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亡き女王に捧げる誓約の哀歌《エレジア》  作者: 一式鍵
第四章:女王の戴冠

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4-11. 私もそろそろ夢を見たい

 アレンゴルが持っていた宝石は、ルーセグラム魔水晶から魔力を抽出し、エネルギーに変換するための武器だった。


「こんな物を作ってしまうなんて、人間とはつくづく(ごう)の深い生命体だな」


 それをしげしげと観察しながら、リブラリスは肩を(すく)める。巨大な守護の鏡は何も言わない。


「恐らくその本体がどこにあったとしてもこの道具を使えば魔水晶の破壊の力を引き出せてしまうだろう。アレンゴルごときが使えていたということは、誰が持っても立派な兵器と化すということだ」

「あんなものを兵隊が振り回すようになったら大変なことになる」


 俺が言うと、リブラリスは頷いた。


「とはいえ、これもまた文明の進歩なのかもしれん。千年で人の営みも良かれ()しかれ随分と変わった」

「でもこれ、殺傷兵器でしかないよ、リブラリス」


 ファイランが宝石をおっかなびっくり(かか)げながら言った。


「そうだな」


 リブラリスはしばらく沈黙していた。


「ルーセグラム魔水晶は私の力の源でもある」

「壊したり封印したりはできないということか」

「いや」


 リブラリスは俺を見た。


 そして目を細める。


「壊せば私が死ぬだけだ」

「それは駄目だろう」

「ああ。この王国を取り戻すまではな」

「いや、お前が死ななければならない理由はない」


 俺が言うと、リブラリスは「優しいんだな、獣人」と俺の胸を拳で突いた。


「私はね、あまりにも長く生きすぎた。竜族はとうに滅んでいるし、なにより私が愛したリュシエラはもういない。リュシエラの言葉を、命令(シムド)を果たせば、私はもうこの世界に用事はないさ」

「第二、第三の危機が来るかもしれない。その時、俺たちはいないかもしれない」

「ああ、そうだな」


 リブラリスは遠くを見るような目をした。


「だが、人の世に、永遠に続くものなんてないのだ。いつかは滅ぶ。その時の、その時代の人々が懸命に戦って勝ち得るもの。それが新たな平和と安寧だ。そこに竜は、不要なんだよ」

「それなら――」


 ファイランが宝石をリブラリスに手渡しながら尋ねた。


「それなら、どうして今は」

「運命を感じたからだ。だから、最後までお供させてもらうさ、ファイラン」

「でもその後で、ルーセグラム魔水晶を……」

「ああ。私も、そろそろ夢を見たいんだ」

「リブラリス……」


 ファイランはリブラリスに抱きついた。そして強く抱きしめる。


「だめだよ、そんなの」

「お前たちは私を置いていくだろう?」

「だって……」

「それが運命なんだ、ファイラン。私とお前たちでは生きる時が違う。なぁ、ミシェ」

「そうだねぇ」


 ミシェはアレンゴルの亡骸を見下ろしながら首を振った。


「アタシたちエルフだって滅びゆく種族。その緩やかな死をみんな待ってるんだ」

「そんな……」

「なぁ、ファイラン。アタシたちは常に見送る側なのさ。どんなに親しい人間でも、もしかしたら愛してしまった人間でも、その全てがアタシたちを残して、老いて、死んじまうんだ。だからさ、リブラリスの気持ち、アタシにはわかる。愛する人のいない世界、その姿や声が薄れることのない不変の記憶、眠りを知らぬがゆえに夢も見られない」

