4-6. カネアを討て
噬葬絶牙がカネアの腹部に直撃した。
「がっ……!?」
激しく血を吹きあげるカネア。この攻撃密度の前には、さすがに無傷ではいられなかったか。
「行くぞ、ファイラン、畳み込め!」
「わかった!」
俺たちの背後からハイエラールの魔法とミシェの矢が飛んできてカネアに突き刺さる。
「くっそぉぉぉぉ、小癪なケダモノと小娘がぁぁぁぁ!」
カネアのドレスはどういうわけか無傷だったが、カネア本体は相当に蓄積ダメージを負っている。飛んでくる攻撃の頻度も明らかに低下していたし威力も下がっていた。
「ケダモノめ、死ね!」
かかったな。
こっちは虚鎧の構え――ひたすら回避からのカウンターを追求した構えだ。
そうとも知らず、カネアはその剣を振り抜いた。
剣から迸る血の斬撃。その雫の一つ一つに殺傷能力がある。
しかし、回避体勢に入った俺には、数滴が傷をつけたのみだ。かすり傷だ。
そしてそれと同時に俺の虚影刃が炸裂する。
「こんのっ!」
カネアは視野が狭い。俺を狙っている今、ファイランは安全地帯にいる、ということだ。
気を取り直したカネアの攻撃を俺は長剣で受け止めた。背後に殺気が迫る。蟷螂野郎だ。
「ハイエラール、防御!」
『来ると思ってました』
ハイエラールの念話が飛んできた。さすができる男だ。
俺は背面の防御を完全に捨てる。カネアが蟷螂野郎の攻撃に備えて一歩下がる。俺はそれに合わせて前に出る。蟷螂野郎の鎌と魔法が同時に俺の背中を打った。
「ふっ」
拳で強かに殴られた程度の衝撃はあった。だが、ハイエラールの的確なピンポイント防御障壁を貫通することはできなかった。
ハイエラール、なんか魔法の精度が上がってないか?
俺はそんなことを思う。
『ここはルーセグラム魔水晶の力が強いからですよ』
「なるほど」
俺は天陽の構えに移行した。カネアを挟んだ反対側、つまりカネアの背後にいるファイランも同じ構えを取っている。その時ようやく子蟷螂が地面から湧いて出てき始める。リブラリスによって一度殲滅されたのがよほど効いていたらしい。
しかし逆に言えば、こんなチャンスはもうないということだ。リブラリスの増援を当てにして戦うわけにはいかない。
閃爛舞を全力で叩き込む。ファイランも同じだ。
いや、ちょっと待て。閃爛舞だと、人間では軽い単発が限界だ。次に繋げられない。
だが、ファイランはまるで俺の動きを写し取ったように、牙潜の構えに移行した。「無茶だ」と言いかけたが、燦然たる聖剣ガルンシュバーグを見て、その言葉を飲み込んだ。
幽噬閃――。
前後から打ち込まれた剣式にカネアは絶叫を上げる。カネアの頭上から、殺傷力のある血の雨が降ってくる。
俺もファイランも完全に防御を捨てていた。俺は虚鎧の構えに移行した。
「!?」
ファイランも全く同じ動きを見せている。俺の動きを見て真似しているというのか!?
しかもかなり正確だ。初めての実戦使用とは思えない。
やってみるか――!?
ファイランと視線が合う。ファイランの深い空の色の瞳が、ガルンシュバーグの輝きを受けてギラリと光った。
虚影刃――!
