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亡き女王に捧げる誓約の哀歌《エレジア》  作者: 一式鍵
第五章:亡き女王に捧げる誓約の哀歌

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5-1. 王都を望む川辺にて

 王都に辿り着く頃には夏の盛りを過ぎていた。そろそろ秋風が吹き始めるだろう。


 遠目に見た王都は俺たちの予想に反して、平穏を取り戻していた。シエルの十八歳の誕生日からわずか数ヶ月だというのに、人間というのは(たくま)しいものだった。そしてそれと同時に、なんとも言えない虚しさが胸を満たしていく。


「地下通路がある」


 俺は道すがら、脱出に使った通路の話をした。一部はバルゼグート師によって塞がれているだろうが、数多くの抜け道のどれか一つくらいは使えるだろうという希望的観測だ。


 もっとも、その先には罠が待っているのだろうが。


 俺は遠くの丘の上、夕餉(ゆうげ)時の王都を眺めながら、溜息を吐く。そばを流れる川のせせらぎがまた、俺の気持ちを落としていく。シエルの城は、今やゼルデビットのものだ。ガレッサの偵察によれば、王都は人々こそ普通の暮らしを営んでいるようだったが、騎士隊によって厳戒体勢にあるとのこと。また、強力な魔法結界が展開されていて、城には潜入できなかったのだという。


「騎士と一戦交えるのは賢くないな」


 俺は唸る。


「ゼルデビットの騎士とはいえ、王国の民。傷つけるのはシエルの本位じゃない」

「抜け道をうまく抜けられたとしても」


 ハイエラールが俺の隣に立つ。王都はすっかり闇に落ち、城壁の中にある建物たちの煙突から立ち上っていた煙ももう見えない。


「その先に兵隊たちが待っていると思われますが? ゲーレンワールの魔法結界も我々を検知するためのものかと思いますよ」

「……不殺というわけにはいかないかもしれない」

「迷いは、皆を危険に(さら)します」

「わかってる」


 いざとなれば。


 俺はまだ少し(うず)く足を意識した。


「ギャレス、足は大丈夫?」


 干し肉を(かじ)りながら、ファイランが振り返る。心を見抜かれでもしたかとぎょっとした。


「さっきの訓練でも、少し重心が右に寄ってた」

「お前、本当に初心者か」

「見えるようになってきたんだよね」


 ファイランは得意げに言う。


「最初の頃は剣に振り回されていたけど、落ち着いて相手の動きを意識できるようになってきたら、なんか先の先が見えるようになってきた。って言っても、ガルンシュバーグがなければただの人になっちゃうと思うけど」


