3-6. 悪魔の鬼人
リブラリスに案内された先は、先程の丘からさほど距離のない森の中だった。鬱蒼と茂った森は夜だというのに草いきれに満ちていて、虫の声が四方八方から俺たちの聴覚を阻害した。俺達の様子をうかがっている獣も多い。
人間の姿になったリブラリスは、夜闇の中をひょいひょいと歩いていく。俺たちも鱗馬から下り、どうにかしてリブラリスについていく。
流れてきた臭気。鬼人特有の饐えた臭いだ。
風が吹くと、木々の隙間から見える鬼人の一匹が振り返った。奴らは嗅覚が鋭い。
その瞬間、その鬼人の眉間に光の矢が突き刺さった。ミシェの先制の一撃だ。これだけ立ち並ぶ木々の間を射抜くのだから、やはり相当な腕前だ。
見える範囲で鬼人は八体。だが、そのうちの二体がグラーティ要塞で遭遇したような、明らかに異常な巨大な個体だった。攫われたと思しき娘は気絶でもしているのだろうか、身動きしない。
「ハイエラール、悪魔が取り憑いてる奴か?」
「でしょうね。あの二体だけじゃなく、他のもそうです。今ミシェに撃たれた奴を見てください」
「……気持ち良いものじゃないな」
木々のせいではっきりとは見えなかったが、死んだはずの鬼人が内側からゴボゴボと泡立っているように見えた。
「ッ!?」
俺たちは揃って絶句する。鬼人がドロリとした肉塊になったかと思うと周囲の通常の鬼人たちを取り込んだ。肉の塊がぐるぐると捻りあげられたかと思うと、びちびちと血飛沫を吐きながら何かを出現させた。
「顔……」
口元を押さえ、ファイランが足を止める。その隣でミシェが矢を射掛け始める。
だが、いくら矢が刺さっても、それは蠕動を止めなかった。無数の人間の顔を表面にごぼりごぼりと生み出していく。そしてやがて、それらの顔たちは奇声を上げて笑い始める。
「リブラリス」
「私はパスだ、ギャレス」
「手は貸さないと?」
「ハルヴェルンで助力するかどうか見定めさせてもらう、アグラードの弟子」
「わかった」
俺は頷き、長剣を抜き放つ。敵でないのならそれでいい。
「ハイエラール、ミシェ、援護。ファイラン、でかい鬼人を牽制しろ」
「奴らの周囲に魔法障壁を確認しました。生半可な攻撃魔法は通じませんね、これは」
ハイエラールが杖を掲げて光の魔法を行使する。頭上高く打ち上がった光の玉が、ゆっくりと落ちていく。周囲は昼間のように明るくなった。これは戦いやすい。俺は夜目が利くが、それでも明るいに越したことはない。
ゲラゲラと異常な笑い声が響く森の中で、俺たちは激突する。
俺の相手はもちろん、この不気味な笑う肉塊だ。ファイランはでかい鬼人二体を相手に固まっている。それでいい。下手に動くな。
さっさと片付けないとまずいな。
俺は笑い肉塊に牽制の一撃を放つ。
それとほとんど同時に地面をゴロゴロと転がる。俺を追うようにして何かの液体が地面を焼く。ハイエラールの光球がなければ避けられない一撃だった。
「あぶねぇな!」
立ち上がるなり、俺は再度斬りかかる。が、やはりその液体に阻まれる。食らえば鎧は溶けるだろうし、皮膚は焼けるだろう。何にしても視認性が低いのが問題だった。おまけに魔法障壁もあるのだという。ミシェの攻撃もさほど通じているようには見えない。点の攻撃ではすぐに塞がってしまうのだ。
その時、俺の足に硬い何かが当たった。
鬼人が持っていたナイフや槍だ。
俺はナイフを二本拾い上げると、ファイランのいる辺りまで下がってそれを投擲した。
「ギャレス、どうしたらいい」
「俺も考え中だ、ファイラン」
ナイフが突き刺さった顔面は泡となって消えた。もう一本投げてみると、やはり突き刺さった顔面はゴボっと消える。しばらく見ていたが、新たな顔は生まれなかった。
