88. 異端の翼は首をひねる
敵がフィリアでないと分かった以上、俺がやるべきことはひとつしかない。
装備の出所の調査だ。
そもそも封緘魔莢は通常の魔導具じゃ扱えない。
少なくとも俺が知る限りでは、フィリアの持つ魔導具でないと無理だ。
アレこそ他人が使えるように調整されていないため、現実的に考えれば封緘魔莢に合わせた魔導具を別で用意したと考えられる。
そういう点も含め、早いうちに情報を手に入れておきたい。
「そろそろ一気に距離を詰めるか――」
ここから屋上まで、だいぶ高さがある。
さっさと飛んでしまった方が早いだろう。
「よし、始めるぞ」
俺は疾風の書で足元の空気を圧縮、そのまま爆発させた。
アリシャが好んで使うやり方と同じ方法だ。
が、俺には彼女のように複雑な飛行(?)はできない。
このまま屋上まで一直線に進めば、さすがに何発か食らってしまうかもしれない。
逆に言えばそれだけだ。
頭に当たりそうな物だけ顔を逸らせばいいし、身体に食い込んだ弾丸は《"ガスト"》で取り除けば問題ない。
ぐんぐん近づいていく校舎の屋上。
俺はそこから飛んでくる攻撃を無視して、ジッと目を凝らしていた。
まるで陽炎のように、不自然に歪んでいる箇所がある。
あれが狙撃手で間違いない。
「左足に二発、右側の腹部に一発か」
計三発、しかも急所ですらない。
やはり下手クソだな。
こっちは直線で動いてんだぞ。
最初は腕のあるヤツだと思っていたが、自分の居場所がバレた途端これか。
結局このまま進んてみたものの、さらに被弾することはなかった。
やがて屋上に滑り込んだ俺は、その勢いのまま両手の炎剣を振り下ろす。
敵の息を飲む音が聞こえたのは気のせいじゃないだろう。
次に鳴ったのは鈍く低い音。
斬撃を受け止められた、のだろうか。
しばらく鍔迫り合いによる力比べが行う。
だがこのままじゃ埒が明かない。
俺は状況を変えるべく強く弾き飛ばすと、人型の陽炎が大きく揺らめいた。
少々見づらいがどこかに移動するのだろう。そんな風に予測を立てていたというに。
敵はあろうことか、自身の光学迷彩を脱ぎ捨てた。
右目にある大きな傷のせいだろうか。
片目だけが開いている長髪の猫耳族。ゴツい体格から見て男だろう。
彼は俺を射抜くように睨むと、小さく口を開いた。
「事前に話は聞いていたが、こりゃ引き受けるべきじゃなかったなぁ……」
右手に握られているのは赤い刀身の短剣。
背負っている長身の魔導具が狙撃の際に使っていた物だろう。
「まあ今さら嘆いても仕方ない。――――ここで仕留める」
そうつぶやいた瞬間、敵の姿がスッと消えた。
「……は?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
もちろんちゃんと右手の剣を動かして、後ろからの斬撃には対応してある。
俺は振り向きながらつい声を掛けてしまった。
「その魔法、凄いな」
「おいおい。初見で見抜いて来るって、化け物かよ――!」
バックステップで俺から距離をとったかと思えば、またも突然消える敵。
次は――――。
「――――左か」
今度は炎剣で防がず、一歩踏み出して攻撃を避ける。
そのまま身体を翻して反撃。
だが当たる寸前で敵の姿が掻き消えた。
気付けば最初に睨み合った位置。
彼はそこで短剣をクルクルと回していた。
「なぁ坊主、アンタ一体何者なんだ?」
「ただの学生だよ」
空間転移? 超加速?
いいや、どれも考えづらい。
前者はそもそも実現できるのかすら怪しい。
百歩譲って誰かが開発に成功した、という線ぐらいだろうか。
後者に至ってはあり得ないと言い切れる。
一言で言えば「目にも止まらぬ速さ」という奴だが、たとえ姿が見えなくても何かしらの痕跡が残るはず。
だが俺が反応できたのはどれも攻撃の直前だけだ。
「ただの学生なぁ……? 子供を殺せって話が回ってきた時点でつい笑っちまったよ。コイツは俺をバカにしてんのかってね」
彼の言葉を額面通りに受け取るなら、誰かに俺の殺害を依頼された、なんてところだろうか。
「面白い武器が貰えるって言うから楽しみにしてたが……」
なるほど。装備の出所はそこか。
依頼主を探し出し、問い詰める必要が出て来たな。
「……どうやら面白いのはそれだけじゃなかったらしい。アンタ、名前は?」
「教える意味がない。必要もない」
「へへ、そうかよ」
彼はそう言いながら、背負っていた狙撃用魔導具を放り捨てた。
細かい部分は違うようだが、フィリアの物によく似ている。
俺はチラっと魔導具を確認すると、すぐに視線を戻す。
「いやー悪かった。認識を改めよう」
回していた短剣が逆手に握られ、男の気配が変わった。
「――アンタは俺の狩りに相応しい男だ」
その宣言を聞き終えた頃には、もうその場から姿が消えていた。




