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うどん屋店主の強面オークと、看板娘の家なきエルフ

作者: 子猫2000

挿絵(By みてみん)


「はい! ネギ塩うどんお待ちどうさまっ!」


 うどんを茹でる熱気と、ごった返す客の熱気が立ち込める狭く汚らしい店内に、この場に似合わない声が響き渡った。声の主は美しく長い金髪をひとつにまとめ、森のような緑色の瞳を持ったエルフの少女だ。名前をララノアという。


 彼女は元々は森にあるエルフの集落でひっそりと暮らしていたのだが、数年前に人狩りに集落を襲われ命からがら逃げのびた。数日間の逃亡生活の末に、ここリヴァマルケの郊外にある畑で行き倒れていたところを、このうどん屋の店主スラルドに拾われ、今に至る。


「――店内はもう良いから、3丁目の12番地に配達に行ってくれ。戻ってきたら次の配達を頼む。」


 先ほどとは打って変わって、低く重い声が言葉数少なく配達の指示を出す。声の主はうどん屋の店主スラルドで、さながら豚小屋のような店内に似合う巨躯はオークのそれだ。彼が数年前に瀕死のララノアを拾った張本人である。


 エルフとオークと言えば、世間的にはあまり仲が良くないイメージがあるが、ここリヴァマルケの街では、そんな固定観念は捨て去るべきだろう。この街は、古くから交通の要衝であり、川が運ぶ豊富な栄養や、交易品の利潤を受け、独自の発展をしてきた。街を囲う立派な防壁や、自衛軍の存在はもちろんのこと、他の都市と比べて何よりも異質なのは、多種族から成る自治都市であるということだ。そんな長い期間を経て醸成されてきた異種族に寛容な街の風土は、新参者のララノアには非常にありがたかった。もちろん、誰にでも優しいララノア自身の性格が街の人達に受け入れられる一助になったことは特筆すべきだろう。


「はい! スラルドさん、分かりました!」


 今日も元気な返事をして、ララノアはうどんの配達に出かけて行った。



――――――



 ララノアがここで暮らし始めた当初は、発展に次ぐ発展で入り組んだ構造になっているリヴァマルケで迷子になる事は日常茶飯事だったが、今は自分の庭のように歩きまわることが出来る。もちろん数年間暮らしているから、というのも理由の一つだが、店主スラルドの熱心な教育が最大の理由だ。そのおかげで、今ではララノア一人でも問題なく出前をこなせるようになった。


「えーと、ここを右に曲がって……」


 今日も人でごった返す街の通りを軽やかに抜けていくララノアだったが、視界に一瞬違和感を覚えて立ち止まった。なんだろう? と思って振り返ると行商人らしき人が遠ざかっていくところだった。行商人なんて交易都市であるリヴァマルケでは溢れるほどにいるし、毎日のように違う行商人が来ては去っていくものだ。何も珍しい事はない。何かの思い違いか、と思って歩みを再開しようとしたララノアだったが、行商人に送れて鼻に届いた匂いと共に、その視線が、すれ違った行商人の右手に吸い寄せられた。


 この匂い、あの見た目。自分が小さい頃ケガをする度に、よく母が作ってくれた絆創膏そのものだ。あんまり自分がよくケガをするものだから、母は絆創膏専用の巾着袋まで用意してくれたことを思い出す。


「――ぇ? お母さんの絆創膏?」


 ララノアは咄嗟に追いかけようと思ったのだが、すぐさま思い直した。3丁目の13番地ならここから近い。すぐに配達を終わらせて、それから追いかければ良いじゃない、と。なにより、うどんは配達に時間がかかると伸びてしまう。


 そう思ってララノアは配達先へ歩みを再開した。その足は自然といつもより早くなっていた。



――――――



「――お前、明日は休め!」


 客のいなくなったうどん屋の店内に、スラルドの野太い声が響き渡った。声には怒気が混じっており、口数が少ないながらも普段は優しいスラルドとは大違いだった。反射的にララノアの体はビクっと竦んでしまう。


「何を考えているんだ。数少ない手がかりが見つかったんだろう? 配達なんかほっぽりだして良いんだ」

「――ぇ?」


 うどんの配達後だったとはいえ、仕事中に少しでもあの行商人を探したことを怒られるものだと思っていたララノアは拍子抜けした。


 結局、あの後ララノアは早足で配達を終えてから少しだけ行商人を探したのだが、そこは人通りの多い交易都市なこともあり、見失ってしまったのだった。なかなか配達から戻ってこないララノアのせいで、2件目の配達は、キャンセルになってしまった。閉店後に店主スラルドに、そのことを聞かれたララノアは正直に何をしていたか答えたのだ。


「はぁ……、まさか仕事が家族より大事だとでも思ってるのか……?」


 ため息交じりにスラルドが呟く。


 ようやく、スラルドが何を言っているのか理解したララノアは思いきり頭を横に振った。そうだ、スラルドは見た目こそ強面だが、この程度のミスで怒るようなオークではなかった。むしろ、見た目にそぐわず、内面はとても優しいのだ。


