切り札
...。
......。
.........。
...A型だ。
意外だっただろう?
~祈祷師マカオ~
「...失礼致します」。
しばらく応接間に沈黙が流れていた時、出入口扉から女給仕ライスィーがティーセットと焼き菓子を載せたお盆を運んで室内に現れた。
「おっ!? 」。
チョンケイは姿を現したライスィーにすっかり目を奪われている様子で身を乗り出した。
「おう~! ライスィー! 近う寄れ~! 近う寄れ~! 」。
チョンケイはティーセットを卓上に置き終えたライスィーの手を取り、半ば強引に自分の隣に座らせた。
「おい、何してんだお前。やめろ」。
ケンキョウは険しい表情でチョンケイにそう咎めた。
「まぁまぁ~! せっかくお茶持って来てくれたんだからよぉ~! 」。
「ふざけんな、全然関係ねぇだろうが。...それより、ライスィー。今日はもう上がっていいと言ったはずだが? 」。
ケンキョウは怪訝な表情を浮かべてそう問いかけると、ライスィーは深々と頭を下げた。
「申し訳ございません、御主人様。只今、他の者達が立て込んでいる関係で、主任から御主人様への給仕を務めるようにとの申し付けがございまして」。
ライスィーがそう答えると、ケンキョウは納得した様子で小さく頷いた。
「そうか...。てか、お前早くライスィーを解放しろや。いつまで隣に座らせてんだ」。
(...アホくさ、何でこないな奴がこの組織を支配できんねや? )。
隣に座らせたライスィーの首の後ろにさり気なく自身の腕を回して鼻を伸ばしているチョンケイ。
そんなチョンケイの様子を後ろから眺めているセブンは、欠伸を噛み殺しながら心の中で悪態をついていた。
「へっ?? 」。
チョンケイが開き直ったような様子でそう言うと、そんな反応を見たケンキョウは溜息をついて呆れた表情を浮かべた。
「...そういや、同じ山脈の組織のヒラメキーナと今度取引する予定でな」。
「おっ? ヒラメキーナってケチャップ国付近の組織だろ? 取引すんのか? 」。
チョンケイがそう聞き返すと、ケンキョウは小さく頷きながら話を続けた。
「ああ、ヒラメキーナのテリトリーは資源が豊富だからな。鉱石とかの資源が欲しかったところだったから、ちょうど良かったわ」。
「それで、こっちはヒラメキーナに何を差し出すんだ? 」。
「...」。
チョンケイが問いかけると、ケンキョウは黙ったままライスィーを見つめていた。
「...はぁっ!? 」。
ケンキョウの様子を察したチョンケイは血相を変えてソファーから立ち上がった。
「ヒラメキーナはトレードに人員を要求してきた。今度、諸国で人材補強する予定だから、有利な取引を展開するためにも上玉が欲しいとの事だ」。
「だっ!! だからって!! ライスィーをトレードに出さなくてもいいだろっ!? 他に適任な子がいるだろうがっ!! 」。
チョンケイは慌てた様子でケンキョウにそう食ってかかった。
「逆にライスィーだからトレードに出すんだろうが。ライスィーはまだこの組織に入って間もないし、ここの連中も手を出していないはずだ。だったらヒラメキーナ経由で諸国へ送ってやった方がいい。こんな危険な山脈で生きていかなくても諸国でやっていけるだろ。それに、ライスィーをトレード要員にすれば俺達も有利な取引に持っていけるだろしな」。
「はぁっ!? お前っ!! そんな勝手に...っ!! 」。
「それとも何か? 加入して日が浅いライスィーをヒラメキーナに渡して都合が悪い事でもあるのか? 」。
ケンキョウが間髪入れず淡々とそう問いかけると、チョンケイは言葉を詰まらせながら再びソファーに座り直した。
「い、いやっ! ただ女の子のマネージメントは俺がやってるから、いくらライスィーがお前の女給仕でも勝手にそんな事決められたら困るんだってばよっ! 」
チョンケイは平常心を装っている様子でケンキョウにそう答えた。
「そうか、そいつは悪かったな」。
ケンキョウはチョンケイにそう詫びたものの、悪びれた様子を見せずライスィーが運んできたティーカップに口をつけた。
「分かったっ! 分かったっ! その件は俺がやっておくからっ! ライスィーは一旦置いておこうぜっ? ...なっ? 」。
「そもそも、お前は何でそんなにライスィーに執着しているんだ? 」。
ケンキョウはチョンケイの本心を完全に見抜いていたものの、しらばくれた様子で更に問いかけた。
「い、いやっ! これだけウルトラレア級の上玉なんだからよぉ~! そんな資源とのトレードなんて勿体ねぇだろうよぉ~! ライスィーはもっとどデカい取引の切り札としてストックしておこうぜぇ~? 」。
「ほう? お前にしては随分と手堅い策を選ぶんだな」。
ケンキョウは片眉を吊り上げながら皮肉交じりにそう言葉を返した。
「あ、あたぼうよぉ~! そういう事に関しては俺がスペシャリストなんだからよぉ~! 任せてくれよぉ~! 相棒ぉ~! 」。
「分かった、任すわ。だが、ライスィーを含めて俺のフロアーの連中達に手を出したら、今回みたいに他組織へのトレードを考えるからな。このフロアーでは俺がルールだ。たとえ、お前であろうとも勝手な行動は許さん」。
ケンキョウは険しい表情を浮かべながらチョンケイに厳かな口調でそう釘を刺した。
「分かったっ! 分かったっ! ...ふぃ~!! 」。
一件落着した事に安堵したチョンケイは、額に浮かんだ汗を手で拭いながら大きく息を吐いた。
「ライスィー、後ろに控えておけ」。
「はい、御主人様」。
ケンキョウから指示を受けたライスィーは、ソファーから立ち上がり壁際の方へと移動した。
「そ、それで先生~! ハリガネ=ポップの事だけじゃなく、その父親のハリボテ=ポップの事も御存じなんですねぇ~! いやぁ~! 先生と呼ばれているだけあって博学多才ですなぁ~! すっかり敬服致しましたっ! 」。
チョンケイはさり気なくライスィーの座っていた場所に移って座り直し、強引に話題を変えつつマカオを持ち上げ始めた。
「いや...」。
マカオは顔色一つ変えずに淡々と話を続けた。
「ハリボテ=ポップの事はゴクアクボンドさんが一番御存じなのではありませんかな? 」。
「...」。
マカオがそう言うとケンキョウとチョンケイは黙り込んだまま、神妙な面持ちで顔を見合わせていた。
「...」。
そんな様子をライスィーは離れた場所から静かに見守っていた。




