さよなら….........?
春。雪が解けて一面の白は地の色に。そして、春の訪れを継げるように緑が増え始めた頃。
子供たちが来て約5年を迎えることとなった。約束通り、今日、子供たちを死海の森から巣立ってもらう。……も、らう。
「……うぅうぅうぅぅ」
「……送り出す姉さんが泣いてどうするのさ」
巣立つって思うと感情があふれ出して、涙が抑えられない。だって、あんな小さかったのに、こんなに魔法も使えるようになって、強くなって……。
「だってぇぇぇ、こんなに小さかった子供がこんなに大きく立派に育ってぇ……ううぅッ、ここを、巣立つって思うとぉ”……」
喉がきゅうっと締め付けられる。レオンの呆れたため息が聞こえたような気がしたが……。まさか……ね。
やはり、情はあるのだし、知らない子を送り出すわけではないのだから、泣くのはやはり当然。生理現象だと思う。
……でも、いくら悲しくてもここで送りだすことは変わらない。ならいつまでも泣いているのはよそう。最後くらい、かっこよく送り出したい。
でてきた鼻水をハンカチで拭く、目が赤くはれているような気がしないでもないが……まぁ、いいか。
「……ずびッ。忘れ物ない?お金は?必要なものは持ってる?」
「持ってるよ。心配性だな。……忘れたとしても元からなにも持ってなかったんだから気にしないよ。ポーションとか売って稼いだお金もあるし、必要なら買い揃えるよ」
「駄目!お金がもったいないでしょ!これからもっとお金がいるんだから!必要なものは持っておく方がいいの!」
「……お姉さん怖い」
しまった、ちょっと説明に力みすぎてレイナを怖がらせてしまった。他の子供たちもめちゃ引いてる……。これは反省しなきゃ。
……さて、忘れ物を確認して、なさそうだし。そろそろ彼らを本当の意味で見送らなきゃ。その前に。
「そういえば、あなたたちはこれからどこに行くの?レオンはアースガルド王国に行くらしいけど。あなたたちも一緒?」
「ううん……皆別々。俺とアール兄さんはカーバル皇国に行く。レイナとアースは南にあるエルス共和国方面に行くらしい。あそこは農業が盛んだから勉強したいんだって……」
「俺は王都で知り合った商人の伝手で皇国にあるダルス商会っていう薬草を扱う商会に入らないか誘われててさ。やることもないしそこに行くんだ。カールのやつは魔法石の勉強がしたいらしい。しばらくは一緒に行動する」
「そう、レオン、レイナとアース、カールとアール……別々の道に行くのね。……夢が見つかってなによりだわ」
……皇国。もう出て行って8年くらいになるけど、今どういう情勢なんだろう。聖女側と皇帝側が国を運営しているから、順当にいけば皇権交代はしているかもしれない。皇帝結構年だったし。
順当に行けばハルトが皇権を握るだろう。とすると……皇妃はミーユ?聖女で皇妃とか権威の重圧はんぱねぇ。私だったら絶対にごめんだ。
ま、この森から出ない限りは外の情勢なんて個人的には関係ない。……けど、不穏なら子供たちが心配だな。目の前の事柄でしか判断できない、皇帝としてのスペックが欠如しているあの2人の政権って……。考えただけでも頭が痛い。
「皇国って今の皇帝は誰なの?」
「たしか……ハルト・カーバルっていう人だったような気がする。……あ、皇妃の名は覚えてるよ。印象的だったしい、あの聖女様で有名なミーユ様だから」
あちゃ~
「あちゃ~」
「どうしたの?なにか不都合なこどでもあった?」
あ、しまった。つい心の声が漏れてしまう。……やっぱりハルトの治世か。これは先行きが不安でしかない。短絡的な思考で統治していれば国はすぐにでも崩壊する。
彼らが戦に巻き込まれないか心配だ。……はぁ、まだ子離れをさせてくれないか。運命よ。
「ううん。なんでもない。……決めた。あなたたち、生活が落ち着いてからでいいので、こまめに手紙を送りなさい。忙しくない時に会いに行くから。特に皇国に行くアールとカールは絶対よ」
「……!僕たちまた姉さんと会えるの!?」
「てっきり……もう会えないのかと思ってた」
送りだしたら会うつもりはなかった。なかったんだけど。送り出す先が不安な国に身を寄せるとなれば黙って見過ごせないし。
もしかしたら万が一に良い治世なのかもしれないけど。不安が解消されるうちは、様子見しよう。
「……でもこの森には人除けの結界が張られているんだよね?誰がこの森まで手紙を届けてくれるの?」
あ、そういえば。生き物1匹外部から侵入できないように魔素濃度をより濃く見させる幻術と、人が勝手に入らないように結界を張ってるんだった。おかげ様でこの5年、だれもこの森をさまよわない。
一部例外を覗いて不法侵入者が外部から入ることはできなかった。
転移魔法は思ったより魔力を消費するし、効率よく送るなら今のところ人手がいる……。
「ならば、従魔契約をしたらどうだ?意思疎通ができる魔獣なら契約者に忠実だし、大きい獣魔や知性が高ければ物運びはもちろん、戦闘や拠点防御の手助けにもなってくれる。魔族でもいいのだが、魔族の従魔契約は魔族そのものを奴隷にする意味合いがあるからおすすめはしないが」
背後から転移魔法で現れたファフ君は従魔契約についてより詳細な説明をしてくれる。
……たしかに、この森には私とファフくん。決められた森の出入り口付近以外では、魔獣が生息している。
そのどれもが知性の高いもので、凶暴性がない限りは契約で従えることができる。
魔獣とかに関してはまだ調べてなかったな。
手紙を確実に送る方法として魔獣との従魔契約を考えてみてもいいかも。
「ファフくん、ありがとう。その方法で検討してみる。まずは魔獣探しか」
「そうか――では――」
「あなたたちもそれでいい?まだ未定だけど、契約した魔獣に手紙を送るという方法で」
「「「「「異議なーし」」」」」
「…………ちッ」
今なにかファフくんが言いかけた気がした。しかもなんか不服そうに舌打ちしてるし。え?なに?なんなの?なんで急に不機嫌なの?
