94. 問題児は寝不足を恨む
ここはいい。
まず空気だ。本特有の匂いに包まれていると気分が落ち着く。
そして誰も来ない……のは当然だな。今授業中だろうし。
「やはり図書室に限るな」
「だよねー」
わざわざ顔を上げて確認する必要もない。
この時間の図書室に居る奴なんて、彼女以外ありえない。
「ルカ。お前、生きていたのか……」
「恥ずかしながら、帰って参りました!」
適当に軽口を飛ばし合うと、彼女は俺の正面に腰かけた。
「大分疲れてるみたいね。なんかあったの?」
「昨日の一件だよ。むしろお前は、よくそんな元気そうにしてられるな」
「まぁわたしは何もしてないし」
俺は先をうながし、詳しい話を聞き出した。
所々面白そうな情報はあったが、結論から言うとあれだ。
ルカは本当に何もしていなかった。
「マジで座ってるだけだったのか……?」
「というか余計な事はするなって、先生に言われちゃったし」
人の話を聞くほど真面目だったか?
いや、非常時はふざけないって事か。
「それに騎士団の人も居たから……あっ! 思い出した!」
「ん?」
突然大声を出すもんだから、思わず顔を上げてしまった。
「一人めっちゃ強い人いたんだよね!」
「やめてくれ。そんなに褒められると照れる」
「いや、レイシスの事じゃないし」
だろうな。
そもそも俺ら、顔を合わせてすらいないし。
「で、どんな奴だったんだ。 団長か?」
「ううん、別の人。団長はわたしと同じで座ってるだけだった」
「お前と一緒にするな。失礼だ」
というか指揮をとる立場なんだから、最前線にいる方が問題だ。
「えーっと、なんて名前だったかなぁ……。ビリビリしてる人なんだけど……」
「ビリビリ? なんだそりゃ」
「使ってる魔法がどれもビリビリバチバチしてた」
あぁ、なるほど。
そんな特徴的な魔法を使う実力者は多くない。
騎士団の中だと彼ぐらいじゃないだろうか。
「ディンバス少尉か?」
「あーそれだ。『雷速』のセルジ」
ルカがあまりに失礼すぎて、つい苦笑いしてしまう。
流石に呼び捨てはどうにかして欲しい。
「あの人、たった一人で敵をなぎ倒してたんだよね。もしかしたら団長より強いんじゃないの?」
「んなわけあるか」
今回は市街地戦、『雷速』に有利な地形だったに過ぎない。
騎士団長の方が十分化け物だ。
「ルカだって『精霊剣』ぐらい知ってるだろ」
「団長の継承魔法だっけ? 名前は聞いたことある」
「あれ、やろうと思えばシトリスを丸ごと消し飛ばせるぞ」
「……はい?」
ルカは間抜けな顔になると、一拍置いて聞き返して来た。
そうなる気持ちは分からなくもない。
「だから町を一つ消し飛ばせるんだよ。あの魔法は」
「冗談とか比喩じゃなくて?」
「大真面目かつ真実だ」
精霊剣、正式名称は《"スピリット・マージ"》。
諜報部である第二中隊の試算では、地図を塗り替える規模の破壊力を有し、一戦闘を勝利に導く危険性があると判断されていた。
つまり戦略級魔法という奴だ。
騎士団長は『翼』に匹敵する魔術士と言ってもいい。
「うーん……」
ルカは突然、ジロジロ俺を観察し始めた。
ちょっと居心地が悪い。
「何だよ、文句でもあるのか?」
「そうじゃなくて、レイシスがふざけてるように見えないなーって」
「は?」
意味が分からん。
「いやね、何でそんなこと知ってるのか不思議で」
「……暇つぶし程度にやった概算の結果だ」
「なんか今、変な間が無かった?」
「気のせいだ。忘れろ」
よくよく考えれば、団長の魔法を俺が知ってるのもおかしな話だ。
ミスったな。これも寝不足の影響か。
「でも町丸ごとかぁ。いいなー、わたしも第六章欲しいなー」
「一体なにがしたいんだお前は……」
そんな不純な動機で魔法を求めないで欲しい。
「だってそれほど強力な魔法があったら、好き放題自由に暮らせそうじゃん」
「アホか」
「いで――っ!?」
しまった。ルカがあまりに楽観的過ぎるせいで、思わず手が出てしまった。
「ちょっと! 突然なにすんの! 痛いじゃん!」
「お前が変なことを言い出すからだ」
戦略級魔法を使える奴なんて、国から見れば貴重な戦力だぞ。
自由なんて程遠い、束縛された人生一直線だ。
「だって欲しくない?」
「持ってても使う機会なんて、ほとんど無かったぞ」
というか戦略級魔法は強力過ぎるせいで、気軽に使えないと言った方が正しい。
「……? わたしが言ってるのは自由の方だけど」
「なんだそっちか」
てっきり魔法の方かと思った。
そもそもお前、今まさに自由に過ごしてるだろ。
「――ってちょっと待って! 今レイシスが考えてたのって、もしかしてこの前言ってた第六章のこと?」
「まぁそうだな」
彼女に答えた瞬間、何故か突然笑顔で見つめられた。
「それってつまり、レイシスが持ってる魔法も町一つ沈められるってことだよね?」
……ふむ。
今日の俺は、やはり寝不足だな。
「おやすみ」
「待て待て待て! 寝るなー!」
顔を伏せようとしたが、寸前で体を抑えられた。
「なんたらノア、わたしにも教えて!」
「おやすみ」
今度こそ頭を机へ――。
「っておい! お前!」
「教えてくれるまで絶対逃がさないから!」
気付けば俺が反応するよりも早く、後ろから羽交い絞めにされていた。
この距離を詰める最速の動き、驚くべき身体能力だ。
「おま! 離れろ! てか胸当たってんぞ!」
「そんな事どうでもいいしー。うりうりー、レイシスの大好きな巨乳だぞー」
もう少し、女性としての嗜み的な物を学んで欲しい。
あと人の性癖を勝手に作らないで欲しい。
「これ以上ふざけるなら実力行使に出る」
「え……」
脅しが効いたのか、不意にルカの拘束が弱まった。
力を入れれば抜け出せそうだ。
「わたし、今から滅茶苦茶にされちゃうんだ……」
「おい」
振り返ってみれば、彼女の目は潤んでおり、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
心底不安、でもこの先に起こる出来事を想像してしまった、という羞恥の入り混じった表情。
もちろんその手に引っかかる気はない。
どうせいつもの演技だ。
「――あいたっ!?」
「じゃあな」
俺はルカの額にデコピンを撃ち込むと、するりと抜け出しこの場を後にした。
「ひどい!! レイシスの馬鹿!!」
うるさい。




