令和おとぎ草子「花咲か爺さん」
令和おとぎ草子「花咲か爺さん」
昔むかし、あるところに…
「私の目が黒いうちは、この桜は切らせないぞ!」
白髪のお爺さんが、杖を振り回して暴れている。
「やめて下さい、お爺さん」
慌ててお爺さんを抑える役所の人。
「何で、この桜の木を切るんだ」興奮ままならないお爺さん。
「前にも言ったでしょう。ここの道路が拡張されるんですよ、邪魔な桜の木は伐採される事になりました」
「うるさい、道路なんかいらない。別の場所に通せ!」
「それは出来ません。もう決まった事ですから」
「じゃあ、植え換えればいいだろう」
「だから、桜の木は植え換えてもなかなか根が付かないんですよ」
「うるさい、ワシの言うことを聞け!」
お爺さん、桜の木の前にむんずと座り込み動かない。
「困った爺さんだ」はたはた疲れている役所の人。
近所の人がやって来た。
「爺さん、どけよ」
「何だと」睨みつけるお爺さん。
「爺さんが邪魔をするから、もう工事が半年も遅れているんだぞ、いい加減に諦めろよ」
「うるさい、」
みんな困った様子。
「今日の所は、一旦帰ります」
役所の人が、荷物をまとめて帰って行った。
「二度と来るなー」
石を投げつけるお爺さん。
このお爺さん、花田さんといい、桜の木の隣にある一軒家に住んでいる。
花田さんは、毎日桜の木の手入れをして、区から表彰状をもらったこともある人だ。桜の木と共にずっと生活してきた。
「ワシが守ってやるからな」優しく桜の木を撫でるお爺さん。
一人だけ役所の人が残っていた。
「お爺さん、何でそんなにこの桜の木にこだわるのですか?」
「何だ、まだ居たのか」
「この桜はな、ワシの命の恩人なんだよ」
「命の恩人?」
「戦争で空襲があった時の事だった……
子供だったワシは親と離れ離れになり、炎から逃げ遅れてしまったんだ。
火の手は四方八方から迫ってきて、もうダメだと思った。その時、この桜の木があったんだ。
ワシは、『ここで死のう』と決心をした。そして、桜の木の下に座ったんだんだ。
炎が、どんどん近づいて来た。
ワシは、目をつぶった。
すると、桜の木がゆっくりと枝を伸ばして、ワシの身体を包んでくれたんだ。炎からワシを守ってくれたんだ。
ワシは、助かった。
火が治まった後、焼け焦げた桜の木は死んだんだと思った。ワシは感謝を込めて、桜の木を綺麗に掃除をしてやった。
すると、その焼け焦げた枝の中に小さな芽があった。まだ桜の木は生きていたんだ。
その芽は、日に日に伸び、花が咲いた。
『綺麗な花だった』
……ワシは、その日から、命の恩人の桜の木の手入れをする事にしたんだ」
「そうだったのですか」
「でも、よく見て下さい。ほら、幹がスカスカでしょう。もう寿命なんですよ」
じっと幹を見るお爺さん。
「いや、ダメだ。絶対切らせない」
「……」
役所内、
「行政代執行しかないな」
「はい、仕方がないですね」役所の人たちは、代執行の日付を決めた。
行政代執行の日、
伐採業者と役所の人がやって来た。
「何しに来た!」
バッ、お爺さんは役所の人たちに抑え付けられた。
「何をするー」
ギィーーン、
枝が伐採される。
「止めろー」
桜の木はワイヤーで縛られ次々と切断された。バラバラになり、トラックにのせらる桜の木。
「せめて、枝だけでも」
お爺さんは、一本の桜の木の枝をもらった。
大事そうに持って帰るお爺さん。
夜、
「ありがとうな、ワシを助けてくれてありがとう。すまん、ワシはお前を助ける事は出来なかった」
お爺さんは、涙ながら桜の枝を庭で燃やした。
白い煙が上がる。
すると、風が吹いてきた。
ヒュー、
そして灰が舞った。
パッパッパッ、
突然、辺りに桜の花が咲き始めた。
お爺さんはびっくりしたが、その灰を掴み勢いよく撒いた。
「枯れ木に花を咲かせましょう、」
「枯れ木に花を咲かせましょう、」
辺りには、たくさんの桜の花が咲き誇った。
「枯れ木に花を咲かせましょう、」
「枯れ木に花を咲かせましょう、」
お爺さんは、歩きながら町中を桜の花でいっぱいにした。
不思議がる町の人たち。
すると、いつの間にか、お爺さんの前に桜の花のトンネルが出来ていた。
お爺さんは、ゆっくりとトンネルの中に入って行く。
「枯れ木に花を咲かせましょう、」
「枯れ木に花を咲かせましょう、」
お爺さんは灰を撒きながら、トンネルの奥へと消えて行った。
「枯れ木に花を……」
……花咲か爺さんは、桜の国で幸せに暮らしましたとさ、