4-5. ハルヴェルンの戦い
小高い丘の上に陣取っているハルヴェルンは、遠目にも明らかに異常だった。
朝日が登りきった頃に到着したのだが、巨大城塞都市ハルヴェルンの周囲はまるで夜。雲まで届くほどの闇色の円柱に包まれていた。粘液的な闇がどんよりと巨大な街を包んでいる。
「踏み込みたくないねぇ。嫌な気配しかしないよ」
ミシェが弓を空打ちしながら言った。俺は言う。
「カネアとファレンがいることは確定しているんだ。そりゃ嫌な気配しかしないだろう」
「カネア……」
ファイランが唇を噛んでいる。俺はその肩に手を置いた。
「思い詰めるな。生き残ることだけを考えればいい」
「私、役に立つのかな」
「俺が教えたことを冷静に守り続けられれば大丈夫だ」
「わかった」
冷静に、冷静に……ファイランはガルンシュバーグの柄を握りしめながら呟いている。
「ハイエラール、行けるか」
「正門から堂々と攻め入りますか?」
「城塞都市が相手だぞ」
「そこに翼があることに気が付きましたよ」
ハイエラールは俺の隣に立つリブラリスを見た。
「ああ!」
「私のことを忘れていたのか? 上から行けば多少の不意打ちにはなるだろう」
ハルヴェルンまでは丘を下りてから再度登る必要がある。丘を下った時が一番危険だった。何が待っているかわかったものではない。その道中の危険を避けられるというのなら、願ったり叶ったりだ。
『準備ができたら行くぞ』
その声に振り返ればそこには巨大な白銀の竜がいた。俺たちはその背に苦労して乗った。
『落ちないように結界を張っておけ、ハイエラール』
「大丈夫ですよ。一気に頼みます」
『承知した。行くぞ!』
風が轟音と化す。視界の高度が急激に上がり、丘の上の城塞都市に向けて一気に加速した。
『来るぞ』
闇の円柱に差し掛かるや否や、凄まじい稲妻が天秤の竜を襲った。
『どうということはない』
そのまま中央広場に向かった俺たちを、無数の蟷螂が出迎えた。
『焼け死ね! 下級魔族どもめ!』
天秤の竜の周囲に、数えるのも嫌になるほどの火球が出現した。
火球から放たれた熱線が飛来する子蟷螂を焼殺した。
「街の人々はどうなっている」
「まったく見当たりませんね」
ハイエラールが何らかの手段で街を観察している。
「だが、破壊は最小限で頼む、リブラリス」
『わかった。都市ごと吹っ飛ばしていいなら話は早いのだが』
「それは最後の集団にしてくれ」
『心配するな』
地上の敵をあらかた掃滅し、俺たちはハルヴェルンに降り立った。
「ふむ」
人間の姿に戻ったリブラリスが馬上槍を一振りした。たちまち空中にいくつもの爆発が起きる。ハイエラールが驚愕の声を上げる。
「すごい、ファレンの攻撃を全て落とした」
「造作もない」
リブラリスはそう言うと、俺たちの前に出た。そしてまた、馬上槍を一振りする。俺たちの周囲が爆発に飲まれたが、俺たちはかすり傷一つ負わなかった。
「私はファレンを討つ。カネアはお前たちに任せるぞ」
一人で大丈夫か、とは訊く必要を感じなかった。それほどまでにリブラリスは圧倒的だ。
「何なら私の手が空くまで持ちこたえるだけでも良いぞ」
「頼りにはさせてもらうが、リブラリス、ジグランスの動きが気になる」
「あと、私の兄、ゲーレンワールもまた気になります」
ハイエラールが重々しく言った。リブラリスは頷く。
「油断はせんさ。いざとなればこちらも頼むぞ」
「了解だ」
「後でな」
リブラリスは凄まじい速度で広場を駆け抜けていった。早くもファレンの居場所を掴んでいるとしか思えない。
「こっちも来ますよ。リブラリスが離れるのを待っていたようですね」
「あの女らしい」
ミシェが舌打ちした。子蟷螂だけではない、ついに首刈りの雷帝が姿を見せた。
「あの蟷螂だ……」
