というわけで~
「というわけで今日から君たちの先生になるファフくん先生です。一応この森の主なので失礼のないように!」
創造魔法と錬金術を合わせて作った私の趣味前回のパンク風な衣装を急いで拵える。
ファフくんは鬱陶しそうに口をへの字に曲げたが、私にも、子供たちの教育上にもよくないので、無理にでも服を着てもらった。
未だファフくんへの不安が残るのだろう、レオンは叱られた子供が母親の顔色を伺うがよろしく、ファフくんへなんども視線を送った。ファフくんはそんな視線に慣れているのか、それとも興味がないだけなのか、まったく気にする素振りはない。
ファフくんの正体を知らない子供たちは「新しい先生?」と首を傾げている。ファフくんはファフくんで、それは面倒そうに深いため息を吐いた後、私を一瞥して子供たちを見渡した。
「……僕こそは伝説の邪竜ファフニールそのものである。利害関係が成ったので特別におまえたちの魔法の面倒を見てやる。感謝して咽び泣いてもよいぞ?こんな機会、二度と訪れないのだから」
「ふぁふにーる?」
「ほら、お母さんたちがたまにお話で聞かせてくれた伝説の……」
「本当に邪竜なの?お姉ちゃん知り合いなんだ!すごーい」
思ったより軽い反応だった。もっと疑ったり、怖がったり、泣いたりするのかと思ったけど。……レオンがファフくんに対して怖い印象を抱きすぎていただけなのだろうか。ふとファフくんの顔色が気になったので、バレないように観察してみる。
思ったのと違う反応で驚くのかな、と思ったら結構どうでもいい素振りを見せていた。作ったレザーパンツのポケットに手を入れて子供たちが大人しくなるのを待っている。
意外な反応だった。ファフくんは私の心の中を読んだのか、「ガキ相手に一々目くじら立てても仕方ないだろう」と切り返した。
「おまえとの契約だから子供たちにはそれ相応に寛大に接してやる。役目も全うしてやろう。……だから、その。忘れるなよ?」
ファフくんは生唾を飲み込んで再度契約事項の確認を促す。
「もちろん、わかってるよ。子供たちに魔法を教えてくれる代わりにお酒を作るんだから。1週3樽で」
「5樽より少ないが……まぁいい。人間姿なら胃に入る容量も人間のものに適応するしな」
「じゃあ、別に1樽でよくない?」
「駄目だ。酒は保存が聞くし、どうせすぐに飲み干してしまうから」
そうだよね~。わかってたけど。ま、約束は約束だし。大きく頷いて、私たちは子供たちに向けていった。
「これからはファフくんが魔法を教えてくれるし、読み書きや算術は引き続き私が教えるからそのつもりでいてね」
子供たちはそろって返事を返す。そういえば、とファフくんが言葉を続けた。
「このガキたちにどの程度の魔法を教えてやればいい?」
「んえ?」
……どこまで?そういえばどこまで教えるか考えてなかった。ずっと外で生活していけるちょっと上を目指して教育していたし。
こまったようにえへへ、と愛想笑いを浮かべてみると、それはもう厄介ものを見るような目で睨んだ。
「教育方針は経っていても基準が定まっていないではないか。……それでよくガキたちに魔法を教えていたものだ」
「とりあえず基礎は出来てると思うから、外に出して……皇国の兵士を1撃でノせる程度を目指して……」
「ふーん。……おい、そこの金髪のデカいガキ。お前だ、……レオンと言ったか。おまえがどこまで魔法が使えるのか試しに僕に一撃入れてみろ」
ファフくんは親指で自分をさしてアピールをする。突然の指示に、畏怖の念を抱いているレオンは「え」と唖然とするしかない。数秒後、あたふたした様子で……。
「ファ……ファフニール様に攻撃をするなんて滅相もない……!そんなことをしたら……」
「僕がいいと言っているんだ。それとも僕がおまえ如きの攻撃で傷を負うと思っているのか?それはそれで舐められたものだ」
「……姉さん」
レオンは困った様子でファフくんの隣に立っている私を見た。……もちろん、親指をグッと立てて「頑張れ」の意を表してみた。
「ね~え~さ~ん~ッ!」
「大丈夫。ファフくんがいいっていったんだし、思いっきりしちゃって!それで怒るタマじゃないし、……あなた程度の実力じゃファフくん、死なないから」
もう一押しすると、レオンは涙目になりながらも頷いた。決心はついたみたい。
得意な肉体系強化魔法を使う気なのか。格闘技よろしく、拳を前に突き出すようなポーズを取った。意を決したことを悟ったファフくんは興味深そうに唸った。
「思いっきりかかってくるがよい。僕は防御はしない」
ファフくんは余裕をこいたニヒルな笑みを浮かべた。レオンは砂利を踏みつぶし、じりっと足音を響かせる。
私は万が一の為に子供たちの前に移動して、防御魔法で障壁を張る。
「……では、行きますッ!肉体強化!鋼化付与――でやぁッ!」