「ミシェ、顔を狙え」
「はいよ」
木々の影を移動しながら、ミシェが矢の雨を降らせる。それらは正確に顔面を射抜いていく。
「ハイエラール!」
言われるまでもないと、新たな光の玉が打ち上がる。
でかい鬼人はそれぞれ斧と両手剣を持っていた。盗んだものだろうか。ファイランは二体を相手に防戦に徹していた。二体もファイランを仕留めようとそれぞれに攻撃を仕掛けている。幸いにして、連携攻撃の概念はないようだ。
俺は俺に背を向けている鬼人の背骨に向けて、噬葬絶牙の一撃を浴びせかけた。完全に虚を突かれたそいつは、肉片を飛び散らせて悶絶した。もう立てまい。
「残り一体を仕留めろ、ファイラン」
「そんな、無理!」
「剣技を信じろ、お前には能力がある」
萎縮しているファイランだが、俺はファイランの成長を知っている。この前の戦いを見ているファイランだ。手が出せないということはないはずだ。
俺は再び笑う肉塊に向き直る。それは移動速度こそ速くないが、それでも油断はできなかった。液状になればあるいはもっと速い可能性もある。
ミシェによって顔面の半数近くは沈黙させられていたが、それでもなお、奴は健在のように見えた。泡立つ肉塊のあまりの不気味さに、俺の全身の毛が逆立った。
「精神攻撃かよ」
ミシェに注意を向けさせないために、俺は鬼人どもの獲物を次々と放り投げる。最後の一本、槍を叩き込んだ時、笑う肉塊が姿を変える。
「なんだこいつ」
強いて言えば巨大なミミズだ。だが、その頭の位置には鋭い歯が見える。俺の頭くらいならすっぽり飲み込んでしまえそうなほどに巨大な口だ。
それは相変わらずごぼごぼ泡立つ肉塊だったが、人間の顔面が浮かんでいるよりはマシだった。
「!」
しかし、攻撃力は上がっていた。そいつは無数の小さな肉塊を放ってきた。ミミズのようなそれらには、ご丁寧にも口があった。
一体一体叩き落とすのは不可能だ。それにここを通過されたらファイランが危ない。
ハイエラールの放った火球がいくらかを消し炭に変えたが、横殴りの雨のようにそれらは迫ってくる。
黎明剣式・輝衝破!
衝撃波を当てにして放つ。飛びかかってくるミミズ状の肉塊を弾き飛ばし、そのまま本体に閃爛舞を叩き込んだ。そして素早く離脱する。案の定、一瞬前まで俺がいた位置に液体が噴出されていた。下生えが煙を上げて枯れていく。
次に巨大ミミズが狙いを定めたのはミシェだ。俺を無視してミシェの隠れている大樹に向かっていく。
「ミシェ!」
「アタシを誰だと思ってるんだい。心配しないでやっつけるんだ」
ミシェの声が幾重にも反響して聞こえた。エルフの魔法だろうか。
そういうことなら遠慮せず。
俺は走りながら天陽の構えを取り、重量長剣の威力を最も引き出せる剣式、天墜撃を打ち放つ。直撃の瞬間、巨大ミミズはくるりと反転し、俺に向かって唾液を吐きかけてきた。が、俺は技を止めない。放たれる衝撃波で液体の大半を無効化できると踏んだからだ。
「くっ!」
腕の毛皮を貫通して肉が焼かれたのがわかる。
だが、巨大ミミズもその身体の半ばまでを吹き飛ばされていた。
しかし、次の瞬間、それは再生した。
「さすがミミズ」
俺の攻撃はまだ終わっていない。
輝塵崩閃!
天陽の構えに属する奥義の一つ。天墜撃から繋がる必殺の一撃だ。不意打ち的要素の強い噬葬絶牙とは違い、真正面から相手をねじ伏せることを目的とした技だ。が、これは武器重量が相当なければ威力を発揮しない。必然的に人間ではほとんど有効には使いこなせない。
「ほう?」
リブラリスの声が聞こえた気がした。
巨大ミミズは跡形もなく消えていた。地面が大きく溶けて抉れていた。
その時――。
「くぁっ!」
ファイランの苦悶の声が響いた。