「なにかいいたいことでもあるの?」
「……別に。なにもない。なんでもない。だからこっちみるな」
口をへの字に曲げて顔を見せないように反対に向いてしまうファフくん。……ま、本人がいいっていってるしいいか。
では、本当に彼らを送りださなければ。日も暮れてしまう。
「じゃあ、私の従魔がきたらよろしくね。さよなら……じゃなくて、また会いましょう!」
もう会えなくなるわけではない。これからはしばらく手紙のやり取りや顔を見る機会があるから。レオンは横に並ぶ子供たちに先頭に経って前に出た。
……どうしたんだろ。まだ、なにか……。
「姉さん……いや、深淵なる森の魔女、エミリア様。僕たちを見棄てず、今日まで育ててくれてありがとうございました!もし、あなたが困ったとき、危機を感じたら今度は俺たちを頼ってください!必ず力になれるように努力します!力になれるように、力をつけます!あなたやファフニールに恥じないような人生を送ると約束します」
「「「「ありがとうございました!」」」」
代表してレオンが深々と私とファフくんに向けて礼を取る。子供たちも声を揃え、練習してきたかのようなきっちりとした動きで礼の言葉を述べた。
その言葉は胸がじんわり温かくなって、耳に残るように声が広がる。転移して10数年……今が嬉しい瞬間かも。私の心が彼らに届いたのかと思うと涙を流さずには居られない。
「うう”ぅ……最後まで泣かせてくれるじゃないの……ほら、早く行って!陽がくれちゃうから……」
「まったく、姉さんは泣き虫だな……」
力なくほほ笑むレオンと、暖かい目を向ける子供たち。私は指先を虚空に向ける。ここの空間と森の入口に通じるゲートを開く。これでものの数秒で森の外に出れる。
……同時に私やファフくんの許しがない限り、魔力回路が安定したこの子たちは二度と入ってこられない片道切符だ。
会釈をしてまずはアース、レイナ、アール、カール、そして最後にレオンが通った。
無事に森の外に出たことを確認して転移魔法を閉じる。賑やかだった庭にはもうファフくんと二人。空気は閑散としていた。
「……いっちゃったか。元気でいるといいね」
「さぁな。人の世界は物騒だから生きてられる保証はどこにもない。……が、僕たちの教え子だ。強く、逞しく生き抜くだろう。簡単には死なんさ」
寂しさを抱いていると、ファフくんは肩を抱き寄せてくれた。今日はヤケに積極的じゃんとノリツッコミはしない。彼なりの優しさ、気遣いが見えたから。
……というか、ファフくんも意外に鼻声じゃん。
私たちは彼らが人の世で天寿を全うすることを信じた。
「……さて、春っていっても寒いし家の中に戻ろうか。今日は共和国から仕入れたお米で作った秘蔵のお酒あけちゃおう」
「あの……伝説の二ホンシュというやつかッ……!おい、あんな上物を出すんだ、つまみも奮発しろよ?」
「ま、いいか。じゃあちょっと死海の湖までいってみる?あそこにいる魔魚が……」
「いいな。賛成だ。ではなるはやで僕が調達しよう。調理は……」
「まかされた!準備しとくよ!お刺身にする?小型コンロ設置してセルフてんぷらにしようか?」
「あれはでかい。両方やっても余りあるだろう……では、僕は行ってくるので、準備は任せたぞ」
 




