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こんにちは邪竜さん

死海の森とは世界大陸の北部に位置し、各国の国境に面している広大な森で、大国ひとつ分の面積があるといわれている。しかし、この死海の森は誰も手を付けようとも、足を踏み入れようとは思わなかった。


理由は単純で人が足を踏み入れれる土地でないからだ。死海の森自体、魔素濃度が濃く、魔素耐性がなければ一息で死んでしまうほど。魔素耐性のある魔法士でも立っているのがやっとだった。その影響をモロに受けているカーバル皇国は、魔素に耐性のない人間がほとんど。


だからこそ聖女のように、魔素を浄化できる存在が必要だったのだ。カーバル皇国ではミーユがいるし、聖女が1人いなくても差支えはないのだろう。......あの皇帝たちがそこまで考えているとは思ってないけど。


国外追放された私は、最低限の荷物を持ち、この人間や魔物でさえ寄り付かない死海の森に向かった。居住を構える為だ。


私は聖女の職務を傍らに魔素や魔法に対して研究を行っていた。さらに魔素に対して耐性があるし、魔素の原理も魔力の使い方も理解しているつもりだ。死海の森で暮らしていくにはなんら問題はない。


一度知りたいと思ったらとことん知りたがるこの性格が二度目の人生でやっと役に立てた気がする。私は目の前に黒い霧状に禍々しく散布していく魔素を後目に森に足を踏み入れた。


............。


森の中を歩いて幾日か立った。さすがは前人未踏の森。果実や野草が豊富に実り、水源豊で綺麗な森だった。食べるものにも飲むものにも困らない。


こんな広大な土地で最適な住処を場所を探して歩きまわる。幸いにも私には時間が無限にある。何週間、何ヶ月さまよったところで何の支障にもならない。…...はずだ。


さらに幾日か歩いた頃、この森で初めての岩穴に遭遇した。雨風をしのぐのに最適な場所だった。ここで雨風をしばらくしのごうと足を踏み入れ、小石や溝に足を取られながら、足場の悪い洞穴をさらに進んだ。


すると大きな空洞が出現した。さっきまで人2人程度通るのがやっとの道を突き進んできたはず。こんな空洞がいきなり出現する道ではなかったはずだ。


認識阻害魔法でもかかっていたのだろうか。ということは…...この先には何者かがいる。前人未踏の死海の森にだ。


緊張で生唾を飲み込み、そろりと足を前に出して進む。......するとと東京ドーム1個分の空洞は頭上に広がる。目の前には眠たそうに、重たげにアメジストの瞳を煌めかせた1匹の――竜がいた。皇国の書物で読んだことがある。


これは死海の森に住まうという邪竜ファフニールだろう。


「ほう、僕のことを知っていたか。まぁ、世界的にも有名であるからな。凡百の人間であろうと知っているものよ。――この森に足を踏み入れるのはおまえが初めてだぞ?」

「心を読まれた......?」

「人間の心を読むなど造作もないこと。......皇国から追放された聖女か。なんとも面倒なものがこの森をさまよっていたものだな」


民家数戸を一気に飲み込みそうな口から鋭い牙を覗かせる。流暢に喋る邪竜だがその言葉は冷たい。敵意はないが、害意を向ければ即座に排除する。そんな態度だった。


「さまよっていたわけではありません。......あの、失礼を承知で聞きたいのですが、あなたがこの森の主でよろしいのでしょうか」

「然り。この森は古から僕が住んでいだねぐらだ。侵略も略奪も許さん」


ファフニールは人間を吹き飛ばしそうなくらい大きなあくびで眠気を飛ばす。軽い態度だが、本気さが言葉には宿っている。彼は本当のしか言っていない。


息を吸って、吐く。緊張を肺から追い出す。そうしてゆっくりと言葉を伝える。目の前の天災ファフニールに。

「申し遅れました。私は聖女エミリア......エミリアと申します。失礼を承知でお願いしたいことがございます」

「なんだ?自分を追い出した皇国の人間どもに復讐したいとかか?――そんな面倒なこと」

「違います。私をここに住まわせて欲しいのです」

「......なに?」


いきなり押し掛けてきたわけわからずな女に、突然住まわせて欲しいという懇願に、さすがのファフニールもアーモンドの瞳を丸くさせた。


ただでさえこの森は人が近づかないのに、そんな森に人間が侵入して不遜な願いをしてしまったから気分を害してしまったのだろうか?......しばらく沈黙が続いて。


「ふッ......あ、ははははははははははは!なにを申すかと思えば?人すら寄り付かぬ魔素が集約する土地に、人類が恐れる邪竜の住処に住まわせて欲しいだと?気が狂っているにもほどがあろう」


ファフニールの笑い声で大地が揺れ、岩壁がぼろりと崩れた。小石が落ちる程度だが、かなりの迫力があった。とりあえず気分は害さずに済んだのだろうか?

