87. 異端の翼は落胆する
俺とノーラで考え出した魔法技術の中に、現代の狙撃の常識を大きく覆す可能性を秘めていた物がある。
それの一つが封緘魔莢。
今俺が受けた攻撃がまさにこれだ。
「《"タービュランス"》――!」
右肩の創傷……つまりケガから見て、狙撃手がいる大体の方角は分かった。
距離を詰めれば手の打ちようなんていくらでもある。
強いて挙げるなら、まさかあんな場所にいたとは思わなかったくらいか。
「これがいわゆる『灯台もと暗し』、って奴か」
俺がいま向かっているのは校舎の屋上。
ついさっきまで真上にいたなんて流石に予想出来なかった。
たしかに360度見下ろせる場所なのだし、狙撃ポイントとしては悪くない。
だがそれは逆に言えば、どこから見上げても見える場所ということになる。
「いや、そう言えば敵は光学迷彩を所持していたな……」
であればデメリットもいくらか緩和できる。
これだけの短距離から狙撃されるなんて普通なら考えない。完全に盲点だった。
「おっと」
走りながら前方に風の壁を展開、飛んできた敵の攻撃を抑えこむ。
爆発を待っている時間はない。
俺は空中で制止した人差し指ほどの大きさの物を横目に駆け抜けた。
真鍮の特徴であるやや鈍い金色、そしてあの大きさ。
くわえて魔力がまったく感知できない特異性。
やはりあれは封緘魔莢で間違いない。
魔術士は狙撃を行う場合、専用の魔導具を用いるのが一般的だ。
製作者や地域によって設計思想に差異はあれど、絶対に共通している部分が一点だけある。
それは魔法を発動する際、周囲に散ってしまう魔力を抑え込む、という点だ。
魔法を使えば当然魔力が漏れるわけだが、狙撃用の魔導具はあらゆる手を尽くして、これを防ぐことを目的としている。
狙撃はとにかく一射目が重要になる。
こんな面倒な機能を魔導具に持たせたのも、直前まで対象に勘づかせないための工夫だ。
とはいえいくら頑張っても限度がある。
あのノーラが作成した魔導具ですら、魔力の流出率を18%に抑えるのが限界だった。
「――っと、今のは良い狙いだったな」
俺は身体を逸らして狙撃を避ける。
やはり事前に射線を予測できないのは脅威だ。
これこそが魔力流出率0.02%の世界。
俺たちが開発した、封緘魔莢の力だ。
原理はそこまで難しくない。
魔力を通しづらい真鍮製の金属ケース……俺たちは弾丸と呼んでいるが、あらかじめここに魔法を記憶させ、必要最低限の魔力も封じ込めておく。
この魔法は着弾をトリガーとして発動する仕組みだ。
あとは狙撃を行う際、極小の魔力で疾風の書を使えばいい。
飛ばす対象は人差し指ぐらいの小さな物なのだから、使う魔力だって当然少なくなる。
狙撃用の魔導具も併用するのだから、魔力が漏れてもせいぜい人一人分の距離だ。
使用者以外が魔力を感知するのは不可能に等しい。
「まぁだからこそ、こんな面倒な事になってるわけだが」
ここまでずっと避け続けてはいるが、ぶっちゃけほんど勘と力技だ。
あそこらへんに飛んできそう、さっきこう動いたから次はココだろうな。
あ、これヤバいから疾風の書で無理やり進路変えておこう。
なんて感じの連続である。
だが向こうはそんな俺の適当具合に気付いていないのか、徐々に焦りが見え隠れし始めていた。
距離を詰めるごとに、どんどん狙いが甘くなっている。
残念だが、どうやら今回はハズレらしい。
この狙撃手はフィリアじゃない。
もし彼女であれば、焦るなんてことは起こりえないのだから。




