3-3. 追跡者
俺たちはボーラの人々に建物に隠れているように言い、すぐに動き始めた。
すでに街には数多くの鬼人が侵入してきていて、青年団らと交戦を開始していた。俺たちは鱗馬とガレッサでそれらを一蹴してまわる。
「しつこすぎないか」
「確かに」
ハイエラールが俺の言葉に同意する。鬼人は馬鹿ではない。勝てない相手を見たら逃げる程度の判断力を持っている。にも関わらず、こいつらは逃げることなくひたすら向かってくる。まるで屍人のようにだ。
「操られているセンは」
「ありえなくはないですが、確信はありません」
はっきりしないハイエラールの言葉に、俺は少し唸る。
「埒が明かないのは事実だ。ファイラン、動きすぎるな。騎乗戦闘はまだ無理だ」
「でも、急がないと」
「急いだ結果負傷でもしたら、結局誰も救えないぞ」
「それも、そうだね」
ファイランは大人しく手綱を持つことに専念し始める。
とはいえ鱗馬はおとなしい。ボスであるガレッサが的確に指揮しているのだろう。
「黒幕がカネアだとしてさ」
ミシェが光の矢を放ちながら言う。
「どこの誰とも知らない娘を連れ去って、アタシたちを誘き寄せるって、なんか変じゃない?」
「娘には別の利用価値があると?」
俺が訊くと、ミシェは「うん」と頷いた。
「たとえばの話だけどね」
「それは……ありえますね」
ハイエラールが冷たい声で応じた。
「カネア自身の餌……という可能性があります」
「散々殺していたじゃないか」
俺は鬼人の首を刎ね飛ばしつつ言う。
「吸血の魔女、か」
吸血の魔女カネア。おそらくはじいちゃんも戦った相手だ。何か記憶にないか。
俺は必死にじいちゃんとの日々を思い出そうとする。
「だめだな。全然だ」
日々の厳しい訓練のことしか思い出せない。
待てよ。そういえば、シエルは吸血の魔女のことを少し知っていたな。
「詳しくは知らないの」
シエルはそう言っていた。
「三大忌避魔導師とか言われているけど五十年も前にお祖父様が封印したのがカネア。若い娘を何百人も殺したんですって」
いいぞ、思い出せ、俺――。
なぜ当時、もっと真面目に聞いておかなかったのか。あるいはおとぎ話のようなものだと思ってしまっていたのかもしれない。第一に、「悪い魔法使いが封印されて永い眠りについている」……だなんて、与太話にしか聞こえないだろう、普通。
「カネアの奴、若い女を喰わなかったら生きていけなかったりするのかもな」
「ありえますね、ギャレス」
ハイエラールの矢返しの魔法が、射掛けてきた鬼人たちを逆に射殺していく。
「となると、生存は絶望的だ」
俺は背後のファイランを振り返る。ファイランは毅然とした表情で応えた。
「だとしても可能性はゼロじゃない」
「まぁ、な」
幸いだったのは、鬼人たちに戦略がなかったことだ。ただ場当たり的に突っ込んでくるだけで、俺たちはそれに乗じて各個撃破を繰り返していった。俺が人間だったら、半分も倒さない内に疲労で倒れていただろう。だが、俺は角狼人。人間の数倍のスタミナを持つと言われている種族だ。街を一周してもなお、大きな戦闘にも十分耐えられる体力を残していた。
「まだ全滅とまでは行っていませんが」
ハイエラールが周囲を見回して言う。
青年団の一隊が鬼人と交戦を開始していた。青年団は屈強な若者が多かったが、戦い慣れしているようには見えない。
矢を射掛けようとしていた鬼人をミシェが仕留める。
ハイエラールは何らかの魔法を青年団に施し、俺は手近な一体を斬り伏せた。ファイランは大人しく後ろで戦況を見ているようだ。
「この一部隊を蹴散らしたらハルヴェルンに向かう。いいな、ファイラン」
「……わかった」
