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7. 問題児は養われる

 屋敷でお世話になり始めてから数日が経ったころ。

 ただ食って寝るだけの生活を続けていたが、フレイヤが突然俺の部屋にたずねて来た。


「レイシスさん、今お時間よろしいでしょうか?」

「おう、今日も暇だぞ」


 そう答えると彼女は苦笑いしながら部屋に入ってくる。

 俺は丁度終わった探索系魔法の痕跡調査を切り上げ、フレイヤへと視線を移す。


「実はわたしとお姉ちゃんなんですが、二日後にここを離れるんです」

「どっかに出かけるってことか?」


 そういえば泊めさせて貰ってから日が浅いとはいえ、彼女たちが外出したところは一度も見ていない。

 といっても俺と同じように惰性を貪っているわけではなく、読書や魔法の勉強をしているみたいだが。


 そもそも屋敷に人が出入りすること自体あまりないのだ。

 メイドが簡単な買い出しに行っている程度である。


 だからこそ彼女たちがとうとう外出するのだと思ったのだが、どうも予想は外れたらしい。


「いえ、入学試験があるので街まで行かなくてはならないのです」

「入学?」


 俺はさらに彼女の話を聞いてみた。

 どうもフレイヤたちはシトリスにある学校に入学する予定らしい。

 シトリスと言えば亜人領最大の国、ここエーリュスフィアの中でも栄えている地域のはずだ。


 彼女たちの魔法に対する知識、理解のレベルはかなり高い。

 となれば恐らく『王立シトリス魔法学院』のことだろう。


 亜人領についてはあまり詳しくない俺ですら知っている名門校だ。

 学校自体のレベルの高さはもちろんだが……。


「もしかして王立のあそこか?」

「ご存じなのですか?」

「そりゃまぁ有名だしな」


 やっぱり思った通りだった。

 しかしこの家は二人分も学費を払えるのか。


 ――いやマジで?


「それで私たちが試験に合格した場合ですが、そのまま寮に入ることになるんです」

「そういえば全寮制って話は聞いたことあるな」

「はい。そうなるとこの屋敷を空けることになってしまうのですが……」


 なるほど、たしかにその通りだな。

 まあおかげさまで体力も魔力も万全だ。

 彼女が心配ではあるが、出て行けと言われるのなら仕方がない。


「よし分かった。今まで泊めてくれて助かったよ」

「あ、そういう事では無くてですね」


 ん? この流れは出て行ってくれって話だと思ったんだが。


「使用人の方たちは今まで通りいますので、気にせずここをお使いくださいと伝えに来たんです」


 なんという魅力的な提案なんだ……。

 働かずに美味いもん食って寝るだけの生活をまだ続けられるのか。

 やっぱり金持ちって素晴らしいな。


 いやでも流石に申し訳なさすぎる。


「俺は出ていくよ。というかシトリスの宿にでも泊まればいいかもしれんな」

「ですが……」

「もう十分お世話になったからな。それにシトリスって他にも学校があるんだろ? ちょうど入ってみようかと考えていたところなんだ」


 これに関しては本当の話だ。

 学校なんて試験さえ受ければ簡単に入れる。

 今はとにかく身分、そしてセーフハウスが必要だ。


 それにフレイヤの事はやはり気掛かりだ。

 この前の『術刻印』の件もあるし、どうせなら彼女と同じ街に行く方がやりやすい。

 樹海で助けてもらった恩はまだ返していないからな。


「それでしたら!」


 彼女は笑顔になりながら名案とばかりに手を叩く。


「わたしたちと一緒にシトリス魔法学院に行きませんか?」

「いや無理」


 考えるまでもない、即答だ。

 そりゃたしかに一緒に行ければ彼女を守りやすいし俺だってそうしたい。

 おまけに名門校の生徒という中々使いやすそうな身分まで手に入る。

 が、それは無理な話だ。


 絶対に無理だ。


「レイシスさん程の実力者なら大丈夫ですよ! いえ、あれだけ魔法を使いこなせるなら主席だって狙えるかもしれません!」

「いやそうじゃなくてだな」


 主席はさすがに言い過ぎだが、試験をパスする確信はある。

 でも問題はそこじゃない。


 シトリス魔法学院といえば名門貴族や領主の子息、そういった地位の高い人間が多く通っている。

 もちろん平民もいるが少数だ。


 魔法技能に恵まれた家系が貴族、そして領主になりやすいという背景もあるがそれだけじゃない。


 じゃあなぜかって?


「学費が高すぎて俺には無理」


 そう、学費がべらぼうに高いのだ。

 聞いた話では1年分の学費が俺の給料5年分にもなるらしい。


 そんなバカみたいに高い学費、二人分も払えるという彼女の家はヤバイ。

 正直羨ましい。


 だがフレイヤはまるで天気の話をするかのごとく、とんでもないことを口にし始めた。


「あら、そんなことでしたら心配いりませんよ? レイシスさんの分もお父様にお願いすれば大丈夫だと思いますから」

「そんなこと……だと……?」


 ひとり通わせるだけで俺の給料5年分だぞ?

 それを二人分払えるというだけでも凄いのに、三人分ですら取るに足らないということなのか?