レオンは自分に肉体強化の魔法を掛けて一気に足を踏み込んだ。地面はぬかるんでいるはずなのに、まるで泥に足を取られる様子はない。
「ふ、そんななまっちょろい一撃、僕に通用すると思っているの――」
ファフくんは、余裕をかまして防御魔法ひとつ使っていない。生身でそのまま攻撃を受ける気だろう。――どうなるのだろう。……レオンに対する心配は杞憂で終った。
「――ぶふぉッ」
バコン。それはいい音を響いて、レオンの右ストレートがファフくんの頬に入った。人間であってもあの伝説の邪竜を。余裕をかましていたとはいえ、レオンはファフくんをそのまま殴りで右にすっとっばした。
……私も予想だにしなかったが、その前に。ファフくん...…ちょっとかっこ悪いよ。
「かっこ悪いではないわ!痛った~!おま、これ……魔法を学び初めて1年ちょっとのッレベルではないだろうが!」
地面に埋まった頭を挙げて最初に言った言葉は私への苦情だった。だって、こんなに強いなんて思ってなかったし。
「レオンは肉体強化魔法しか使えないから……。これって強いの?」
「阿呆!肉体強化魔法が使えるなら先に言え!肉体強化魔法は使い手が少ない上に、戦士職じゃないと使いこなせない希少魔法だぞ!僕は魔法に対しての耐性はあるが、耐人戦……生身の攻撃には滅法弱いんだ!こんなもん、魔法と呼べるか!魔法が使えると言えば普通攻撃魔法だろう!」
肉体強化魔法についての文献なんてなかったし、魔法の練習過程でたまたま行きついた魔法だから私のオリジナルかと思ったけど……そんなに希少だったんだ。
肉体の強化しか使えないし、ファンタジーぽくないから、レオンは適正はないのではないかと思ったけど……逆にそれが凄かったんだ。
「他の4人なら一応攻撃魔法は使えるけど?」
「……使える魔法の中で強力な攻撃魔法は?」
「ええと……アースの彗星爆発……?昔皇国で読んだ攻撃魔法の文献で名前がかっこよかったから覚えたらいいかな~って......。でも、それ使うと体の中の魔素量が逆に減りすぎちゃうから使わせないでね?」
そう回答すると震えるファフくんの体の動きがぴたりと止まる。そしてすぅ…...と息を吸って、吐いて。言葉をため込んで。
「馬鹿者!!対国戦の極大魔法を覚えさせるなど、おまえは世界を滅ぼす気か!」
人間の姿のはずなのに、その怒号に反響するように木々が揺れた。待って、なにか悪いことした?きょとんとしていると、ファフくんはまるで痛い子を見るような可哀相な目で私を見た。
「......天才を天災と呼ぶとは誰が言ったものか。いいか、賢者よ。おまえの行い自体は善意でおこなったかもしれん。だがな、この世界の常識においては悪意そのものだ。おまえは子供を戦争の道具にでもするつもりなのか?」
ファフくんの諭す声にようやく、私が彼らたちに教えてきた魔法が危険なものなのか理解した。たしかに、よくよく考えれば使い方を間違えれば多くの人を殺しかねない魔法だ。
......何故、教える時に深く考えなかったのだろうか。もし、ファフくんが子供たちの魔法が扱えるレベルに気づいてなかったら、間違えた方法でこの森から送り出しているところだった。
「......ごめんなさい。使えたら、楽しいかなって」
「無知なものに教えるのはよきことだが、善悪のわからない子供に戦争魔法を教えてどうする。教えるにもその魔法を使えばどういう結果が及ぼされるのかまで考えて教えろ。魔法は使い方によっては人を救世主にもするし、殺戮者にもする。よくよく覚えておけよ」
優しい言葉で教えて、叱ってくれたファフくんに感謝しかない。
「ありがとう、ごめんなさい......」
「わかったならいい。おまえへの追加講習代として追加の酒を要求する」
......相変わらず抜け目ないな!教えてくれたお礼に、今日の夕飯に開発中のビールを提供すると約束すると満足気にほほ笑んだ。
これを糧にもう同じ過ちは繰り返さないようにしよう。
そう心に決めた頃、ファフくんは子供たちに向き直った。
「まず、僕がガキたちに教えられる魔法はない。あったとしても国を滅ぼしうる危険なものばかりだ。......そしてガキたちの教育方針も決まった。――おまえたちには人の世界で十分に役に立ち、身を守れる程度の魔法の知識を身に着けること。そしてその身にある魔法の制御方法。極大魔法に該当する魔法の封印を行う。いいな」
教育方針を子供たちに継げると、子供たちは「はーい」と手を挙げた。
レオンは別で......。
「肉体強化自体は使い手によっては十分に役に立つ魔法なので、おまえは俺と一緒に体術の訓練だ」
とファフくんは提案すると、レオンはそれはもう嬉しそうに元気よく声をあげた。
なんだかんだで、子供たちと仲良くやれそうだな。そう目端で思って、ファフくんに子供たちを任せて、今日はファフくんへのお礼もかねたビール作りに勤しむ。




