86. 異端の翼は冷や汗をかく
アリシャたちを置いて走り続け、遠く離れた耐魔レンガの壁の上。
俺はここで、追ってきた敵たちと対峙しながら過去を振り返っていた。
今の俺に、死ぬ予定はない。
アリシャに告げたその言葉は本心だ。
今思えばベイルにやられた死の偽装だって、やろうと思えば自分でも出来たはずだ。
そうすればあらかじめ、みんなに知らせておく方法だって取れる。
もしそれが無理なら竜翼魔術士団とやり合う、なんて馬鹿な方法でも良かったかもしれない。
あの時は真っ先に自分から否定した案だが、俺がちゃんと本気を出せば何とかなった可能性も十分にあった。
たしかに『翼』は強敵揃いだ。
だが勝つことが不可能とまでは言い切れない。
結局俺はあの日、第零小隊とドラグシア、そのどちらも選ぶことが出来なかっただけだ。
どちらかを捨てる覚悟が……魔法を使う覚悟が俺には欠けていた。
「潺の書、第三章、第十二節より引用――」
だからこそ、俺はもう迷わない。
逃げることは、許されない。
「《"グングニール・コンバージョン"》……」
真上に放り投げた水球が、ピタリとその場に制止する。
「《"弾丸拡散"》――!」
四散した水球が作り出したのは小規模の雨。
だがその一粒一粒が死を生む。
やがて敵の頭上に降り注いだ雨粒は、彼らに触れると同時、無数の氷に貫かれていった。
さっきアリシャには目立つような殺し方はするなと言ったが、これでは人の事を言えない。
まあ仕方ないだろう。
一人も残さず殲滅するためには、この方法が一番手っ取り早かったのだから。
「いや、少しミスったな」
背中に向けて炎剣を構える。
瞬間、何もない空間から飛び出してきた短剣とぶつかり合った。
俺はそのまま振り返ると、虚空へ向かって手を伸ばす。
「コ、コイツ!?」
「ふむ、やっぱりな」
首と思わしき部分を掴んだまま強く揺さぶると、空気が陽炎のように揺れた。
「空間の歪曲率から見て14式光学迷彩か。一体どこで拾ったのやら……」
人型として認識できる陽炎がかなり大きい。
つまり周囲の空間を歪ませきれていない訳だが、この特徴は一世代前の装備と一致する。
もちろん取り扱っていたのはドラグシア王国。
そう、竜翼魔術士団で採用されていた物だ。
「その装備、誰から渡されたんだ?」
「お前なんぞに言う訳ないだろ!」
「そうか」
俺は触れている部分を起点に、烈火の書で敵の体内を爆発させた。
あの声音だとおそらく何も知らない。
尋問するだけ時間の無駄だ。
「この化け物が!」
なにやら背後から声が聞こえたが、すでに魔法は放ってある。
直後に降り注ぐ八本の《"フロスト・スピア"》。
大体の位置は気配で分かっていたため、先手を打っておいて正解だった。
「にしても……」
今回の敵は錬度が低い。
本当にあの森で戦った連中と、同じ組織の人間なんだろうか。
奇襲をかける前に声を張り上げている時点で、真面目に俺を殺す気があるのかすら怪しい。
そんな事を一瞬考えながら、今度は左に剣を振るう。
たったそれだけの反撃で、こちらに近づいて来た敵の首が飛んだ。
やはり歯ごたえがない。
どうも様子が変――。
「――――!」
風切り音が聞こえ反射的に左に跳ぶ。
だが反応が遅れたせいで間に合わず、右肩に何かが直撃した。
「これか――!」
騎士団が手を焼いたという予測の出来ない狙撃。
飛来した金属塊は貫通することなく肩に残る。
あの弾速でこうなるのはおかしい。
この瞬間、キールの話を聞いた時に抱いた疑念は確信に変わった。
「――っ! 《"ガスト"》!」
急いで左手を傷口のあたりに捻じ込み詠唱する。
すると金属塊が風に押し出され右肩を貫通、体内から排出された。
さらに《"タービュランス"》を無詠唱で発動、無理やり身体を吹き飛ばす。
やがて耳に入ってきた爆発音と俺の着地。
タイミングはほぼ同じだった。
「流石にヒヤっとしたな」
間違いない。
今食らったあの攻撃は、俺がフィリアに預けていた物だ。




