8. 異端の翼は測定を誤魔化す
視界いっぱいに広がる亜人たち。
だが人族も決して少なくは無い。
いや、ここが亜人領であることを考えればむしろ多い方だろう。
ここはシトリス。
亜人領最大の国、エーリュスフィア王国が誇る大都市のひとつだ。
「来るのは初めてだが、なかなか賑わっている場所だな」
「これでもエーリュスフィアにある都市の中では一番じゃないのよ?」
「うへぇ……」
これで一番じゃないって、首都の方はどんだけ凄いんだ?
それに白を基調とした街の至るところに意匠が施されているのも驚きだ。
樹海をひとつ隔てただけでここまで変わるものなのか。
「いい場所だな。ドラグシアに帰る気が無くなるくらいだ」
「レイシスさんが暮らしていたところはどんな場所だったのですか?」
聞かれた俺は無意識に空を見上げ、ドラグシアの街並みを頭に思い浮かべていく。
「そうだな、もっと実用的というか無駄が無いというか……」
「殺風景、ということでしょうか?」
「いやそこまでじゃない。竜をモチーフにした物はそこら中に散らばってはいるんだが、やっぱり軍事設備が目立つんだよな」
ドラグシアは竜が暮らしていた国、なんて言い伝えがある国だ。
そのせいかあの国では竜に対する信仰が根付いている。
他の国で言う神様だったり精霊のようなものなのだろう。
だからこそ竜を模した物が街に溢れているのだ。
「ドラグシアって言えば人族領最大の魔法国家でしょ? 街並みが凝っていても不思議じゃないと思うんだけれど……」
「人族にとって魔法はただの道具なんだよ。向こうの風景なんてここと違ってどこも味気ないもんだぞ」
人族には亜人のように、精霊の力を借りるだとかそういう思想は無い。
いや、中にはいるだろうがやはり少数派だろう。
現代魔法の土台である『魔法書』のシステムを最初に考え出したのは人族だ。
しかも詠唱の短縮やら無詠唱の技術まで確立している。
亜人種と違って身体能力が劣る分、そうせざるを得なかったとも言えるが。
――ドラグシアの話をしたおかげで重要なことを思い出したな。
「俺が人族領から来たことは秘密にしておいてくれるか?」
またエルデルドの時みたいな面倒ごとに発展するのは控えたい。
「分かっているわよそのくらい」
「もちろんですよ」
ふたりとも理解があって助かるな。
フレイヤはまだしも、ミーリヤに関しては最悪アリシャみたいに面白半分で言いふらすかと……。
「ちょっと、なにか変なこと考えてない?」
「いやなにも」
ミーリヤは勘が鋭い、と。
覚えておくとしよう。
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俺たちは数えきれないほどの入学希望者に紛れて並んでいた。
「めちゃくちゃ人が多いな。これ本当に全員試験を受けようとしているのか?」
「そりゃそうでしょ。試験は今日しかないんだから、混雑するのも当然だと思うけれど」
それにしたって人が多い。
もっとこう、選ばれし魔術士志望者だとか有力貴族ばかりだと思っていたんだが。
農民みたいな奴まで混じってるぞ。
「……あ、もしかしてレイシスさんは全員が入学しようとしている、そう思われていませんか?」
あれ、違うのか?