幾度もの斬撃がカネアの防御結界を粉砕していく。
「父さんと母さんの仇!」
ファイランの一撃がカネアの胸を背後から貫いた。
「がっ……。馬鹿な……! 雷帝……こいつらを、殺すのよ!」
『お前は死ぬ。命令は無効だ』
「主を裏切るの……!?」
『贄を供さぬ主など不要。隷魔ごっこは終いだ』
蟷螂野郎を振り返ると、もう半ば以上闇に溶けていた。
「おのれ、悪魔、め……」
「死ね、魔女!」
ファイランのガルンシュバーグが、ニ度、三度とカネアの背中に突き刺さる。
「がっ……」
「お前が殺してきた人間たちの、苦しみを、痛みを、味わえ!」
ファイランの全身は、信じられない量の返り血を受けて真っ赤に染まっていた。すっかりびしょ濡れだ。カネアはそれを武器とする能力ももはや失っているようだった。
「私は、ただでは、死なないわ……!」
「そうです、か」
ハイエラールがいつの間にかそばに来ていた。
「ルーセグラム魔水晶からの魔力は遮断しましたよ」
「お、おのれぇ……」
「死んでしまえ! 魔女め!」
ファイランはガルンシュバーグでカネアの首を刎ね飛ばした。
『ぎゃあああああああああ』
断末魔の念話が俺たちの脳を揺らした。これはたまらない。
ハイエラールを除く俺たちは、揃って頭を押さえて呻いた。
「カネアは死んだのか?」
眉間に力を入れながら、俺はハイエラールに尋ねた。ハイエラールはしばらく目をつぶって何事かを探っている様子だったが、やがて頷いた。
「隷魔が消えたのも作戦かと思いましたが、そんなことはなかったようです。ルーセグラム魔水晶を介しても、カネアの力が極限まで弱まったのを確認できました」
「弱まった?」
「ええ。生命体の痕跡が完全にゼロになることはほとんどありません。もしかすると忘れた頃に転生するかもしれませんし」
「転生……?」
「人の魂は不滅なのですよ、ギャレス」
魂が不滅……。
俺は血まみれのファイランを見た。その深い空の色の瞳に、俺はまだシエルを見ている。
「蘇ったりはしないのか?」
「どうでしょうね」
ハイエラールは首を振る。
「少なくとも私は前例を知りません」
「だよな」
俺は溜息をつき、ようやく剣を収めた。ファイランもガルンシュバーグを収める。辺りが一段階暗くなった。
が、次の瞬間、嘘のように明るくなった。闇に包まれていたハルヴェルンだったが、その闇色の結界が消えたのだ。
「待たせたな」
リブラリスが広場に現れた。その陶器のような顔が少し汚れている。
「ファレンは」
「倒した。滅するには至らなかったが、そこまでする必要もないだろう」
「十分だ」
俺はそう言って周囲を見回した。
ハルヴェルンは廃墟と化していた。人どころか犬も鼠も見当たらない。建物も無事なものはなく、城も半壊していた――こちらはほぼリブラリスの戦いのせいではあったが。
「魔法学校もやられていますね」
ハイエラールが広場に面した大きな建物を見て呻く。
「精鋭揃いだったのに、さすがにカネアとファレンの二人を相手にするのは厳しかったということですか」
「実戦経験の問題じゃないか?」
俺は言う。ハイエラールは「そうかもしれません」と頷く。
「王国の頭脳が揃っていたのですが。惜しいことをしたものです」
「ねぇ、ハイエラール」
壊れた噴水の縁に腰をおろしたミシェがハイエラールを見ていた。
「ルーセグラム魔水晶とやら、このまま放置しておいていいのかい?」
「よくない、ですね」
「どうするつもりさ」
「……まずは見に行きませんか」
ハイエラールも考えがまとまっていないのか。だが、俺もその魔水晶とやらには興味があった。
――ルーセグラム魔水晶を介しても、カネアの力が極限まで弱まったのを確認できました。
ハイエラールはさっきそう言った。つまり、死んだ人間の痕跡を辿れるかもしれない、そう思ったのだ。
「ギャレス、どうしたの?」
血まみれのファイランが俺を見上げていた。その瞳が俺をまっすぐに射抜いてくる。
シエル……。
俺の中のシエルの記憶が少しずつぼやけていっている。はっきりと思い出せるのは、俺の腕の中で息を引き取ったその瞬間と、壊された亡骸だけだ。顔も、声も、その所作も、少しずつ薄れていっている。
「ハイエラール。その魔水晶では、死者を見ることはできるのか」
「わかりません。私も実物は見たことがないのです」
それじゃ、と、ミシェが立ち上がって言った。
「見に行ってみようじゃないか」




