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「また、あの日にて。」

「ももはちゃん、またね。」

 そう言ったのは、幼い男の子。真っ黒の髪の毛が艶やかに輝いて、瞳は茶色。

真っ赤に染まり始めた空に溶け込むように、その子がたっている。

「またね。やよくん。」

 私の声がする。私も、幼い声で、、、、。



あぁ、またあの夢だ。

起きた瞬間、察する。

思い出したくない思い出。辛く苦しい沼の中で何度ももがいたけれど、結局、抜け出せないまま。

桃葉(ももは)ー?起きてるー?」

 ノックの音がした後、お母さんの、おっとりした声が聞こえて、私は笑顔の仮面を被った。

「うん!起きてるよー!もうすぐで着替え終わるからちょっと待っててね。」

 嘘に嘘を重ね、自分を保つ。もう、それだけで精一杯だ。

「おはよう、桃葉。」

 リビングへ行くと、先に朝ごはんを食べていたお父さんが声をかけてくれた。

「おはよう、お父さん。」

 私も笑顔で声をかける。

「いってきまーす」

 朝ごはんを食べ終え、家の扉を開ける。

涼しい風に当たると、嫌なことを忘れられる気がする。

私は、朝の空気を目一杯吸い込んだ。


「おっはよー!」

 少し騒がしくなった教室に、大きな声で登場したのは望月彩(もちづきあや)。私の親友だ。

「桃葉、おはよ!」

 私の席のそばに来て、再度そう言う彩に、私も

「おはよ。」

 と返す。

「なんか冷たいよー?」

 という彩を

「んー、そう?」

 と流す。

騒がしい彩と一緒にいると、不思議と楽しい気分になれる。

「今日寝坊しちゃったよぅ。」

「ずっと起きてたんでしょ。」

「まぁね〜。だって“ちぃくん“がさぁ。」

 あぁ、また推しの話か。

彩が好きなことを話し始めると止まらない。

適当に相槌を打ちつつ、私は今朝の夢のことを思い出さないようになんとか他のことを考えていた。

「ねぇ、桃葉、大丈夫?」

 心配そうに顔を覗き込む彩。

「え?大丈夫だよ。私も寝不足かなぁ?あはは、、」

 少し苦笑いして見せるけど、親友の彩にはお見通し。

「なんかあったら言ってよ?」

 と、言われてしまった。

正直、思い出したくないから言いたくない。

「ごめん。」

 そう、誰にも聞こえないような声で呟いた。



「じゃあ、2人1組で〜」

 先生が何か話している。

ジャージ姿のクラスメイト、少し寒い体育館。

あぁ、体育か。

少し遅れて思考が追いつく。

だって、ずっとあの声が聞こえてくる。

『ももはちゃん。』『あははははっ!』『ありがとう。』『またね。』

あの、脳裏に焼きついた優しい声と、明るい笑い声と、それと、、、。

思い出したくない、思い出したくない、思い出したくない、思い出したくない、思い出したく、ないのに、、、。


「桃葉っ!あぶない!!」

 その声が聞こえた時私は倒れていた。

遅れてやってきた鈍痛に耐えながら立とうとした時、また、足元がふらつく。

「っと。あぶないなぁ、桃葉ちゃんは。」

 誰かに支えられる。

聴き覚えのある声の人物を頭の中で模索していたら、いつの間にか、意識が途切れていた。



「あ、起きた〜?」

 ぼやける視界に入ってきたのは、優しい笑顔の男の子と、ジャージに書かれた“鈴木涼(すずきりょう)”の文字だった。

「りょう、くん?」

 私が寝ぼけながらそう言うと

「あ、覚えてる?俺、鈴木涼。昔よく遊んだじゃん。」

 と涼くんが言った。

もちろん、覚えてる。

昔、遊んだんだ。"あの子"と、涼くんと。

「思い出したく、ない、、。」

 私がそう呟くと涼くんは

「もしかして、夜宵やよいのこと?」

 と、優しく聞く。

あぁ。何度、その名前を思い出したんだろう。何度、その名前で苦しくなったことだろう。

思い出したくなかった。だって、苦しくなるから。なぜか、胸が痛くなる。

ずっと押し込めていた、思い出と、感情が溢れて、止まらない。



ある、晴れた日。

そんないい天気の日に、私は近所のブランコで一人揺れていた。

そんな、つまらなそうにしていた私のもとに来てくれたのは、同い年の男の子。

「ひとりなの?」

 そう、声をかけてくれた。

「おれ、水戸夜宵みとやよい!君の名前は?」

