61. 問題児は無詠唱を教える
シトリス魔法学院には完全予約制の練習場がある。
しかも密室なのだから素晴らしい。
他人に魔法を見られる心配もなく、誰かが突然入って来るなんてこともない。
つまり安心して魔法の練習に励める空間であるわけだが――。
「レイシスさん! どうでしたか!」
「お、おう……」
なんというか、フレイヤの飲み込み速度は化け物なのだろうか。
たった三日、それも放課後に数時間ちょっと練習しただけだぞ。
彼女がこんな短期間で、無詠唱の感覚を掴むのはさすがに予想外だった。
世の魔術士たちに恨み言を言われてもおかしくない。
「フレイヤって実は凄かったんだな……」
いやまぁ、紙に書かれた情報としての能力値は知っていたわけだが。
それにしたって驚くべきセンスだ。
「いえいえ、レイシスさんの教え方のおかげです!」
「そういう問題か……?」
無詠唱が教え方ひとつであっさり習得できるような技術なら、今頃『魔術士の壁』なんて呼ばれる事もなかっただろうな。
そうやって俺が考えている間も、彼女は次々と魔法を放っていく。
というか発動速度がどんどん上がっているように見えるのは、俺の勘違いだろうか。
「こんな感じで大丈夫でしょうか?」
「文句の付けようがないな。その調子で繰り返し練習していけば、もっと楽に無詠唱が使えるようになるはずだ」
「分かりました!」
無詠唱で魔法を使うためには、魔法書に書かれている……というよりは保存されている魔法陣を隅々まで把握している必要がある。
つまり形状や文字の羅列、そして配置を暗記するわけだが、今フレイヤが練習している《"天恵の石片"》はかなり小規模な魔法だ。
何回か手で書いてみれば嫌でも覚える。
問題はその次の段階だろう。
無意識レベルで頭の中に魔法陣を思い浮かべ、手元に描きながら魔力を通していく工程だ。
ほとんどの魔術士はここで挫折する。
「はずなんだがなぁ……」
「――っふう。さっきなにか言いました?」
「いや、ひとり言だ。気にせず練習を続けてくれ」
今のフレイヤを見る限り、無詠唱は習得したと判断していいだろう。
強いて挙げるなら、魔法陣が完成するまで若干遅いぐらいか。
とはいえ無詠唱が使えない相手がほとんどなのだし、今の速さでも十分通用する。
この後もしばらく練習風景を眺めていたが、彼女がミスすることは一度もなかった。
今日はまだ時間があるし、試しにこのまま次に移ってみるか。
「よし、一旦ストップだ」
そう声を掛けて壁際まで移動する。
目的はこのボタンたちだ。
俺はその内のひとつ、青色のボタンを軽く押す。
すると同じ色をした丸い的が、やや離れた場所の地面から生えて来た。
「あれを全力で壊してみてくれ」
「使う魔法は《"天恵の石片"》で問題ないですか?」
「ああ。もちろん無詠唱でな」
「了解です。やってみます……!」
フレイヤは俺から視線を外すと右手を的に向け、素早く《"天恵の石片"》を発動。
撃ち出された岩の弾丸は目標を砕きながら貫通、壁に激突した。
「やっぱ無詠唱は完璧だな。てことで次なんだが、実はこっちが本命だ」
続いて押したボタンは白。
こっちは先ほどの青い的と違い、柔らかい素材で作られている。
ちなみに使える的は青がもっとも固く、白が一番脆いそうだ。
「今度は壊さないように撃ってみてくれ」
「壊さないように、ですか……?」
「そうだ」
彼女は不思議そうにしながらも魔法を起動、同じように弾丸を撃ち出す。
石片は着弾と同時に四散するが、的の方も合わせて壊れてしまった。
「あれ……意外と難しいですね……」
目配せされた俺はもう一度白のボタンを押す。
が、フレイヤはまたも失敗してしまう。
今度は魔法自体が不発に終わった。
「あう……」
やっぱりここで躓いたか。
まぁやり方さえ知ってさえいれば簡単に出来る。
魔法について真面目に学んでいる人間ほど、ハマる罠って奴だ。




