2-4. 進撃、グラーティ要塞
これは、鬼人の巣じゃないか。
倒しても倒しても湧き出てくる鬼人。あれから色々あって結局一週間以上を費やしてようやく辿り着いた俺たちを待っていたのが具合が悪くなるほどの数の鬼人たちだった。要塞を巣にしている。
幸い、城壁の扉は破壊されていたから、侵入するのは簡単だった。
暗雲の下、滑るような湿度と熱気に覆われた要塞は、腐敗臭に満ちていた。
「兵士たちは皆殺しか」
転がっている武具の残骸から、俺は推測する。その亡骸はきっと鬼人たちの腹の中だ。
「この鬼人の数……増えたにしてはあまりにも多すぎます。十年規模で放置されていなければ、こうはならない」
ハイエラールが魔法で矢を弾き返しながら唸る。
「ファイラン、俺から離れるな」
「は、はい!」
天陽の構え――ファイランは教え込まれたそれを忠実に守っていた。
シエルの初陣を思い出す。
「ハイエラール、左の一隊を潰す。矢返しを。ミシェ、援護!」
「はいはい」
「りょーかい」
俺はファイランに頷きかける。ファイランは不安そうに視線を彷徨わせている。
「奴らの武器には毒がある。かすり傷も危険だ」
「毒……」
「行くぞ」
俺はファイランの前を進む。飛びかかってくる鬼人は一刀のもとに切り捨てる。大した敵ではない。
「ギャレス、槍!」
ミシェの警告に見上げてみれば、要塞の城壁の上に一列に並んだ四体の槍鬼人が一斉に槍を投擲しようとしていた。ミシェが一瞬で三体を射殺したが、残り一体が投じた槍がファイランに向かって飛来してくる。
「ファイラン、避けろ!」
間に合わない!?
ハイエラールの防御魔法も槍ほどの質量には通じない。
「はぁっ!」
ファイランの気合の声と共に、甲高い金属音が響いた。振り返った俺の前に槍が落ちる。
「ファイラン!」
ファイランは無傷だった。青白い顔で、手にしたガルンシュバーグを見つめている。
「み、見えた……」
その時、俺の耳が低い唸りを感知した。大質量の物が飛んでくる。
「ファイラン、斧だ! 後ろ!」
「っ!」
俺の警告は間に合わない。ファイランが体勢を整え直す前に、それがファイランに届いてしまう。両刃の戦斧、それが狙い過たずファイランの背中に迫っている。俺が動いても間に合わない。ハイエラールも無理だ。ミシェでは撃墜できまい。
ファイランが身体を捻る。ガルンシュバーグが輝く。
飛来する戦斧を前に、ファイランは天陽の構えをとった。
「バカ、間に合わない!」
そんな余裕があるなら、避けたほうが……!
「はああああっ!」
ファイランの気合の声が響く。
袈裟懸けに打ち下ろされたガルンシュバーグが、戦斧の芯を捉えていた。
二つの武器が、激しい火花を散らす。
「ファイラン!」
戦斧の軌道は不自然だ。受け止めたファイランを押し切ろうとしている。俺はすかさず駆け寄って、その戦斧を横から一撃した。
戦斧はくるくると逆回転すると、そいつの手に戻った。
俺よりも巨大な鬼人がそこにいた。明らかに普通の鬼人とは一線を画す巨大さだ。手には盾と戦斧があった。どちらも兵士から奪ったものだろう。その円盾にはジグランス兵の紋章があった。
「ファイラン、下がっていろ」
「は、はい」
ハイエラールとミシェも要塞前広場に集結する。逆に言えば、四方八方を鬼人に囲まれているということだ。
「ハイエラール、策はないか」
「あのでかいのを殺せばどうにかなるんじゃないですかね」
「魔法でどうにかなるか?」
「今は温存しておきたいところです」
そう言っている間にも、ハイエラールは無数の矢を無効化していた。ミシェが悲鳴を上げる。
「こっちも槍の連中対策でいっぱいいっぱい」
「わかった」
俺がやるしかない。
「ファイランを頼む」
俺は剣を構え直す。
黎明剣式・閃爛舞。
天陽の構えから続く斬撃法。連続斬撃のうちに隙を見出す。
相手の手が読めない時に有効な攻撃だ。
その代わり体力の消費が激しい。
角狼人でもなければ、この後に技を続けるのは難しい――じいちゃんはそう言っていた。元来集団戦でこそ威力を発揮する技なんだとか。だが、俺は単独でこの技を連携させることができる。角狼人の体力があればこそだ。
俺の打ち込みに、巨大な鬼人は冷静に応じてきた。防戦一方に押し込んではいるが、肝心の隙が見つからない。このままでは反撃で押し切られる。
歴戦の勇士か何かなのだろうか、この鬼人は。こんな個体は見たことがない。閃爛舞を中断し、意図的に間を作る。そこに鬼人が戦斧を振りかぶる。
速い!?
