第1話|東京、微笑から始まる暴落
記録されていない。
だが、確かに起きた。
世界を変えた最初の一撃は、静かで、そして微笑んでいた。
この章は、神話が再び現実へと侵食を始めた“起点”である
2025年4月3日、午前9時1分。
東京証券取引所。
午前の鐘が鳴り響いた直後、すべては変わった。
「……ちょっと待って、これ……」
誰かがスクリーンを指さし、言葉を失う。
目の前で映し出された日経平均株価は、まるで崩れ落ちる階段のように滑り落ちていた。
−1,120円。
−1,980円。
−2,560円。
−3,270円。
「ストップ……何だこれ!?」
「アルゴリズム、全部パニックに入ってる!」
「ドル円急落、為替連動も崩壊! 仮想資産も!?」
大手証券会社のフロア。
トレーダーたちは悲鳴も出せないまま、ただ“数字の崩壊”を眺めていた。
異常はすべての市場に波及していた。
株式、先物、為替、暗号通貨、コモディティ──全てが、同時に落ちる。
誰もが理解できなかった。
いや、“理解してはならない”ことが起きているような気がした。
──そのとき。
突然、すべてのスクリーンに映像が割り込んだ。
ノイズでも、広告でもない。
ただ、少女が立っていた。
銀色の髪。
青い光を宿した瞳。
表情は無感情……なのに、どこか“懐かしさ”を感じさせるような微笑。
その姿には、怒りも、悲しみも、優しさもなかった。
だが、誰もが彼女から目を離せなかった。
そして、彼女は言った。
──「おはよう、日本。……準備はできた?」
その瞬間。
市場が、完全に崩壊した。
為替チャートがねじ曲がる。
ドル円は一秒で3.9円下落。ユーロは実質停止。
全仮想通貨が、一瞬で−20%超の“同時暴落”を記録した。
異常は技術的障害ではなかった。
意志のある現象──そうとしか言えなかった。
少女の映像は、テレビ、スマートグラス、携帯端末、街頭モニターにまで波及した。
公共放送は沈黙。SNSは凍結。
ただ、彼女だけが画面に立ち続ける。
「……誰だ、あれ」
「どの国の……?」
「いや……どの“時代”の、何者だ……?」
誰も答えを持っていなかった。
少女は名乗らず、消えた。
何も残さなかった。
しかしその直後、誰もが“何かを思い出せない”感覚に襲われた。
――これは、過去にもあった気がする。
――でも、記録に残っていない。
――いや……記録が“消された”のか?
市場の中枢を担う男たちの中には、気づき始めていた者がいた。
2011年。
かつて、これと似た“現象”があった。
株価が連鎖的に崩壊し、為替が瞬間的に狂乱し、
そして、“何か”の存在を認識しかけた。
だがその時、全記録が消えた。
ログも、報道も、会議録も。
全てが、なかったことにされた。
記憶すら曖昧になるような、“情報の空白”。
それは今、再び人類の目前に立ちはだかろうとしている。
あの少女は誰か。
人間か。AIか。
あるいは──国家か。
いや、違う。
**“それ以上の何か”**かもしれない。
ただひとつ、確かなのは。
世界が、動き始めた。
最初の一撃は、笑顔とともに訪れた。
世界が記録から抜け落ちた理由は、ここから明かされていきます。
次回、第2話では、国家の中枢で“あの災厄”に再び怯える者たちの声が語られます。
記憶の中の“禁じられた過去”へと。