3-8. ゲーレンワールの陰謀
ハイエラールは繰り返し言った。
優しかった長兄レイフォールを、次兄ゲーレンワールは己の野心のために殺したと。
「レイフォールはなぜ己の隷魔との契約をやめようとした」
「ゲーレンワールの野望を阻止するためです」
俺の問に答えるハイエラールだが、俺にはいまいちピンとこない。
「なるほど」
しかし、リブラリスは違ったようだ。
「隷魔との契約は一対一。複数の悪魔との契約はできない」
「まさか」
「そうです。レイフォール兄さんは食屍の魔人ジェリックの復活が止められないと知り、ゲーレンワールの狙いを理解したのでしょう。ゲーレンワールより先にジェリックを隷魔化し、己の支配下に置くことを選んだのです」
「悪用されないように、その力を己の下に留め置こうとしたということか」
「その通りです、リブラリス」
なるほど。俺もギリギリの所で話についていく。
「しかし、その争いに破れたレイフォール兄さんは、私のところに思念を飛ばし、消えた」
「となると、食屍の魔人ジェリックは、今お前の兄……ゲーレンワールの支配下にあると」
俺が確認すると、ハイエラールは頷いた。
「そうです。おそらくは」
「アレンゴル将軍に付き従ってると見るべきか」
「そこなんですよね」
ハイエラールの歯切れが悪い。
「ゲーレンワールの性格的に、誰かに従うということが考えにくいんです」
ふむ。腕を組んで火傷に悶絶する俺をよそに、リブラリスが立ち上がった。
「そうせざるを得ないからそうしている、と?」
「アレンゴルの下にはカネアとファレンがいます。ジェリックを隷魔化できたとしても、その二人の大魔導師およびその隷魔と一戦構えるのは不利と判断したのかもしれません」
合理的な判断力はありましたからね、と、ハイエラールは補足する。
「また厄介な魔導師がいたものだな」
リブラリスが陶器のようなその顔で呻いた。
「私は王国が厄介なことになっているのを見て、また、ゼルデビットが知ってか知らずか大瀑布の封印を完全に解いてくれていたから、こうして西の端まで飛んできた。あまりに魔紋が異常だったからな。その様子を見に、だ。そうしたらお前たちと出会った」
「お前は何をするつもりだったんだ?」
「はは、なに、私は悪竜。混乱と混沌の匂いに引き寄せられただけかもしれんよ」
「それがなぜ俺たちと?」
「懐かしかったから、では不満か?」
リブラリスはその不可解な色の目で俺を見下ろしている。
「もっとも、それ以上に、ハルヴェルンの魔導師たちが厄介だった。たとえ私でも正面切って一戦交えれば無事では済まされないことははっきりしていた」
「そんなに強いんだ、やっぱり」
ミシェが割り込んできた。振り返れば髪を拭いているファイランもいた。
俺は顎に手をやりつつ立ち上がった。
「どっちかといえばカネアは間抜け、ファレンは思考力がないように見えたのだが」
「それもそうですが、あの二人はそれ以上に力を温存していますよ」
「あれで、か」
「それにあいつらがハルヴェルンを根城にしたのにも理由があります」
ハイエラールは確信めいた声で言った。
「あそこにはザイドリッツ魔法学校があります」
「なるほど」
ミシェが頷いた。
「魔力の供給源ってことか」
「あそこにはルーセグラム魔水晶がある」
リブラリスがそれに重ねた。
「ルーセグラム魔水晶?」
俺とファイランが異口同音に繰り返す。ハイエラールは頷いた。
「さすが天秤の竜。当然のようにご存知でしたね」
「あたりまえだ。どこに行ったのかと思えば」
「ルーセグラム魔水晶は天秤の竜……つまりリブラリス、あんたを封印した時にはアタシたちの村にあったんだ。だけど、同じところに置いておくのは良くないだろうってことで、百年ばかり前に今のハルヴェルンに移送、安置されたんだよ」