入学試験なんだから入学希望者しかいないと思うのだが……。
「そういうことなら確かに納得だわ。ここって学校のレベルが高いせいか、どうも腕試し気分で来る人が多いのよね」
「そういえばフレイヤがこの前『試験といっても入学資格を得るためのもの』なんて言ってたな」
つまり試験にパスしたところで入学するかはまた別の話ということか。
その後も彼女たちから試験のことを聞いていく。
だが列が進むのはあっという間だ。
どうやら試験を受ける教室まで案内されるらしいのだが、3人で並んでいたため全員違う場所になるようだ。
「そんじゃ後でな。お前ら頑張れよー」
「それはあんたもでしょ」
「レイシスさんなら絶対に大丈夫ですよ!」
ひらひらと手を振って別れを告げると、受付にて案内された教室へと向かう。
その最中に他の教室を魔法で覗いてみる。
が、どうやら反探知系の魔法が掛けられているらしく確認できない。
受験者の大体のレベルを知りたかったんだがな……。
魔術士としてのプライバシーはきっちりと守っているようだ。
まぁ貴族が多いってことは、個人の優秀さも駆け引きの材料になるだろうし当然か。
「っと、もう着いたのか」
気づけば指定された教室の前。
俺はブレスレットに問題が無いか確認し、扉を開けて入室する。
中には眼鏡を掛けた一人の女性が立っていた。
制服を着ているあたり在学生だろう。
「確認しますので、お名前をよろしいでしょうか?」
「レイシス・ロズウィリアです」
おそらく受験者で間違いないかの確認だ。
受付で書いた名前と合致するか連絡でもしているのだろう。
ちなみに偽名を使うか当然悩んだのだが、アイツらに見つけて貰える可能性を少しでも上げるため本名を記入した。
もちろん全力で探すが、それでもキッカケは大いに越したことはない。
当然追手が居た場合の危険性も上がるわけだが……。
それでもこの前と違って自国では無いのだから、今度はそう簡単に手出し出来ないだろう。
暇つぶしがてら今後の方針をぼんやりと考えていると、試験官の学生がこちらに視線を向けてくる。
確認作業が終わったのだろう。
「お待たせしました。問題が無いようですので試験を行わさせていただきます。試験内容はご存じですか?」
たしか去年は魔力測定器を使っていたってフレイヤが言ってたな。
ちなみに『試験』などと言っているが測定しかしないらしい。
素質がない人間をばっさり切るあたり相当厳しい学校だと言える。
「魔力量と出力限界、それと保有している魔法書の測定ですか?」
「そうですね、合っています。魔力測定器の使い方はご存じですか?」
彼女は机の上に置かれた水晶玉のような物を指さしながら聞いてくる。
竜翼魔術士団でも使われていた汎用の測定器……いや、違うな。
やや透明度が高い。
使われている魔法石の純度が高いのか?
念のため警戒しておくか。
「すみません、測定器を使うのは初めてなので教えて頂けますか?」
「了解しました。ではまず測定器の上側に軽く触れてください。最初に魔力量を計測しますので」
俺は彼女の指示通り水晶玉に右手を近づける。
っと、先に聞くのを忘れていたな。
「そういえば合格ラインって大体どのくらいなんですか?」
「ランクがB以上であれば合格となっています」
「なるほど、有難うございます」
となると魔術士全体で見ればまあまあ優秀な人間ってことになるのか。
レベルの高い学校というのは間違いないらしい。
今度こそ俺は測定器に右手を触れる。
もちろん動揺は表に出さないようにである。
とりあず測定方法は俺が使っていた物と変わらないようだが、これはもうノーラのブレスレットを信じるしかない。
信じるしか……。
うわめっちゃ不安になってきた。
「ありがとうございます。測定結果を記入するので少々お待ちください」
そう言うと彼女は手元の紙にペンを走らせていく。
気づかれないよう内容を盗み見みるが、どうやら問題なかったようだ。
こんな場所で騒ぎになったらもう全力で逃げるしかないからな……。
「魔力量はBですね。続いて出力限界と保有魔法書を調べるので魔力を吸い出します。準備はよろしいですか?」
「大丈夫です」
俺の承諾を確認した彼女は測定器の側面に手を触れる。
おそらく向こうから操作するのだろうが、これも汎用の物と同じだ。
違いは見た目だけってことか?
すると一瞬、強烈な脱力感が襲ってくる。
それにブレスレットもかなり熱い。
測定できる魔力の出力限界が多い証拠だ。
亜人種は人族よりも魔法の適性が高いのだし、機材の性能も高いってことか。
「魔力の出力限界はCと……。はい、終わりました。保有魔法書は烈火、潺――って、疾風と白もですか!?」
おい、烈火まで出てるじゃないか。
やはりノーラが片手間に作った試作機は信用ならんな。
「あはは……まぁどれも使える魔法はほとんど無いですよ。無駄にキャパが大きいだけなんで」
「それでも4冊は凄いですよ! 魔力量と出力はイマイチでしたが、これならBランク魔術士に振り分けられるので合格です! このまま入学の申請はされますか?」
「はい、是非お願いします」
入学に関するもろもろの説明を受け、やっと彼女から試験終了を告げられる。
さっさとフレイヤたちと合流しよう。
廊下を歩きながら渡された用紙に目を落とすが、おおむね想定通りである。
ノーラの奴には小言の一つでも言ってやりたいが。
まぁ今後は気兼ねなく烈火の書も使えると、前向きに考えていこう……。
『第百二十三回、王立シトリス魔法学院、入学試験結果
受験者名:レイシス・ロズウィリア
入学希望:希望する
魔力量:B
出力限界:C
保有魔法書:A(烈火の書、潺の書、疾風の書、白の書)
以上より、測定対象者をBランク魔術士と認定する。』