ファイランがガルンシュバーグを抜き放つ。
「冷静さを忘れるな。冷静であり続ければ必ず勝ちの目が出てくるからな、ファイラン」
「わかってる、ギャレス」
俺たちは並んで剣を構える。
ミシェが威嚇の矢を連射する。子蟷螂、そして羽目玉を盾にして、首刈りの雷帝が迫ってくる。
その間にハイエラールが呪文を詠唱し、完成させる。
「赫炎裂波!」
首刈りの雷帝の顔面付近で強烈な爆発が起きる。悪魔をしても平静でいられない衝撃に、首刈りの雷帝は地面を転がって衝撃を逃がしきった。
そこに俺とファイランが襲いかかる。技の出はファイランの方が早かった。
「天墜撃!」
それを追うように、俺の幽噬閃がヒットする。
「何をやっているのよ、雷帝! だらしない!」
来たな、カネア。俺はファイランに目配せする。
「わかった」
ファイランは頷き返すと、首刈りの雷帝を踏みつけてその向こう――赤いドレスのカネアに向かって跳んでいた。
動きが見違えるほど良くなっている。剣の修練を初めてまだ間もない。基本しか知らない少女。にも関わらず、熟練の剣士も驚くほどの動きを見せている。彼女もまた目がいい。俺たちの戦いを見ているだけでも成長している。
「ハイエラール、俺はいいからファイランを守れ!」
「わかってますよ」
ハイエラールの放つ光の球がカネアの魔法障壁で弾かれて爆炎を散らす。
「雷帝、そのケダモノを殺しなさい!」
よし。
俺は内心ほくそ笑んだ。こうなった以上、カネアが命令を取り消すまで、この蟷螂野郎は俺にしか攻撃ができない。俺はこいつを引き付け続けられればそれでいい。
とはいえ、油断はできない。
そしてこの闇の結界。そしてルーセグラム魔水晶だったか。それらがどう作用するかが読み切れない。くれぐれも警戒しておく必要があった。それにカネア戦の前衛をファイラン一人で張り続けるのは厳しいだろう。
ファイランの閃爛舞が迸ったのが視界に入る。かなりのスピードだ。しかし一撃が軽すぎる。いや、違う。スタミナの消費を抑えるために意図的に軽くしているのか。
俺は蟷螂野郎の一撃を躱すと、背を向けてカネアに向かった。蟷螂野郎は俺にしか攻撃をしないのだ。二正面作戦でもやり易い。
そうこうしている内に城の方で激しい爆発が起きた、尖塔の一つが崩れて煙を上げている。ファレンとリブラリスが殺り合っているのか。あっちは大丈夫だろう。放っておく。
まずはカネアをここで打倒しなくてはならない。
ファイランの気持ちの問題もある。
「忌々しい雑魚どもめ! ここで死んでおしまい!」
「私の家族の苦痛を、お前に返してやる!」
ファイランの一撃を、カネアが出現させた血色の長剣で受け止めた。カネアは素早くそれを振り抜く。ほとばしる血液状の何かが刃となって飛んでくる。
俺を狙って。
俺は全身を撓めて後ろに飛び、蟷螂野郎の頭を蹴りつけるようにして軌道を変えた。カネアの放った衝撃波が蟷螂野郎に直撃したのが見て取れた。
『ッ!』
蟷螂野郎の動揺が伝わってくる。
「間抜け! こんなものに当たるな!」
ヒステリックに喚くカネアを見て、俺は蟷螂野郎に同情した。
「輝塵崩閃!」
ファイランの一撃がカネアに直撃する。一瞬の隙をも見逃さない。ファイランの成長速度に俺は戦慄する。
「くぁっ!? 小癪な、この小娘が! その目を抉り抜いて喰らってやる! 血の一滴も残さず吸い尽くしてくれる!」
「私は、お前を殺す!」
ファイランの構えが牙潜に移行する。
カネアの剣がファイランに向けられる。そこに俺が突きを叩き込む。蟷螂野郎が立ち直っていない今がチャンスだった。
「くっ、このケダモノ! 雷帝、いつまでヘタれているのッ!」
「ファイラン!」
あの体勢は噬葬絶牙だ。
「死ね、吸血の魔女!」
ファイランの裂帛の気合が響き渡った。