 俺はハイエラールと顔を見合わせる。


「私もファイランの成長は感じていた」


 リブラリスが昼間釣り上げた魚を焚き火で(あぶ)りながら言う。


「ファイラン、まだ食えるか」

「うん。牛一頭くらいなら丸ごといけると思う」

「お前は()か何かか」


 リブラリスがらしくない冗談を口にする。ファイランは笑いながら川魚の串焼きを受け取って頬張った。


「王都も懐かしい」


 リブラリスは目を細めた。


「千年間、本当にここに都があったのだな」

「千年前はどんなだったんだ?」

「もっと粗末で貧相で人も少なかった。この都は、リュシエラが王都を移して始まった」

「最初からここだったんじゃないの?」


 ミシェが焚き火の火力を調整しながら尋ねてくる。


「最初の王都は私が焼き払ってしまった。酷いことをしたものだよ」

「ああ、悪竜だったね、あんた」

「だから、リュシエラが私の前に現れた。父と母の仇だとね」

「そうだったんだ」


 魚を食べる手を止めて、ファイランが(うつむ)く。


「新たな女王、リュシエラに連れられて、私たちは新たな都の地を探した。気付けば私たちの後ろには大勢の人々が付き従っていた」


 リブラリスは遠くを見るような目をした。墨に血を落としたような、そんな恐ろしい目が、今は優しく揺れている。


「竜の身体を封じられていた私だったが、それでも人々の役には立った。ルーセグラム魔水晶と共に封印されていたおかげで、物理的干渉も不自由なくできたしな」

「ルーセグラム魔水晶と共に……ってことは、ルーセグラム魔水晶がハルヴェルンに移されたあとだったよな、じいちゃんに剣技を教えたのは」

「あいつには私は幽霊のように見えていたのではないかな」

「じいちゃん、そんなこと一つも言ってなかったけどなぁ」


 俺がぼやくと、リブラリスは「あはは」と珍しくも声を上げて笑った。


「ゼルディアス・アグラード、か。面白い男だったよ」

「それは否定しないがな」


 俺が言うとリブラリスは「だろ?」とまた笑う。リブラリス、今日はよく笑うなと思った。


「まぁ、そうして私とリュシエラはあの丘を新たな王都の地に選んだんだ。それから千年。リュシエラの血を受け継いだシエルグリタは死に、その玉座に簒奪(さんだつ)者が居座っている。これは私にとっては面白くはないことだ」

「ああ」


 俺は首を振る。ハイエラールが焚き火の方へと移動しながら(つぶやく)く。


「ゼルデビットとジグランス、そしてゲーレンワール。もちろん、食屍の魔人ジェリックもいるでしょう。激しい戦いになるでしょう」

「シエルのためだ。王国を取り戻す」

「その冠は誰の頭上に?」


 ハイエラールが座りながら俺を見た。


「わ、私?」


 ファイランが自分を指さして目を見開いている。俺はメンバーに身体を向けて、腕を組んだ。


「……と、思ったりもしていたのは事実だが」

「だが?」


 ミシェが面白がっている様子で訊いてくる。


「それもシエルの本意ではないような気がしてきた」

「というと?」

「まだはっきりとはわからないんだ、ミシェ」

「うん」


 ミシェは立ち上がると、何故か俺を抱きしめてきた。


「ミシェ?」

「あんたは命令(シムド)(すが)っているだけだよ」

「……かもしれんな」


 否定する勇気も元気も、俺にはない。


「だが、だとしても」


 俺はミシェを軽く抱き返して身体を離す。


「俺はゼルデビットを許すつもりはない」

「それで、いいのか、獣人」


 リブラリスが静かに尋ねてくる。俺は頷いた。


「これは俺の個人的な復讐の物語だ。だから」

「一緒に行くかどうかは任せる、かい?」


 ミシェが俺の左肩を強く叩いた。


「水臭いよ、あんたさ。ここまで一緒だったんだ。あんたの復讐劇だろうがなんだろうが、いいさ。それにアタシにとってもチャンスなんだ。ゼルデビットに一矢報いなければ、奴に殺された家族も友達も浮かばれやしない」

「ミシェ……」

「私も兄の件がありますからね。腐れ縁というにはあまりにも強い(きずな)でしょうよ」


 ハイエラールがよく焼けた魚を取りながら言った。緊張感の欠片もない。


 ファイランが立ち上がって伸びをする。


「腹六分目」

「あれだけ食って六分かい!」


 ミシェのツッコミが()えている。


「ともかくさ、私も一緒だよ、ギャレス。助けてもらった恩もあるし、なにせ私、リュシエラ女王の血を引いてるなんて、すごくワクワクしてる」

「お前な……」


 出会った頃とは見違えるほど、ファイランは明るくなっていた。自信がそのまま表に出ている印象だった。リブラリスが座ったまま俺に視線を向けてくる。


「私に進退を()くなど野暮だぞ、ギャレス」

「まだ()いてないんだが……」

「リュシエラの血を引く者を守らなければ、私は死の世界でリュシエラに口もきいてもらえまいよ」


 リブラリスは空を見上げる。俺もつられて頭上の星々を見た。眩しいほどに、無数の輝きが空を彩っている。星の川が頭上をまっすぐに突き抜けている。


「綺麗だな」


 リブラリスは小さく呟く。


「まるでリュシエラの瞳のようだよ」

「そ、それって、私の目ってこと?」


 そう言ってファイランはリブラリスを覗き込んだ。


「――ああ、同じ目だ」


 リブラリスはファイランの黒髪をそっと撫でた。


「もうすぐだな――」


 リブラリスは小さく、そう呟いた。


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