ミシェの早口解説で俺は事情を察する。リブラリスは何度か頷いた。
「なるほどな。件の魔導師たちや私がハルヴェルンに引き寄せられたのも、ルーセグラムによる必然だったというわけか」
「そのルーセグラム魔水晶を封印し、かつ利用できるようにしたのが私の曽祖父メレニガスタ。ザイドリッツ魔法学校の創設者です」
なるほど。繋がってきた。
「アレンゴル将軍は、ゲーレンワールがその魔水晶に直接触れられないようにするために、カネアとファレンをハルヴェルンに置いた、ということじゃないか?」
俺の名推理に、ハイエラールとリブラリスは「その通りだ」と驚いたような声で言った。……少し心外だった。しかし俺は続ける。
「そしてやってきた女王一行を待ち構え討ち取る。それを以て王国の滅亡を宣言。アレンゴルかゼルデビットかは知らないが、いずれかが新たな王となる」
「およそ正解というところではないでしょうか」
ハイエラールが教師のように言った。
「ですがジグランスの考慮が抜けています」
「う……」
「ジグランスとアレンゴルが手を組んで、ゼルデビットを排除しようとしている、とか?」
ファイランが手を挙げて言った。リブラリスが不意にその頭を撫でる。
「なるほど、女王の目か」
……!?
「なぜ……知っている?」
「簡単な話だ、ギャレス。千年以上前、まだこの王国が王国の体をなしていない頃の話だ。私は悪竜としてこの王国のみならず、大陸全土に渡って暴れまわっていた。人々は文字通り私に恐怖していた」
リブラリスは口元を歪めた。あれは自嘲の笑み、だろうか?
「今からちょうど千年前だ。私の住処に討伐隊が姿を見せた。いつものように焼き払ってやろうとしたが、一人だけ、私の劫火を耐え抜いた騎士がいた。女の騎士だった。そう、今の王家の始祖だ」
「竜殺しの女王、リュシエラ」
ミシェが言うと、リブラリスはやや不満げな声で「殺されてはいないが」と返した。
「私はリュシエラに屈服させられたが、彼女は私に一つ願いを託した」
「願い?」
「王国を守ってほしいとね。――馬鹿げた願いだ」
「でもリブラリスは……」
ファイランはリブラリスの目を見つめた。
「それを守ろうとしているんだね」
「気まぐれだ」
「それでも、きっと」
「それに」
リブラリスは話題を中断しようとするかのように首を振る。
「いや、お前は似ている」
「英雄女王リュシエラに? まさか」
「ファイラン、お前は王家の血を引いているな」
「うそ」
「私が嘘を言う意味があるか。私には血の匂いがわかる。お前からは本当に微かだが、リュシエラと同じ匂いがする。まさかとは思ったが。それにその目が何よりの証拠だ」
「目の話なのだが」
俺はたまらず割り込んだ。
「ファイランの目は本物の女王、シエルグリタと同じ目なんだ。だがこれは……シエルの母方と同じ目で」
「王家なんざ血の近い者同士の交配で続くもの。何がどうなったところでおかしくはなかろうよ」
それも、そうか。
俺は唸る。
「シエルは……女王は言った。必ず王国を簒奪者ゼルデビットから取り戻し、蘇らせろと」
そのために俺は……。
沈黙してしまった俺の肩に、リブラリスは手を乗せた。
「私と利害は一致しているぞ、獣人」
「リブラリス……」
「この眠り姫は私が送り届ける。すぐに戻るが、それまで休んでおけ」
リブラリスは天秤の竜へと姿を変え、娘を前足で掴んだ。気絶しているのは幸いだった。
「頼む、リブラリス」
『任せておけ』
白銀の竜は夜闇の中を飛び去っていった。
見送っていると、俺の背中をファイランがつついた。
「ギャレス、身体綺麗にして。臭い」
「……そう、だな」
俺は空を見上げて肩を竦めた。