笑い声が小さくなるにつれて大地の揺れも収まり始めた。


「はぁ…...1000年振りくらいに笑った気するな。僕を楽しませた対価に侵入の罪は許す。だが、何故こんな人も寄り付かぬ土地に住みたいのだ?ここは各国の魔素が集約するし、人の身では住みづらい土地だろう」


「なにか、勘違いをしておられるようですが、人間には魔素の耐性がないのではありません。たしかに、魔力回路のない生身の身体、魔力操作を行えない、または学んでいないことによって、体に溜まる魔素の処理が追いつかずに、中毒症状を引き起こすことはあります。しかし、魔力回路が吸収する魔素をうまく放出することができれば、中毒症状を起こすことはあり得ません。人の手に寄らない濃度が濃い魔素でも十分に耐えることができます」


「――なんだと?その情報は初めて聞いたぞ?魔素は魔力の元となる力だ。魔力を操れるのは人間の個体差による体質的な問題であり、誰でも耐性が持てるものではないのが世界的な認識であり、僕ですらもそう思っていたというのに。それが違うと?」


この世界では魔素は人間の身体を犯す毒としての認識がほとんどだ。しかし、私がこの国に転移して魔法を使って、魔素に触れていくうちに思ったことがある。魔法を使うと心なしか、体が吸収した魔素が消費していく事実に。


そこから聖女の魔素浄化魔法の解明や、魔素の研究をしていくうちに魔素の正体に触れることができた。


魔素とは魔力の大本で、あらゆる生命から放出されているエネルギー......不思議な力と言える。少量の摂取であれば人体に被害はない。しかし、カーバルのような魔素を吸収し、魔力へ変換させる性質を持つ魔法石の鉱山が並び、さらに死海の森が隣接する土地では魔素が他の地域より溜まりやすいのだ。


それに......。

「魔力回路は生まれながらに誰でも持っていますが、魔力回路を一度も使わず、体が成長していくうちに消える神経です。子供の時に魔力を使えばその魔力回路は神経の一部として残り続けるのです。簡単に言えば、魔法を扱いさえすれば、人間であってもある程度の濃度の魔素に耐性は持てます。私は一応聖女ということと......まぁ、趣味の延長で魔法には長けているので、通常より高い魔素耐性を持っているのです。中毒症状を起こすことはありませんよ」


そこまで説明をすると、ファフニールは納得したようにゆっくり頷いた。


「たしかに、筋は通っているな。魔素は魔力の大本の力で、体を通して魔力に変換させて魔法の発動源とする......どんな賢者でも到達し得なかった魔法の原理だろう。皇国で発表すればおまえという存在を重宝し、国外追放なんかされなかったのでは」

「愚者とは時に予測し得ない行動を起こすものです。仮に発表したとして良い様に使われて人生を終えるだけ。だって、召喚される人の背景も考えずにためらいなく聖女の任務を任せた挙句、追い出す連中です。あんな人達に知識をあげるだなんてまっぴらごめん。こっちだって慈善活動で聖女をやっているわけじゃないんですよ。それに、名誉とか興味ないし、地位は持ちすぎると邪魔なだけ」

「名誉も地位もいらぬとは変わった人間だな。欲がないように見えて、その実自分の欲を包み隠さない。......まぁ、その、苦労人だな、おまえは......」

「同情はいらないです。ここに住んでもいいのか、駄目なのかを教えていただきたいのです」

「むむぅ......」

さらにファフニールは考え込む。皇国から追放された聖女が平穏な日常を過ごしていた邪竜の住処に転がり込んだのだ。私を受け入れることで厄介ごとに巻き込まれるのが本意ではないのだろう。


しかし、ここで考え込むというのは、さてはこの邪竜情に弱いのではなかろうか?もう少し情に訴えてみるか。でも、そういう方法で滞在許可されてもなんだか気にくわないし。


しばらくしてからファフニールの答えが出た。


「まぁ、僕一人で住むには大きいし、自分のことは自分でなんとかするのであれば、問題はない。好きにするがいい。この森に近づく物好きな人間はおまえ以外はいないだろうし」

「本当......!?」

「しかし、だ。僕はなにより自分の平穏を望んでいる。別に数十万の人間がここに攻められたくらいで負けることはないが、いちゃもん付けられて戦争が続くような面倒なことになっても本意ではない。なので......いくつか条件を付けさせてもらう」


・住処はファフニールとふたつに分けること

・人間に関する厄介ごとは自分で解決をすること


「条件は以上。僕は面倒なことが嫌いだ。これさえ守ってくれればおまえを容認しよう。好きにするといい。森でなにかわからないことがあれば聞け。くれぐれも厄介ごとは起こさないように」


ファフニールの条件に頷くと、私を一瞥して眠りにつく。しばらくすると寝息が立ったので会話の終了となった。


許しを貰えたので、ファフニールの寝床である洞窟を後にし、生活環境を整えるべく、住まいに向いている場所を探しに向かった。

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