「分かったなら、明日は仕事は休みにしていいから、その行商人とやらを探してこい」

「――はい!」


 思わず目頭が熱くなり、服の袖で目をぬぐった。麻で出来た生地が肌をこすって、ちょっと痛かったが、それが夢じゃない証のような気がして、つい必要以上にゴシゴシとこすってしまった。



――――――



 次の日、ララノアは自然といつもより早く目が覚めてしまった。とはいえ、市場が開かない事には、街は眠ったままなので、調査のしようが無い。仕方がないので、市場が開く時間を今か今かと待ちわびながら、今日どんなルートで街を回るか頭の中で考えていた。もちろん、今までにスラルドの教えてくれた街の知識が活かされたことは言うまでもない。


「昨日、右手に絆創膏を付けた行商人が来ませんでしたか?」


 市場開放の鐘が鳴る前から小僧や店主は、店の準備を始めるものだ。それを知っていたララノアは、普段はあまり出向かない交易用の市場に顔を出していた。普段あまり出向かないとは言っても、誰にでも愛想よく接する、うどん屋の看板美少女エルフとなれば、街の中で知らない人は少ない。開店準備で忙しい中でも、皆がララノアの質問に答えてくれた。――しかし、残念なことに有力な情報は得られなかった。


 そうこうしているうちに、市場開放の鐘が鳴り、だんだんと街は喧噪に包まれていった。


 右手に絆創膏を付けた行商人、だけでは情報が少なすぎるのかもしれない。そもそも、1日に何人も相手にする商売だから、一人一人の特徴なんて覚えていないのかもしれない。普段は前向きなララノアも、全く手がかりが得られないまま、昼過ぎを迎えれば、こう考えてしまっていた。


 朝は麦など穀物を扱う店、昼は武具を扱う店、昼過ぎには酒を扱う店、夕方には幅広い商品を扱う大手商会の店先、と色々なところを回ったが、結局有力な情報は何一つとして得られなかった。どうしても一人で周るには、この街は広すぎた。日が暮れて、皆が家路につく中を、しょんぼりと肩を落としたララノアも人の流れに任せて帰宅した。


「せっかく、スラルドさんがお休みをくれたのに、私なにしてるんだろ……」


 そうして、住居兼店舗になっている、見慣れたうどん屋にたどり着いた時に、意気消沈したララノアの思考を違和感が呼び覚ました。いつもなら夜も活気にあふれているうどん屋が、なぜか今日は開いていなかった。


「本日、臨時休業……?」


 入口に貼られた紙を、思わず口に出して読んでしまう。どういうことだろう? スラルドさんの体調が急に悪くなったのだろうか? そういえば、遠い町では悪い疫病が流行って多くの人が死んだという話を旅人が話していた。そんな考えが頭をよぎったら、いてもたってもいられなくなり、さっきまで落ち込んでいたことなど忘れて、思わずうどん屋に飛び込んでいた。


「スラルドさん! 大丈夫っ!? 死なないで!!」

「――おかえ……は? ピンピンしてるぞ?」


 おかえり、と言いかけていたスラルドは呆気にとられた表情で固まった。見れば、うちの看板娘が泣きはらした目で自分の命を心配しているではないか。どういうことだ? と。


 結局、少し話したところで誤解は解けて、泣き止んだララノアはスラルドに母の手がかりとなる例の商人を見つけられなかった事を、ひきつった笑顔で告げた。


 元々、命からがら逃げのびたような状況だったのだから、集落の皆、ましてや自分の家族が生きている可能性なんて期待していなかった。それでも、万が一にも……と思わず期待してしまった自分がいたのも事実で、そのことが余計に感情の落差を激しくしていた。今の笑顔はきっとぎこちない物になっているだろうが、優しいスラルドさんならきっと気づかないふりをしてくれるだろう。なんて、都合のいい事をぼんやりと考えていた。


「あー……それなんだがな」


 ものすごく気まずそうな顔をして、視線をそらしながらスラルドが口を開く。


「実はオレも今日、街の知り合いとか聞いて回ったんだ。それで……例の行商人を見つけて、無事に話を聞けたんだ。お前の母ちゃん、生きてるぞ。良かったな」

「ぇ……?」


 予想外の発言と、日頃は口数少ないスラルドが長々と話した事が相まって、思わず思考が固まった。


「ほ、本当に?!」

「あぁ。つい数日前に例の行商人が、この街に来る途中で会ったそうだ。数人の行商団の内の一人で、少しの間一緒に過ごしたんだが、その時にケガの治療をしてくれたらしい。」


「――今なら間に合う。うどん屋はちょっとの間、休業だな」


 言葉は出なかった。数舜固まった後に、ララノアは思わずスラルドに抱きついていた。太陽のようにまぶしく微笑むエルフの少女と、ぱっと見は強面なオークの男、というチグハグな二人のせいで、狭い店内は幸せに満ち満ちていた。

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