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亡き女王に捧げる誓約の哀歌《エレジア》  作者: 一式鍵
第四章:女王の戴冠

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4-9. 私は今、お前の罪の話をしている!

 ファイランは動かない。


「死ね!」

「黎明剣式、天陽!」


 アレンゴルの打ち込みに合わせるようにして、流れるように構えが変わる。あまりに流麗な動きに、俺は目を(みは)る。


「同じこと!」


 アレンゴルの巨躯が迫っても、ファイランの構えは微塵も揺らがない。


「リュシエラ女王、シエルグリタ女王、お力、お借りします!」


 それに呼応するように、聖剣ガルンシュバーグが輝き始める。時間にしてほんの一瞬。しかしそれは長かった。


 アレンゴルの驚愕の表情までつぶさに見えた。ファイランの顔は角度的に見えない。だが、あの深い空の色の瞳は、この上なく静謐(せいひつ)だっただろう。


 輝塵崩閃(グランヴァルザー)がアレンゴルを襲う。まともな人間だったら肉片になってしまう一撃。


「ぐぁっ!?」


 しかし、奴は耐えた。相当なダメージを受けているのは明らかだったが、まだ立っていた。


「ファイラン、気をつけろ!」

「クソガキめ!」


 頭から流血しながらも、アレンゴルは動いている。轟音と共に長剣が振り上げられる。ファイランは大技にひっぱられてまだ構えに戻れていない。


 そこに光の矢が飛来し、アレンゴルの右肩に突き刺さる。


 しかしアレンゴルの動きは止まらない。化け物じみた耐久力だ。


 ファイランの前にリブラリスが現れる。アレンゴルが吠える。


「貴様も死ね!」

「ふっ」


 アレンゴルの放った衝撃波を伴う一撃に耐えたリブラリスは、ファイランにアレンゴルの宝石を投げ渡す。


「使え」

「わかった」


 ファイランは何かを理解したらしい。俺にはさっぱりわからない。仕方なく、俺はハイエラールの方を振り返る。足の痛みがひどくなっている。


「ハイエラール、そっちは」

「片付きました。というより拘束しています。私は動けません」

「わかった。その状態を維持してくれ」

「もちろんです」


 その声にはかなりの疲労が(にじ)んでいた。


 甲高い斬撃の音に、俺は視界をファイランたちに戻す。


小癪(こしゃく)な!」


 アレンゴルの攻撃はなぜかファイランに届いていない。見えない壁で弾き返されているようだ。


「ファイラン!」

「リブラリス、私が片を付ける!」

「……無茶をする」


 リブラリスはそう言うとアレンゴルから目を離さぬようにして俺のところまで後退してくる。


「リュシエラを見ているようだ」

「俺はシエルを重ねている」

「……人間の血は強いな」

「ああ」


 圧倒、とまでは行かないが、ファイランは確実にアレンゴルを押し始めていた。


「んっ!?」


 俺とリブラリスが同時に声を上げた。アレンゴルの背後の空間が歪んだかと思うと、円形の模様が浮かび上がる。


蟷螂(カマキリ)野郎!?」


 そこから現れたのは()()()()()()だった。


「カネアは死んだんじゃ!?」


 ミシェが俺を助け起こしながら言った。俺は痛みをこらえながら答える。


「いや、アレンゴル(あいつ)蟷螂(カマキリ)野郎を隷魔(ウンブラファムルス)にしたのだろう」

「魔導師でもないのに?」

「ゲーレンワールの仕業でしょうよ、ミシェ」


 ハイエラールが空中に拘束しているその姿を見上げながら言った。


「あれは兄さんの人形です。ゲーレンワールはやはりこの件に大きく(から)んでいるようですね」

「落ち着いている場合か。ファイランを」


 俺は無力だった。足をやられては何もできない。


 ファイランを守れない。


「その役目、私が()()おう」


 リブラリスがアレンゴルを無視して、首刈りの雷帝の前に立った。


「ここから先は通さぬ。女王の血を引く者を邪魔させはしない」

『貴様が何者かは知らぬが、命の価値は軽いものよ』

「私が何者か見抜けぬ程度の悪魔か。貴様では私の髪の毛一本切り裂くことは叶わぬよ」


 リブラリスの馬上槍が姿を変えて、二本の長剣となった。


「ファイラン、思う存分やれ」

「ありがとう、リブラリス」


 人間の成長は階段のようなものなのじゃよ――じいちゃんがよく言っていた。人間はある日突然、急激に成長する。停滞からの急激な変化は、蝶にもよく似ている。幼虫から(サナギ)、蛹から蝶。