「も、もしそうだったとしてもだ。赤の他人に大金を掛けるなんて絶対に――」

「助けて下さったあなたを赤の他人だなんて、そんなことを口にすればお父様に怒られます。それにわたしが一緒に通いたいと思っているのですから、お父様も快く引き受けてくださるはずです」


 その程度で快諾する父親ってどうなんだ? フレイヤが可愛いからって甘やかしすぎじゃないか?

 いやもしかしたら俺が知らないだけで、貴族にとってお金はそこまで重要じゃないのか?


「ですから是非お願いします!」

「まぁそこまで言うなら……」


 確かに彼女のそばに居られるというのもあるし、全寮制なのだから住む場所に困るということもない。

 少なくとも学費にさえ目を瞑れば、彼女の周囲に目を光らせるのにこれほどの好条件は無いはずだ。

 学費さえ、な……。


「よし分かった。だがいきなり試験なんて受けられるのか?」

「そこも問題ありません。試験といっても入学資格を得るためのものですから、当日はたくさんの希望者が集まるはずです」


 ということは事前に申請する必要は無いということか。

 それなら確かに問題ないな。


「ちなみにフレイヤたちは学校で大体どのくらいのランクになりそうなんだ?」


 魔法を学ぶ学校はどこも同じだ。

 成績をもとに、本職の魔術士と同じ基準でランク分けする。

 入学時は試験の成績をそのまま反映するだろう。


 世間から見ればまだ見習いではあるが、それでも魔術士であることには変わらない。

 つまり同じ様に評価したほうがなにかと便利ということだ。


「そうですね……。ちゃんと本調子を出せれば、わたしもお姉ちゃんもAは狙えると思います」


 凄い自信だな。

 Aランクと言えば実戦でも戦力を期待されるレベルだ。

 それを気負うことなくサラっと言えるあたり、相当の実力者なのだろう。

 というかフレイヤもなのか。


 まぁいい。

 試験結果の言い訳はそのうち考えておこう。



----



 さて、今日も元気に張り切って行こう。

 なんせ屋敷を発ってシトリスへと向かう日なのだから。


「まさか本当にレイがついてくるなんて……」

「前々から言ってただろ?」

「てっきりフレイヤとあなたの冗談だと思っていたのだけれど……」


 ミーリヤは呆れながらも手荷物の確認をしていく。

 あだ名で呼ばれるようになるくらいには親しくなれたわけだが、どうもまだ信頼されていないらしい。

 いや、フレイヤも混ざっているあたりそうでもないのか?



 しかしこうして見るとやはり似合っているな。

 ふたりとも屋敷に居る間はワンピース姿だったが、外出用の私服も悪くない。

 彼女たちと並んでいると、俺の私服ではどう背伸びしても見劣りする。

 とはいえ自業自得というやつだ、仕方がない。


 フレイヤが『レイシスさんはちゃんとした服を着て貰わないと!』などと言われたのだが、彼女に渡された服はどうにも気に入らなかったのだ。


 というかあんな上品な服を着ても俺じゃ似合うわけが無い。

 やはり平民の服が一番落ち着く。



 いや一番は軍服なんだが、そんなもの着るわけにもいかない。

 戦闘面では優秀な事に変わりないし、念のため捨てずにカバンの奥底にしまい込んではいるが。


 それに元々魔法戦を想定して作られている軍服を、ノーラがさらに魔改造したものだ。

 これ以上に信頼できる装備は見つからないし、手放したくはない。


「ではみなさん。わたしとお姉ちゃんがいない間、屋敷のことはお願いしますね」

「もちろんで御座います。いってらっしゃいませお嬢様」


 忘れ物がない事を確認した俺たちは屋敷を後にするべく背を向ける。


 だがエルデルドは俺だけを呼び止める。

 表情からして、どうやらフレイヤたちには聞かせたくないらしい。

 俺は彼女たちに外で待っておくようお願いする。



 エルデルドはふたりが出て行くまで待つと話を切り出した。


「お嬢様たちをどうかよろしくお願い致します」

「俺みたいな怪しい奴に任せていいのか? あんたが守ったほうが早いと思うが」

「レイシス様に悪意が無いのはこの数日でよく分かりました。それに私はここを守る勤めがございますので」


 彼がそれなりの実力者であるのはすでに分かっている。

 というのも料理を作る際、(せせらぎ)の書を使っている場面を頻繁に見ていたからだ。


 襲撃された時の件は仕方がない。

 敵が持っていた《"ディスマジック"》の術刻印がすべて悪い。


 まるでエルデルドの得意な(せせらぎ)の書の対策を行うように調整されていたのだし、あれではどうしようもない。

 敵は(せせらぎ)の書すべてを無力化できると勘違いしていたみたいだが……。



「……とにかく、どうかお嬢様方をよろしくお願い致します」

「まぁ俺が出来る範囲でならせいぜい努力はするが。なんせ彼女に命を救われた身だ」


 そう告げた俺は振り返ることなく屋敷を後にする。

 待たせ過ぎても悪いし、さっさとフレイヤたちに合流しよう。


 っとその前にひとつ忘れていたな。


「危ない危ない……」


 俺は仕舞っていた軍服のポケットから、ブレスレットを取り出して右手首に取り付ける。

 なんの装飾も無い、ただの銀色のリング。

 だがこれさえあれば試験も安泰だ。



 外れないかもう一度しっかり確認した俺は、小走りでフレイヤたちの元へ急いだ。

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