」

「そうそう」


 それが何だっていうんだと俺が()くと、ハイエラールが「可能性の話ですが」と前置きして話し始める。


「それにリブラリスが一定の魔力を移していたんじゃないかという説ですね」

「あの抱きしめられた時かな……」

「かもしれません」


 なるほど、可能性はありそうだ。今、その宝石は無惨に割れてしまっている。力を使い果たしてしまったのかもしれない。


「リブラリスの声が聞こえた気がしたんだよ。閃爛舞(ソルシェール)から幽噬閃(レガリス)、そして噬葬絶牙(グラヴェザルガ)に繋いでみろって」

「すごいものだな」


 俺は頭を掻いた。


 道の両脇を埋め尽くした人々は、口々に「王国万歳、女王万歳」を叫んでいた。


「私、女王じゃないんだけど。困ったな」


 心底困惑したようにファイランが頬を引っ掻いている。確かに女王の威厳はあまり感じられない。バルゼグート師に難題を与えられて困っているシエルを見ているかのようだ。


「いっそなってみたらどうですか」

「無責任なこと言わないでよ」

「そうでもないですよ」


 ハイエラールは神妙な声を出しつつ頷いた。


「ミシェはどうするんです?」

「アタシ? アタシはそうだなぁ、龍樹の大瀑布にでも帰ろうかなって。そろそろちゃんと、みんなを(とむら)ってやりたいし」

「あ、私も行きたい!」


 ファイランが目を輝かせた。深い空の色の瞳が、晩夏の朝日を受けてキラキラと輝いている。


「リブラリスが眠っていた場所を見たいよ、ミシェ」

「行くかい?」

「おやおや、王国は放っておくんですか?」

「そこはほら、ギャレスに()()と構えていてもらって」

「お、俺!?」


 思わぬ方向からの話に、俺は見事に困惑する。


「真面目な話、ギャレスはどうするの?」


 俺を見上げながらファイランが()いてくる。


「俺は……」


 もはや何の目的もない。


 王家は滅んでしまったが、王国は滅びなかった。


 そういうことでいいんだよな、シエル。


 俺はファイランのその深い空の色の瞳を見つめた。


 ――あなたの思うように生きたらいいんだよ。


 シエルの声が聞こえた気がした。


「あなたへの命令(シムド)は、もうないんだよ」

「そうだな、ファイラン」


 あれは俺とシエルの(きずな)みたいなものだった。


 俺はルーンヘルガとなった愛用の長剣を見下ろす。ファイランも帯びたガルンシュバーグの(つか)を軽く握った。


「俺も行こうかな」


 俺はミシェを見た。ミシェは目を細める。


「龍樹の大瀑布に?」

「邪魔か?」

「それなら私もそうしましょうか。腐れ縁です」


 ハイエラールが笑う。ミシェがハイエラールの胸をつついた。


「王国はどうするんだい」

「それは」


 ハイエラールの視線を受けたファイランが、「ふぅむ?」とまた、俺を見上げた。


「ファイランは成り上がるつもりはないのか、本当に」

「ないない」


 しかし民衆の「女王万歳」の声は止まらない。


「お前が女王になるというのなら、俺も城に留まってもいいんだけどな」

「私は誰かの上に立つ器じゃないし、今から礼儀作法なんて覚えるつもりもないしね。私はただの町娘だもん」


 どうやらファイランの意志は固そうだ。


 俺は肩を(すく)めて足を止めた。


「……なぁ、ハイエラール」

「言いたいことはわかっています」


 なぜか、俺たちの前には()()()()()()()()()()()がいた。


 たちまち群衆が蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。


『カカカカッ! (ぬし)よ、まだ対価を完済してはおらんではないか! カカカカッ』

「ガレッサ……」

(ぬし)が魔法の力を失ったことは承知している。だが、それとこれは話が別ぞ、(ぬし)よ!』


 よほど好かれているんだな、ハイエラール……。


 俺たち三人は顔を見合わせる。当のハイエラールは珍しく困った様子だ。


『せいぜい鬼人(ゴブリン)退治をがんばることだな、(ぬし)よ!』

「なんか、楽しそうじゃありませんか、ガレッサ」

『うむ、愉快だぞ。お前との旅は(たの)しかったからな』

「なら対価を軽くしてくれませんかね」

『それは話が別だ。まぁ、もっとも、返済を待ってやることくらいは(やぶさ)かでもないがな! カカカカッ!』

「それはどうも」


 ハイエラールは銀髪に手をやってしばし考え込んだ。


「群衆も散ってしまったし。行きますか、みなさん」


 その言葉に反応して、三頭の鱗馬も現れて(いなな)いた。


 隣国の脅威が消えたわけではない。これから権力争いも起こるだろう。まさに混沌の時代が訪れるだろう。そんなことは想像に(かた)くない。


 だが、ファイランはシエルではない。女王ではない。シエルの夢を彼女に見るのは……やめよう。


 鱗馬に飛び乗って、俺は隣のファイランを見た。ファイランは頷く。


「ミシェ、龍樹の大瀑布まで案内して!」

「あいよ」


 ミシェの鱗馬が先頭に立つ。


 俺は鱗馬を止めて、王都を振り返る。


 見飽きるほど見上げてきた城。所々が焼け焦げているが、それでも城は城だった。シエルとの思い出が山ほど残る王都は守られた。シエルとの約束を(たが)えることもなかった。目的は全て達成した。だからもう、何も思い残すことはないのだ。


「ギャレス、好きなだけお別れして良いんだよ」


 ファイランが目を細める。笑ってくれたのか。


「ああ。ありがとう。もう、大丈夫だ」


 俺は馬首を返し、ミシェの後ろにつけた。


 ガレッサが顔を背中のハイエラールに向けて尋ねた。


(ぬし)よ、急がずともよいのだな?』

「ええ。普通の馬のように」

『普通の馬、か。あいわかった。なれば旅を楽しめ、(ぬし)よ』


 なんとも気の()く悪魔だ。俺は少し呆れつつも、胸の高鳴りのようなものを感じ始めてもいた。


「ギャレス」


 鱗馬を進めながら、ファイランが俺を呼ぶ。


「頼りにしてる」

「俺もだ」


 俺たちは一路、ミシェの今は亡き故郷、龍樹の大瀑布へと進んでいく。





 ――亡き女王に捧げる誓約の哀歌(エレジア)・完


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