想定していたよりも遥かに速い速度で斧が落ちてくる。剣の振り戻しが間に合わない。
が、その一撃はミシェの放った光の矢に阻止された。それは鬼人の右目をえぐるように突き刺さった。そこに斬り込んできたのがファイランだった。
「馬鹿っ、何をしている!」
基本に忠実すぎる打ち込みは、しかし鬼人のバランスを崩させるのには十分だった。
俺はすぐに別の構え――牙潜の構えに移行する。閃爛舞からの連続攻撃の準備のためだ。刃を水平に倒し、間合いを隠す。鬼人と目が合う。鬼人はファイランを左腕で突き飛ばし、そのまま俺に向かって突進してくる。
片目が潰れている上に、こちらは牙潜の構え。こいつの攻撃は当たらない。
俺は呼吸を整える。
黎明剣式・幽噬閃――じいちゃんから教わった奥義の一つ。実戦では初めて使う。
振り下ろされてきた戦斧を躱し、身を捻ってその柄を一撃する。その威力を身体に戻し、反対方向に身を捻って今度はその右手首を一撃する。重量のある長剣が、その骨を打ち砕く。
『ガァァァァ――ッ』
幽噬閃はまだ終わらない。回転運動を駆使して相手の背後に周り、背中を一撃、返す刀で脇を裂く。鬼人が憤怒の形相で振り返る。左手一本で戦斧を振り上げたその姿には、もはや隙しかない。
黎明剣式・噬葬絶牙――。
衝撃波が鬼人を中心にして広がる。
『……ガ?』
間抜けな声の後、巨大な鬼人の背中側に鮮血が散った。
その時には俺の長剣は鞘に戻っていた。
『ガブァ……ッ!?』
鬼人の背中側の肉が弾けた。肉片と内臓が飛び散り、見るも無惨な姿となって巨大な鬼人は絶命した。
それとともに普通の鬼人たちは悲鳴を上げて逃げ散っていった。
「とんでもない奴がいたもんだ」
「鬼人ねぇ」
ハイエラールが胡散臭い声を発する。
「こいつ、悪魔の力を得てましたね」
「……早く言え」
「死んだ時に悪魔が逃げたのが見えたので」
飄々とした様子でハイエラールは言った。俺は肩を竦める。
「そんなことより、ファイラン」
「は、はい」
「なんであんな危ない真似をした」
「それは……」
怯えたように俺を見るファイラン。ガルンシュバーグは抜かれたままだ。
「いや、それはいい。それより、どうやって斧を防いだ。あんなの教えてないぞ」
「それは、その」
あの時の動きは、ファイランというよりはシエルだった。そこらの騎士では受けた剣ごと叩き割られていたであろう一撃を、ファイランは確かに防いだ。信じ難い光景だった。
「動きがわかったというか、聞こえたというか……」
「聞こえた?」
「剣に従ったっていうか……」
剣に……?
「その剣は聖剣。何があろうと不思議はないでしょうけれど」
ハイエラールが抜き身のガルンシュバーグをしげしげと眺めて呟く。
「案外、シエルグリタ女王の遺志が宿っているのかもしれませんね」
――いつまでも一緒なんだからね。
シエルの声が聞こえた気がした。




