帰還
アールの亡骸を路地に置いたまま、脱力したエミリアの体を必死に守りながら、グレートは森に帰ってくる。異変に気づいたファフニールは森の入口までグレートたちを出迎えた。
生気のないエミリアを一瞥すると、表情なく「状況を説明しろ」とグレートに問い、グレートは簡潔にこれまでのあらましを説明した。
ファフニールは苦虫をかみつぶすかのような表情を浮かべた。
「……それは災難だったな。今は休め」
【いえ……それよりご主人様は……】
「怪我はないから安心しろ。……ただ精神的な傷はどうにもならんがな」
ファフニールはグレートからエミリアを受け取り、治癒魔法をかける。不老不死なので、自動修復の機能は働いているのだが念のためだ。
カールは一足先に森に避難していたので、難を逃れたが、事の経緯を聞き、最後の肉親を失くした悲しみが瞳に膜をはる。
「そうか……兄さんは……」
ベッドの上で気を失って眠るエミリアへの心配、皇国が兄やエミリアに対しての仕打ちに怒りが腹の底からこみ上げる。ファフニールに肩を叩かれたことで、冷静にはなるが、それでも怒りは収まらない。
「あいつらは、自分たちの利益と欲の為に兄さんを拘束して、それを助けに来た姉さんを……許せない。兄さんが死ぬ必要も、姉さんが傷つく必要もないじゃないか……」
「だが、おまえたちにこの森の生活について秘匿するように釘を刺さなかった……こいつにも責任でもある。だが、確かにおまえの言葉もよくわかる。……皇国人が欲を出さなければ。エミリアのことを看過していればこんなことにはならなかったからな」
「……これからどうしたらいいんだろう」
途方に暮れるカール。ファフニールもこれからの対応にあぐねいていた。もう少し、エミリアが考えて行動できていれば違う結果が生まれただろう。
もしかしたらこういう結果にもなっていたかもしれないが。アールが捕まった時点でもう少し対策を練るべきだったのだ。全てことを急いた結果。そして……。
「僕がもう少し強く止めていれば、少なくとも、エミリアがこうも傷つく結果にはならなかった。......らしくないな。僕が後悔などと……」
ファフニールは暗い影を落とす。爛々と輝く瞳はいくらか輝きが後悔で鈍くなる。運命に身を任せるなど。傍観を決め込もうとした結果がこれだ。
自分で決めたことなのに。エミリアの行動に任せようと思ったのに。結局自分は傷ついてしまって、エミリアは……。ファフニールは爪に肉が食い込むくらいに力強く拳を握る。
たらり、と割けた肉から零れる血は拳を伝い、地面に落ちる。じゅわり。と床に落ちた血液が床材を溶かす。まるで酸の様だった。
「……僕も少し休む。おまえはエミリアの様子を見ててくれ」
ファフニールはカールにエミリアの世話を任せると、一人考え事の為に、自分の部屋に戻った。