 歴戦の勇士でもあるアレンゴルと、剣を握ってまだ間もない少女が戦っている。普通に考えれば勝負にすらならないのに、今はあろうことか、少女が明らかに押していた。


「くそ、馬鹿な」

「ルーセグラム魔水晶の力が、ファイランを包んでいるんだ」


 ミシェが(ほう)けたように呟いた。


「こんなことって、ある?」

「導きだ」


 俺は首を振る。


「リュシエラ女王の祈りが全てを結び合わせている」

「千年の時を超えて、かい」

「人は血を受け継いで繋がっている。千年だろうが、万年だろうが、希望と祈りは繋がり続ける」

「ロマンチストだね」

「ああ」


 そうなのかもしれない。少なくとも俺はリアリストではないだろう。


「シエルの想いも、ファイランは受け継いでくれた」

「ああ、そうだね」


 ミシェは俺の足の装甲板を外して、軟膏を()り込むときつく包帯を巻いた。


「歩けるかい」

「なんとか」


 俺は立ち上がって二歩歩いてみた。


「火傷はかなり酷い。無理すんじゃないよ」

「俺は戦士だ。痛みには負けない」

「そういうところがロマンチストだって言うんだ」


 ミシェは俺の足を軽く叩く。激痛が脳天に駆け上がる。


「くそ」

「ほらね。あんたが痛みを口にした所で、あんたの名誉は傷付きやしない。あんたには仲間がいる。だから一人で無敵である必要なんてない」


 今となってはリブラリスもいるし。


 俺は「はぁ」と肩を落とした。


 その間も、俺はファイランから目を離してはいない。ファイランは驚異的なスタミナを発揮していた。普通ならとっくに剣を持ち上げることもできないほどの打ち込みをしているにも関わらず、天陽の構えには微塵も揺らぎがない。今のファイランにはシエルの護衛部隊の誰もが叶わないだろう。信じられなかった。


「いい加減にしろよぉ、この小娘……!」

「他者を(さげす)み、踏み台にし、己の欲のために利用してきたお前は、そして王国を混乱の陥れ、多くの血を流させたお前の罪は、死をもってしか(あがな)うことはできない!」

「はははは! ジグランスやゼルデビットが聞いたら腹を抱えて笑うだろうよ、そのセリフは!」

「どうだっていい!」


 ファイランは挑発に乗らなかった。


「私は今、お前の罪の話をしている!」

「強者が弱者を利用して何が悪い。強者はかくあるために死ぬ気で生きてきた。だからこそ、漫然と怠惰に生きた結果、弱者にしかなりえなかったクズどもを好きにする権利がある。そうだろう、小娘。血反吐を吐きながら日々を生きてきた者に対し、弱者であることに甘んじて何の努力もせずに生きてきたクズどもが平等を語るなど、あまりに不公平ではないか!」


 アレンゴルの怨嗟(えんさ)の声が響く。


「弱者は罪人よ、咎人よ。その罪咎(ざいきゅう)贖罪(しょくざい)のために、強者がいる! 強者こそ、弱者の罪をなかったことにできるのだ。強者による圧倒は、クズどもへの福音(ふくいん)よ!」

(おご)るな、将軍!」


 ファイランは怒鳴る。


「確かにお前は強者。私ですら、お前の名前を知っていた。歴戦の勇士、英雄、最強の将軍……。そこに至るまで、お前がいかほどの鍛錬を積んできたのか、私には想像もできない。それは認める。しかし、それとこの戦を起こしたことは別! シエルグリタ女王を……いえ、王室を(おとしい)れ、国を混乱させ、あまつさえ大勢の人々を死なせ、忌避魔導師たちを蘇らせ、より一層の死と破壊をばらまいた!」

「だから何だというのだ! 王室が俺を(ないがし)ろにしなければこんなことは起こらなかった!」


 (ないがし)ろだと!? あれほど重用されておいて何を……!


「女王の護衛隊長には、俺の息子が()てられる予定だった! そしてゆくゆくは王室に入り、俺の権力は盤石なものとなるはずだった!」


 なんだと……。


 俺は背筋が薄ら寒くなったのを覚えた。


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