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1-1. 女王の死

 若すぎる女王――シエルグリタは、十八歳になったばかりだった。俺にとって彼女は幼馴染といってもよく、そして今は彼女の護衛隊長を任されていた。角狼人(ヴァルガル)――()()という低層階級の者が女王の護衛隊長になるなど、前代未聞のことだった。じいちゃんが言うには、それだけシエルグリタは俺のことを信頼していたのだろうという。


 金髪に深い空の色の瞳――ありとあらゆる美しさを埋め込まれた美貌……と言われているが、俺には人間の容姿の美しさは理解できない。俺は彼女の実直、そして屈託のない人格を(うやま)っていたし、そんな彼女を守る立場に()けたことを誇りにも思っていた。それは事実だ。


 シエルグリタが女王の地位にあったのは、わずか半年だった。先王が若くして病死してすぐに即位したシエルグリタは、十八歳を迎えたその日に玉座を追われてしまった。それはじいちゃんが亡くなってちょうど一年が経った日でもあった。


「ゼルデビット辺境伯の手の者が襲撃を仕掛けてきたようじゃ」


 筆頭宮廷魔導師バルゼグートが苦しげに言った。右肩に矢を受けていて、かなりの出血量だった。


「こんなことなら戦闘用の魔導も極めておくべきじゃったわ」

「バルゼグート、喋らないで」


 シエルグリタは暗い地下通路――王都からの脱出路だ――で、教育係でもあった魔導師の治療を行おうとした。俺たち護衛部隊は抜剣したまま周囲に気を配る。他の兵士はともかく、俺は視覚、聴覚、嗅覚に優れている。最初に危険を察知するとすれば、それは俺だ。


 バルゼグートは治療をやんわりと拒否して、俺を見た。俺は頷く。敵の足音が迫ってきていた。今ならまだ逃げられる。


「女王陛下、どうやらここでお別れのようですな。名残惜しいですが、陛下さえご無事なら、簒奪者(さんだつしゃ)を打ち倒し、王国の再興も相成(あいな)りましょう」

「そんな……」

「シエル、早く。敵が来る」


 俺の警告に、シエルグリタは首を振る。

 

「置いていけない」

「わしは筆頭宮廷魔導師。ただではやられはしませんよ。そのためにも、ギャレス。少しでも陛下を遠くへ」

「了解した、バルゼグート師。さ、シエル、早く」


 女王もまた優れた騎士。道理がわからない人物でもない。


 シエルグリタはバルゼグートの手を握りしめ、頷いた。


「感謝します、先生。必ず王国を蘇らせます」

「あなたなら必ずやできましょう」


 バルゼグートはそう言うと呻きながら立ち上がり、俺達がやってきた方向によろよろと戻っていった。


「この聖剣ガルンシュバーグがあろうと、女王という地位があろうと……(もろ)いものなのね」

「諦めたら王国は滅ぶ。女王、行くぞ」


 俺たちは一斉に走り出す。女王の味方は俺を含めてわずかに十名。これから王国の有力貴族にして、シエルグリタの従兄(いとこ)にあたるジグランス公爵の領地を目指す。


「ギャレスは変わらないわ」

「俺は俺だからな」

「初めて会った時から、あなたはずっとあなただった」

「シエルもな」

「私をその名で呼ぶのもあなただけよ」


 その時、地下通路の奥で轟音が響いた。振動が伝わってくる。


「バルゼグート先生……」

「立ち止まるな、シエル。このまま王都から出るぞ」


 地下通路から出た俺たちは幾度もの交戦を経て、ひたすら西へと突き進んだ。西――ジグランス公爵領のある方向だ。


「六人……」


 シエルグリタが呟いた。俺たちは今や、女王を含めて六名にまで数を減らしていた。たったの六人の王国だった。


 ジグランス公爵領との境界にある月喰(つきくらい)の森にて、俺たちは十倍近い数の兵士たちによる襲撃を受けた。


「ここを抜ければジグランス領だというのに!」


 兵士を斬り捨て、シエルグリタが吐き捨てる。俺も十名以上を切り捨てたが、多勢に無勢だった。こちらの兵士たちはもう全滅だ。


 ――王国はたったの二人のものになった。


 俺はシエルグリタを背中に庇いながら、飛来する矢を叩き落とす。待っていても矢衾(やぶすま)の餌食になるだけだ。打って出なければならない。


「シエル、俺に続けるか」

「任せて。敵の数はあと三十。ひとり残らず殺す」

「そうせざるをえんだろう」


 俺は倒した敵から盾を奪う。剣で矢を落とすのは限界がある。それにシエルグリタを守らなくてはならない。


「シエル、盾を」

「もう拾ったわ」


 俺とシエルグリタは返り血で真っ赤に染まった。逃げる敵も奪った弓矢で皆殺しにした。


「やったな」

「……ええ」


 その声に、俺の背筋は凍りつく。それは無事な人間の声ではなかったからだ。


「どうした」

「食らっちゃった」

「そんな」


 シエルグリタの甲冑の左横腹の装甲板が破損し、鮮血が流れ出ていた。それは決して返り血などではなかった。そしてそこにはまだ、槍の穂先が食い込んでいた。


「治療を」

「無駄よ」

「お前が死んでどうする、シエル」

「……王国は滅びない」


 何を言っているんだ――俺はシエルの手を握りながら考える。


「やっぱり……手、もふもふだね」

「そんなことはどうだっていい。シエル、希望を捨てるな。神殿まで行ければ助かる」

「どう考えたって、無理。もう、まぶしい。あなたが見えない……」


 シエル……!


 俺はシエルを抱き上げようとするが、シエルは震える手で俺の肩に触れた。


「お願いがあります、ギャレス」

「いやだ」

「私の()()()()、鎧を隠しなさい。そして私を川に捨てるのです」

「顔を潰す!? そんなことできるわけがない!」

「やるのです、ギャレス。死んだ私はただの(むくろ)。私が死んだと()()()()、その時王国は滅ぶ。あなたが生きてくれさえすれば、必ず王国は復活する」

「俺一人で何ができる!」

「私のこの剣を、ガルンシュバーグをあなたに(たく)します」


 暗黒色の鞘に収められた血塗られた剣――王国建国時より存在する聖剣ガルンシュバーグ。


「必ず王国を……簒奪者(さんだつしゃ)ゼルデビットから取り戻して、蘇らせて、ギャレス」


 最後の方は、俺の聴覚をもってしてもほとんど聞き取れなかった。


「シエル、シエル!」


 ことり、と、シエルグリタの手が力を失った。


 周囲はすっかり真っ赤に染まっていた。シエルグリタの血液という血液が流出してしまったかのようだ。


 顔を潰し、鎧を隠せ――。


 シエルグリタの遺言。そして王国を蘇らせよと、彼女は言った。


 彼女の死を無駄にしないためには、やるしかない。


 俺は転がっていた大きな石を拾い上げる。


 そして死してなお美しいその顔に、打ち付けた。


「うおおおおおおおおおお!」


 感じたことがないほどに激しい感情が()き上がる。

 

 怒り、そして、悲しみ。誰に向けたら良いのかわからない負の感情が、俺の内側で跳ね回っていた。


 鎧を()ぎ取り埋めて隠し、もはや原型がわからないシエルグリタの亡骸を崖上から川へ捨てた。


 血の臭いを嗅ぎつけた獣たちが、続々と集まってきているのがわかった。


 簒奪者(さんだつしゃ)――ゼルデビット辺境伯。


 俺は絶対に許さない。


 絶対に、許さない。


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