一方そのころ
「森の魔女を発見したが逃げられただとッ!愚か者が!なにをしておったのだ」
「しっ……しかし!向こう側は災害級の魔獣、グレーターバイコーンを従えてました!あそこで戦闘になれば市街全域はタダではすまなかったかと……」
「そんなもの!皇国の精鋭部隊であればどうにでもなっただろう!今重要視するべきは人質を殺してしまったことで、森の魔女との交渉材料が無くなったということだ!あの捕虜の弟とやらは見つからんし!……ああ、まったく、おまえたちの行動の遅さにはイライラするぞ」
「……申し訳ございません」
皇国の兵士は威嚇射撃のつもりが誤ってアールの背中を貫いてしまう。そして、森の魔女が逃げた経緯をハルトに報告すると、ハルトは怒りのままに手元にあったワイングラスを
兵士たちに投げつけた。
甲冑に当たったことで、グラスの破片が散らばり、赤い汁が兵士の顔面を濡らす。
兵士は恐怖で身を震わせ、声を震わせながらハルトに頭を下げた。
ハルトはこの後の対策をどうするかに思考を巡らす。
「……おい、捕虜の死体はどうした?」
「一応、持ち帰って保管はしておりますが……」
ハルトは何かにひらめいたように、顎に添えてあった手を外して言った。
「……そうだな。今回の一件で森の魔女は我らに脅威を感じているはずだ。己が大切に思っているものを人質に取られて、助けに来るくらいだからな。……脅威と感じているのであれば、恐怖で魔女を従わせるのみ。隠れている弟をあぶり出すためにも、城壁の前にその死体を吊るしておけ」
「……皇帝陛下、無礼を承知で申し上げます。その策は逆に森の魔女を激昂させるだけではありませんでしょうか?それに、森の魔女の報復も……」
兵士はハルトの短直な考えに、つい意見を申し述べた。しかし、今のハルトにとってはその進言は自分の苛立ちを募らせる材料でしかなく。
腕置きにこれ以上にないくらいの力を込めて、拳を叩きつけて言った。
「元はと言えば!おまえたちの怠慢で森の魔女を逃がしたのであろうがっ!あの人質には森の魔女をおびき出す材料として生かしてやっていたというのにッ……!そこまでいうのであれば、いますぐ森の魔女を連れてこいッ!」
玉座から兵士が跪いている地まで距離があるのに、唾が飛んできそうな勢いだった。兵士たちは体をびくり、とさせて、さらに深く頭を下げた。
一度感情的になった皇帝陛下は皇妃以外の言葉は耳に通さないとわかっていたからだ。その皇妃も今この場にいない以上、兵士たちは唯唯諾諾と返事するしかなかった。
「……かしこまりました。ご命令に従います」
★
そうしてしばらくして、アールの亡骸は体に縄を括りつけられた状態で城壁に晒されていた。その真横の垂れ幕には「この者は国家反逆罪並びに皇室侮辱罪を犯した大罪人」だと。
城壁の前には久々に現れた大罪人を見ようと、街中の人が集結した。中には「こんな若い子が……」と憐れむ人もいれば、「皇室を侮辱したんだから仕方ない」と処刑に関して肯定的な意見とさまざまだった。
そんな人だかりの中に一人、氷のような冷たく、冷徹な表情を浮かべ、状況を嘆くものがいた。フード下にある白髪。そして青の瞳を歪に輝かせて呟いた。
「……ハルト、あなたがこんなにおろかだとは思わなかったわ。この報復はすぐ、必ず返してあげる」
女は踵を翻すと路地へと消えていった。城壁がある通りと比べ、路地は静かで鬱蒼としいていた。まるで、嵐の前の静けさだった。