「わたし、、?私は、、木内桃葉きうちももは。」

「ももはちゃん!よろしくね。おれは、、やよくん、って呼んでくれたら嬉しいかも!」

 元気に明るく笑う夜宵に励まされて、笑顔になった私は

「やよくん、よろしくね。」

 と照れながら呼んだ。

小学2年生になる、春休みのことだった。


そこから、毎日その公園に通った。

春休み中、ずっと。

夜宵の友達だった涼くんともすぐ仲良くなって、三人でかけっこしたり、鬼ごっこやかくれんぼ、年齢なりの遊びをずーっとしていた。

楽しくて、楽しくて。

たった、一週間の出来事だけど、その時のことは、今でも鮮明に覚えてる。

もちろん、あの日のことも。


「ももはちゃん、またね!!」

 春の涼しい風が私達三人の間を駆け抜ける。

「やよくん、またね。」

 いつも通り、またねの約束を交わす。

夕焼け空に、夜宵のきれいな笑顔が溶けている。

私の隣では、涼くんが元気に笑っている。

そんな、幸せな時間だった。

私達の帰る道はバラバラで、その日も、三人はそれぞれ別方向に歩いていった。

でも、次の日、夜宵はこなかった。

涼くんと、そのお母さんが来て私に言った。

「桃葉ちゃん、かな?」

 涼くんのお母さんが優しく私に笑いかける。でも、どこか寂しそうで。

私は何も言えずにこくんと頷く。

「いつも遊んでくれてありがとう。、、、あのね、夜宵くんが昨日、病気で倒れて、、、。だから、もう一緒に遊べないみたいなの。涼とも遊んでくれてありがとう。今日からふたりとも公園に来ないから、、、。今までありがとう。また、会える日が来たら、、、その日はまた仲良くしてね。」

 涼くんのお母さんは寂しそうな笑顔のままそういって、私の前からいなくなった。

涼くんは、今にも泣きそうな目で、お母さんに連れられていった。


あとから聞いた話だけれど、夜宵は事故だったそうだ。

そして、今もなお、目を覚ましていない。



「夜宵、夜宵、、。」

 私は、そう言って泣きじゃくる。

「大丈夫だよ、桃葉ちゃん。今は二人だし、たくさん泣きな。」

 そう言って、背中を擦りながら慰めてくれるのは涼くん。

私と同じくらいだった身長は、いつの間にか伸びて、大人っぽくなっていた。

「もうすぐ、あの日だね。俺たちが最後に"またねの約束"をした日。」

 涼くんが静かにそういう。

「あのね。私、夜宵に会いたいよ、、、。」

 苦し紛れにそう言うと、涼くんも

「会いたいね。」

 と言った。

「私、あのとき、友達がいなかったんだ。引っ越してきたばかりで、、。そんな私に声をかけてくれたのが夜宵だったの。、、、あの日から、涼くんと、夜宵と、小学校は違かったけどいつまでも、あの公園で二人が来るのを待ってた。

いつか、またあの日みたいに遊べる日を夢見て。でも、いつの間にか、思い出さないようにしてた。思い出すと、苦しくなるから。会いたくて、でも会えない辛さを味わいたくなくて。もうずっと避けてきた。」

 私が説明する。

言語化すると、余計会いたくなる。

「わかる、わかるよ。俺も、小学校でできた最初の友達が夜宵だったからさ。」

 涼くんが、私を肯定してくれる。

会いたい、会いたいよ、、夜宵、、。



キーンコーンカーンコーン。

チャイムがなって、体育の授業が終わったらしい彩が保健室に飛び込んできた。

「桃葉っ大丈夫!?」

 息を切らしているところを見ると、終わってすぐ走ってきたんだろう。

「あ、望月さん。保健室では静かに。」

 涼くんがそんな彩に釘を刺す。

「あ、あんた誰なのよっ、、。てか、そんなことより桃葉!急に倒れて、、びっくりしたんだからね、、、って、泣いてたの!?まさか、君、泣かせたりしてないよね??」

 彩が早口になりつつ、テンパっている。

「もう、彩、落ち着いてって、、。」

 私が笑いながらそう言うと、

「桃葉ぁ〜もう、本当に心臓に悪い!!体調悪いなら言ってよ〜。」

 と彩が言う。

「ごめん、って。今度からはちゃんというから。もう大丈夫だから心配しないで。」

 私がなだめるように彩にいう。

「よかった〜、って。そういえば、こいつ、誰?お姫様抱っこで連れて行くからそこら中からキャーって声が絶えなくて。倒れていたとはいえ、お姫様抱っこって、、、もしかして彼氏!?」

