皇帝夫婦
カーバル皇国皇城、皇妃の部屋。
絢爛豪華な装飾が施された白地の家具。壁には名画が3枚、肖像画が1枚飾ってあり、クローゼットには部屋着用のドレスがクローゼットいっぱいにかかっている。
その隣にある小部屋には衣裳部屋として、数百着のドレスが並べられている。備え付けられた棚には、1つでちょっとした貴族の屋敷が買える程度の宝飾が施されたアクセサリーが飾られていた。
その部屋の主は、皇帝とこれから閨を共にするために、どう自分を着飾るか、侍女の意見を取り入れながら、最高級のシルクの寝巻に袖を通していく。
セミロングのウェーブのかかった亜麻色の髪は、つい最近まで水分を失ったようにぱさぱさだった。
しかし昨日、王国から取り寄せたトリートメントのおかげで艶を取り戻している。
上機嫌に鼻歌を謳いながら、今日購入したばかりのルビーの首飾りと金の腕輪を腕につけた。
「……よし!どう?」
しゃらりと体をしならせて、目の前にある最高級の姿見でポーズを取るミーユ。侍女はほぅ、と感嘆を漏らして遠慮気に手を叩いた。
「はい、とてもお似合いです、皇妃様」
「でしょ?陛下にお願いして勝ってもらってよかったわ~。人目みたときにびびってきたのよね~……あッ!」
ミーユは侍女に話しかけながら、姿見に近づく、顔を近づけて、視線を目の下に持っていくと……。
「ショック……また、小じわが増えてる......。本当、年は取りたくないものね。私ももう30超えてるもの」
「そんなことはありませんわ。艶やかな髪、林檎のように鮮やかな赤い唇。砂金のような煌びやかな肌、黒曜の瞳……御年をとってもその美貌は損なわれないではありませんか」
「ふふ……口がうまいのね。今月の給料は期待してなさい」
「ありがとうございます」
ミーユはあからさまなお世辞でも、喜悦とした表情を浮かべて侍女の肩に置いた。侍女は自分の給料があがると思うと気持ちがこみ上げて、さらに笑みを深めた。
★
「陛下……」
「ああ、ミーユ、来たのか」
「来たのかって...…きちゃダメだった?」
「ああ、いや。そんなつもりはなかった。ちょっと公務が忙しくてな」
ミーユは寝巻を煌びやかに纏って、ハルトの部屋に向かう。向かうと、ハルトは自室の机の上に書類を広げて、難しい顔で眉間に皺を寄せていた。
若かりし頃は良い男だった。我儘で人の話を利かないところはあったが、皇帝譲りの鮮やかな赤毛、鍛えられた肉体…...女を魅了するイケメン顔。ミーユは異世界転移を果たして、生まれて始めて恋をした。
なのに。今のハルトは若かりし頃の体型はどこへやら。暴飲暴食の果てに肉体は脂肪で肥大化し、鮮やかな赤毛はところどころ白髪が目立っている。
白髪……ミーユの脳裏に一人の女の影がよぎった。
エミリア……自分が転移する前に聖女としてこの国にいた女にして、ハルトとの恋を実らせるために自分の身を危険に晒してまで皇国から追い出した女。
あれから時は立ちすぎたが、あの女はいまどこでなにをしているんだろうと。
一番最後、目覚めた時にハルトから「追放した」と聞いた時は安堵したものだが、今考えればもう少しやりようはあったと思う。
ゲームや小説よろしく、邪魔だったから罪をでっちあげて皇国に追い出した。でも、ちょっとそれはやりすぎたかなぁ……と。
まるで自分が真っ向からあの女と張り合ったら負けると言っているような作戦っで追い出したことを悔やむ。
まぁ、身一つで追い出されたらしいから、今頃死んでるか、ホームレスをしてるか……。もういない女に思考を割くのはやめよう。とミーユは視線をハルトに戻した。
ハルトは未だ書類を睨んでいる。共通の話題もないので、ふとミーユは聞いた。
「なんの書類を見てるんですか?」
「……ああ、国内から外の国の方に拠点を移す商人たちのリストだ」
「商人が……?別に拠点を移させればいいじゃないですか」
「分店を出すのではなく、本拠地を他国に移すということは、実質皇国から商いの手を引くということだ。商人がいないということは物流や経済を回せない。回せなければ我が国の経済的に大打撃を受ける。とくに魔法石や鉱石を取り扱う商会は拠点を移させたくない」
「……難しいんですね?」
難しい会話はよくわからないし、考えたくないと、ミーユは適当に話を打ち切るとぽふり、とベッドの上に腰を降ろして、ハルトが公務を終るのを待つ。
あまり邪魔をするとハルトに怒られてしまうので、眠気が先か、ハルトの仕事が終わるのが先なのか。横になりながら、ハルトの執務姿を横目に見た。