「人々だって無力じゃありません。あなたのようにね」
ハイエラールが言うと、ファイランは頷いた。
「なら、さっさとこいつらをやっつけよう」
「了解だ」
俺は鱗馬を駆って、鬼人の一部隊に飛び込んだ。
「ファイラン、手伝え」
無理はしてくれるなと願いつつ、ファイランの実戦経験のためにもなると、そう声をかける。
ファイランは鱗馬を巧みに操って鬼人を散らしていく。隊形を崩した鬼人たちを青年たちが各個撃破していく。
「寺院を中心に戦え。拠点に籠もってしまえば、鬼人も諦める」
「わかった、角狼人。感謝する」
周囲の鬼人たちを殲滅したのを確認して、俺たちはそのままハルヴェルンの方へと馬首を向ける。
「ハルヴェルンはどうなっているのだろうな」
もうすでにカネアによって制圧されてしまっているかもしれない。カネアと首刈りの雷帝の力があれば、十万都市とさえ言われるハルヴェルンとて無事では済まされない。
「ガレッサ、十分警戒してください」
『言われるまでもない。主よ、行先の魔紋は濃いぞ』
「でしょうね」
『主よ、思い詰めないほうが良いと思うがな』
「大丈夫ですよ、ガレッサ。悪魔のあなたに案じられると、何らかの裏があるのではないかと勘繰ってしまいますね」
『さもありなん』
ガレッサは「カカカカッ」と笑う。
「ギャレス」
「なんだ、ファイラン」
風を切りながら進んでいるので、人間には声を聞き取るのは難しいだろう。そう判断して大きめの声で返事をする。
「これって、誘われてるよね?」
「間違いなくな。カネアは執念深そうだから、何か一発仕掛けてくるだろう」
「無策で飛び込むの?」
「策を弄する時間はないだろう。さらわれた娘の生存を優先するならな」
「でも……」
ファイランはややしばらく沈黙した末に、訊いてきた。
「女王なら、どうしたと思う?」
「部下を信じて突っ込んでいるだろうな」
「部下を危険に晒すとしても?」
「だとしても、だ」
俺は断定する。
「シエルは俺たちの力を心の底から信じていた。誰にも負けない、何にも負けない。女王がそう信じてくれているから、俺たちは俺たちの実力以上の力で戦えた」
「根性論?」
「そうとも言う」
俺は苦笑する。シエルは精神論を唱えたことなどなかったが、振り返ればそういうことだったのかとも思う。
「お二人さん、上だ」
ミシェが弓で後方を示す。
「なんだあれは」
「竜、でしょう」
あのハイエラールの声が少し震えていた。
竜――噂には聞いたことがあるが、実在していたとは。
黄昏の空を滑るその遠近感が掴めず、大きさが把握できない。ただ、俺たちの常識を逸脱するレベルの巨大さだということはわかる。
ミシェが呟いた。
「街を焼いた炎を降らせたのって――まさかね」
「伝承通りに火を吹くというのであれば、可能性はありますね」
「しかし、ハイエラール。誰もそんなことは言っていなかったぞ?」
あれだけの巨大な存在だ。目撃証言がないというのはおかしくないか。
「姿を変えられるとかね」
ミシェが言う。
「竜といえばすなわち伝説。アタシたちエルフという種族と同じ頃に生まれたとも言われているし。姿を変えるくらい、ワケないんじゃないか。エルフすら凌駕する魔力を有していたとも言われているし」
「あのー、あれが敵かどうかはまだわからないんじゃ」
「そうだな、ファイラン」
確かに敵だと確定したわけではない。ただ、竜は、間違いなく俺たちを追尾している。
「狙いがわかりませんね。迎撃しますか?」
「夜になる前にどうにかしたいところだ」
俺たちは足を止める。竜の姿が見る間に近づいてくる。大都市の神殿をすら凌ぐその巨大さに、俺たちは揃って息を飲んだ。