 彩が涼くんを指差しながら、私に向かってそういう。

「この子は鈴木涼くん。彼氏じゃなくて、昔遊んだ友達。」

 私が説明すると、涼くんが苦笑しながら

「望月さんて、なんか、激しいんだね。」

 と言う。

「あっ…」

 慌てて口元を隠す彩が面白くて、思わず笑ったら彩に怒られた。

「で、どうして泣いてるの??」

 仕切り直した彩がそう聞いてくる。

「んーと、、、昔、事故にあった友達の話?」

 私が少し濁していうと、彩が心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「その子、今は、、、?」

「まだ、目覚めないままなの、。」

「そっか。会いにはいかないの?」

「勇気がでなくて。」

 ポツリ、ポツリと会話をかわす。

ちょっとずつじゃないと、話せない。

悲しくなっちゃうから。

「会いに行こーよ、桃葉ちゃん。」

 悲しい雰囲気になってしまった私達に、明るい声で涼くんがそういった。

「俺もさー、夜宵に会いたいとは思うんだけど、タイミングが掴めないままで、あえてないんだよね。今度さ、あの日、俺達が最後に"またねの約束"をした日に、夜宵に会いに行こ。」

 優しく、明るく、涼くんがそう言ってくれる。

「うん。ふたりなら、大丈夫かな、、。」

 そういった私に、

「ずるいずるい!私もあってみたい、その、やよい?って人に。」

 と彩がちょっと怒りながらそういう。

「じゃあ、彩も一緒に。また、夜宵に会おう。」



1週間後。

また、あの日みたいに桜が満開で。時々チラチラと散る桜の花びらが、昔を思い出させる。

「ここ、夜宵の病院だよ。」

 涼くんが明るくそういう。

「夜宵、元気かなぁ。」

 私もそう呟く。


ねぇ、夜宵。

君は何でも知ってたよね。

私達よりずっと大人だった。

でも。

今は私達と同じくらいかな。

それとも、私達のほうが色々知ってるのかな。

身長は、伸びたかな。

いろんなことを考えるけど、私は夜宵が生きているならそれで良い気がするよ。



「桃葉、ここが病室だって。みと、、、やよい?って書いてある。」

 彩が声をかけてくれる。

「失礼します。」

 丁寧に声をかけて、扉を開けたとき、彼はそこにいた。

「や、やよい、、。」

 昔とあまり変わらない、夜宵が、窓の外の桜を見ていた。

生きていた。

目覚めていた。

ちゃんと、そこにいた。

「ももは、ちゃん??」

 幼い声で、身長は少し伸びたかも。

でも、いつもと変わらない夜宵がそこにいた。

「やよくん、久しぶり。」

「ももはちゃん、りょう。久しぶり。なんか、俺、ずっと寝てたみたい。気づけば、周りはみんな大きくなってた。ももはちゃんも、りょうも、おっきくなってるね。てことは、俺も同じくらいの年齢なのかな。」

 寂しそうに、でも嬉しそうに、夜宵がそういう。

「よ、夜宵。元気??」

 涼くんが声を掛ける。少し涙声で。

「元気だよ。何、泣こうとしてるの。おっきくなったのに、泣いちゃうの?りょう。」

「はぁ、、、。ううん、泣かない。泣かない。」

 そういって笑って見せる涼くんの目には涙が浮かんでいるけれど、それも吹き飛ばしてしまうような、笑顔だった。

「夜宵、おかえり。」

 私も、涼くんに負けないくらいの笑顔をみせた。


やっと果たせたね。

また、あの日にて。

"またねの約束"を。

こんにちわ。莉ゆ。です。

「また、あの日にて。」お楽しみいただけましたでしょうか?

読んでくれてありがとうございます。

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