「そうだな、ミシェ」


 リブラリスはそう言ってファイランの背に手を回した。


「リュシエラの匂いがする」

「……リブラリス、私を置いていかないで。あなたはずっと、いつまでも私と一緒にいるの」


 ――あなたと私はおじいさんとおばあさんになるまで一緒なの。


 俺の頭の中にシエルの声が響いた。


 俺にとって最も大切だった人間の声だ。思い出すたびに胸が(うず)く。


「私は変わらず、お前は老いて、死ぬんだ。リュシエラと同じように、私を置いていってしまうんだよ」

「私が竜になってでもいい。どうにかして永遠の命を得てもいい。魔水晶を頼ったりとか!」

「それはだめだ」


 リブラリスはファイランを抱きしめたまま首を振る。


「リュシ……ファイラン」


 リブラリスはファイランの頬を掌でそっと挟んだ。


「これ以上、私を命令(シムド)で縛るな」


 ――胸が苦しいんだ。


 リブラリスの囁きが聞き取れたのは、きっと俺とミシェだけだっただろう。


「ハイエラール」


 リブラリスはファイランから身体を離し、鏡を調査していたと思しきハイエラールに声をかけた。


「この鏡の奥にルーセグラム魔水晶があるんだな」

「間違いないですね。魔紋(イ・ド)がそう流れています」

「わかった。このままでは直接的に接触しようとする(やから)が、遠からず出るだろう。この地ごと封印したい」

「この地って……ハルヴェルンを、ですか?」

「そうだ」

「……わかり、ました」


 そして俺たちはガレッサと鱗馬でその場を脱出した。地上には生き物の気配がない。転がっているのは瓦礫と人間の断片。そこは文字通り死の都だった。鬼人(ゴブリン)の一匹すら近寄ってはこないだろう。


「ハルヴェルン、ここも数百年の歴史のある都だったんですがね」


 ハイエラールが首を振った。王都と並ぶほどの歴史のある古都なのだ。しかし、もう誰もいない。忌まわしきこの地は、二度と蘇ることはないだろう。


「ジグランス、お前は一体何をやっているんだ」


 俺の呟きに、ハイエラールが反応する。


「王都に行けば、あるいは何かわかるかも知れませんよ。私の兄が、ゲーレンワールが直接誘ってきたくらいですからね」

「罠かもしれんな」

「兄の考えていることはわかりません。しかし食屍の魔人もそこにいるでしょう」


 俺は痛む足から意識を()らし、鱗馬の上から荒れ果てた町並みを眺める。


「ゲーレンワールと食屍の魔人。ゼルデビット、そしてジグランス。王都で決着、となるのかな」

「どうでしょうね」


 ハイエラールは懐疑的なようだった。


「奴らを倒した所で王国の復活とはなりません。あくまで目先の障害を排除しただけで。アガレット王国やバールレン帝国による侵略も激しさを増していることでしょう」

「気が重いな」

「ですが、やるんでしょう、ギャレス」

「当たり前だ」


 美しい王国を反逆者どもから取り戻す。王国を蘇らせる。――シエルの遺志だ。何よりも優先的に実現されなければならない命令(シムド)だ。


「しかし、その足は」

「心配要らない」


 俺は断定する。


角狼人(ヴァルガル)は再生力も高い。確かに傷は深いが、王都に着く頃にはそれなりに戦えるようになっているはずだ」

「そうなんですか」


 ハイエラールもそのことは知らなかったようだ。そもそもかすり傷なら見ている内に治る。以前鬼人(ゴブリン)にやられた時は、傷そのものというよりも毒でやられていたというのが正しい。


「お前の長兄の敵討ちということになるのかな、ゲーレンワールを倒すということは」

「そう、ですね。彼は手強いです。さっきだって、思えばわざと私に囚われることで、アレンゴルを罠に()めたようにも……」


 かもしれない。


 俺はハイエラールをも手玉に取るゲーレンワールに身震いする。俺はかつて、ヤツの()と一戦交えている。本体じゃなかったはずなのに、恐るべき手合(てあい)だった。


 その時、ファイランと共に鱗馬に乗ったリブラリスが近付いてきた。


「ハイエラール、さっさとやろう」

「ルーセグラム魔水晶の力を借ります」

「うむ」


 リブラリスは少し重たい声を発した。


「私の力を利用しながら正しく生きている人間たちも多かった、か」

「ええ。今やあの水晶なしではハルヴェルンは成り立ちませんでしたから」

「因果なものだ」


 リブラリスはそう言うと右手を天に向かって掲げた。ハイエラールも杖を頭上に捧げる。


 すると、ハルヴェルンを囲うように半球形の闇が現れた。


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