2-6. それは希望か幻か
要塞内は煌々とした明かりに満ちていた。何が輝いているのかはわからない。だが、明るいのだ。薄暗い屋外から入って、思わず目が眩んだほどだ。
「これは何かいるね。ハイエラール、なにか感じる?」
ミシェは弓を背負い、鬼人から(いつのまにか)頂戴していた大振りのナイフを手にしていた。
「魔力の密度が濃すぎて……酔いそうです」
「そんなに?」
俺には魔力がないからわからない。が、ファイランは何かを感じているらしく、青白い顔色をして口元に手をやっていた。
「どうしたんだ」
「胃がムカムカする感じ」
「もしかすると、ファイランには魔力もあるのかもしれませんね」
ハイエラールが言う。そういえば彼女の母親は魔法を使えたはずだ。
「そうか。なるほど、そうでしたね」
ハイエラールは手を打った。
「親が魔導師なら、それなりの確率で子どもにも魔力が伝わるはずです」
「そういうものなのか?」
「ええ、そういうものです」
ハイエラールは頷くと、ミシェに偵察する方向を指示していく。まるで来たことがあるかのような口ぶりだった。
「なんで道順がわかるの?」
ファイランが俺を代弁する。ハイエラールは「隷魔ですよ」と簡潔に答えた。なるほど、ガレッサか、あるいはその下僕を先行させているのか。
「便利なものだな」
「それが案外不便なんですよ、隷魔は」
「なぜ?」
「対価を要求してくるからです」
「対価……?」
「具体的には魂です。対価を払えないと私の寿命がメリメリと削られていきます」
ハイエラールはそう言うと「因果なものですが」と肩を竦めた。
「もちろん人間の……と言いたいところですが、鬼人はその対価の代用にちょうどいいんです」
「奴らが魂の代用品になるってことかい?」
ミシェが顔を思い切り顰めた。ハイエラールは頷く。
「そういう意味では、善良な魔導師と鬼人は共存関係にあると言えます」
「そんな馬鹿な」
「事実ですよ、ギャレス。鬼人が全滅してしまったら、私たち魔導師は隷魔との契約関係を維持できなくなる。だから私たちは鬼人を確かに退治はしますが、絶滅は望んでいないんです。彼らの繁殖力は、魂の生産性という意味では、他の物では代えられない」
「鬼人退治は善意からではない、と」
「いえ、元を正せば善意ですよ。人を殺さず、人のために力を行使する。それが私たち普通の魔導師の仕事です。その力の供給のために鬼人を殺すわけですからね」
ハイエラールの言葉に、ミシェとファイランが揃って唸った。ミシェは絞り出すような声で言った。
「でも鬼人の掃滅は望んでない」
「ええ。もっとも、鬼人の被害には心を痛めていますし、奴らを殺すことに躊躇はありませんよ」
「隷魔なんて持たなきゃ良いのにさ」
ミシェの鋭い指弾にも、ハイエラールはどこ吹く風という様子だった。
「隷魔を最後まで持たなかった父のような人が少数派なんです」
「今からでも契約解除すればいいじゃん」
ミシェが言うが、ハイエラールは首を振った。
「この便利な力を手放すのは容易なことじゃありませんし、なにより契約解除にも莫大な対価を要求されるんですよね、これが」
「ど、どんな?」
ファイランが上ずった声で訊いた。
「千を超える魂、あるいは魔導師自身の命、あるいは、魔導師自身の悪魔化……ですね」
「お前、どうやってそれを知った?」
俺が尋ねると、ハイエラールはしばらく黙った。
百歩以上歩いた頃になって、ハイエラールはようやく答える。
「長兄がね、それを言い遺しました」
「そ、それで」
ファイランがハイエラールを覗き込んだ。ハイエラールという人物にも、だいぶ慣れてきたらしい。
「お兄さんはどうなったの……?」
「わかりません。私にそう言うと、ふわっと消えてしまいましたからね」
ハイエラールの声音には感情が見えなかった。
俺たちは警戒態勢を維持しながら、地下深くに潜っていた。隠し扉を抜けてから、延々と幅の広い石の階段を降り続けている。本来真っ暗であろう地下通路も、やはり眩しいほどに輝いている。足元もよく見えるから、階段それ自体に不安はなかった。
「この先です」
俺たちは何十番目かの曲がり角を曲がる。その先にある扉の前でガレッサが鼻を鳴らして待っていた。
――ここまで、障害物は無し。
問題はここからだ。ガレッサが扉を鼻先でつついて、俺たちを見た。
『この中から強烈な魔紋を感じる。悪魔だ』
ガレッサが言う。ミシェが扉を調べながら首を傾げる。
「なんでこんな辺鄙な場所に留まっているのかな。強力な大魔導師なんだろ?」
「カネアのように自由には動きまわれない理由でもあるのか」
俺は剣を抜きながらそう応じた。ハイエラールが杖を出現させながら、具合悪そうに呻いた。
「あるいは復活しきれていないのかもしれませんね」
「私、吐きそう」
ファイランは胸に手を当てて何度か深呼吸をした。そうしてから、ゆっくりとガルンシュバーグを抜き放つ。煌々とした通路をも凌駕する輝きが発されている。
「この輝き……魔力に反応しているのかもしれませんね」
「良いことなのかな?」
ファイランは右手一本でくるくるとガルンシュバーグを回してみせた。
「……!?」
確かに今、俺には見えた。ファイランに重なるようにしてシエルが立っているのを。そんな事があるはずないとは頭では理解している。だが、見えたのだ。
「今のは、ファイラン」
「うん? 今のって?」
ファイランは首を傾げる。俺は「いや」と言うことしかできなかった。
シエル……まだそこにいるというのか?
それは俺の願いなのか、それとも……死神の見せる幻なのか。
「ギャレス、ここでは何が起きてもおかしくありませんよ。魔力があまりにも濃過ぎますから」
「あ、ああ、そうだな」
ハイエラールの言う通りだ。恐慌のファレンとかいう強力な魔導師がいるのなら、何をされても不思議はない。
ハイエラールは頷くと、ガレッサの背中を軽く叩いた。
「ガレッサはいつものように退避」
『承知した。気をつけろ。お前が死ねば我は魂を得られなくなるのだからな』
「相変わらず現金なものですねぇ、悪魔は」
『それゆえの悪魔だ。誰も損をしない合理的な取引だろう? 鬼人どもには気の毒だが』
ガレッサは哄笑を残して消えた。
「さて」
ハイエラールはミシェに頷きかけた。俺は扉の前に立ち、「よし」と気合を入れた。ファイランは俺の真後ろに控えている。ガルンシュバーグの生み出す輝きが、俺の前に黒々とした俺の影を形作っていた。
「ファイラン、基本を忘れるなよ」
「はい……!」
重々しい音を立てて、鋼鉄の扉が開く――。




