あれから十数年後の皇国
およそ数年前、皇帝の治世が変わる。前皇帝から現皇帝のハルトに代わり、皇妃はハルトの良人であり、皇国唯一の聖女となったミーユとなる。
ハルトとミーユは皇太子時代よりより贅沢に身を包むこととなる。ミーユは欲しいものを手にし、目ざわりな人間はなにかと難癖をつけ排除し、自分の耳障りのいいものだけを周りに置いた結果、政治は内側から腐りかけ始めていた。
彼女たちに諫言する貴族はもうこの皇国内にはいない。いるのは私服を肥し、税を増やし、民の暮らしにくい世の中を作る国にとってのがん細胞だった。
しかし、それは内部事情の話であって、皮だけみれば国の体裁は不思議と保っていた。皇国は魔法石が採取できる鉱山があり、金銭的にうるおい、商人が商いを行っているので、かろうじて経済が回っているからだった。
――民は不満を募らせ、商人は徐々に自分の商品の販売経路を他国へと移そうとしていた。
とにかく、皇国の情勢はよくなかった。カール、アールはその事実を知ることなく、皇国へ身を移すことになる。
★
「じゃあ、カール……俺はここで」
「ああ!……でも、一緒じゃなくていいのか?」
「うん……あんまり知らない人と喋るの、苦手だし。俺は俺で人の少ないところでこもって勉強するよ」
皇国につくと、アールは連絡を取りあっていた、ダレス商会の友人と落ち合った。途中まで同行していた、片割れに、アールは心配そうに声を掛けた。
カールはエミリアからもらった魔法石の図鑑を抱きしめる。不安だけど、自分が決めた道に進むために、ずっと連れ添ってきた片割れと別れる不安。でも、この先に未知の生活へのワクワク感。
赤面させて、本で顔を隠した。
アールは肩をすくめて口角を上げる。この頑固者にこれ以上言っても無駄だ。そして、強くなったことに嬉しく思うこともあった。
いつも自分の後ろを引っ付いてあるくか、エミリアの後ろにいて自分の意見をいわなかったカールが。確固たる意思を口にして、自分の道を決めるということに。
これ以上野暮なことは言えなくて。
「わかった。なにかあったら俺を訊ねろよ」
「うん。アールこそ。困ったら俺の家に来ていいよ」
「……ふっ。じゃあ、またな。俺はそろそろ商会に行くよ。明日から仕事だから準備しなくちゃ」
「うん。……じゃあ、またね」
アールはカールに背を向けて、友人の元に駆け寄る。カールもアールの背中を見送り、反対側の道に進む。これから宿を予約して、住む家を見つけなくては。
質素に暮らしていけば一生分暮らしていくことはできるし、いざとなればまたお金を稼げばいい。そのために術はもう持っているから。
カールも今日泊まる宿を探すために、人波を掻き分けていった。




