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6. 異端の翼は問題児を目指す

 俺は縛られていた人質たちを解放したあと、すでに動かなくなっている賊たちを屋敷の外に運び出していた。

 無いとは思うが、死体を調べられたら少々面倒ではあるからだ。



 幸いこの場には俺しかいない。

 さっさと死体を()()したいのだが、その前にひとつ確認することがある。

 『依頼主』とやらが少し気になるからな。



 ……こいつか。

 そもそも《"ディスマジック"》なんて高度な魔法を使えるようには見えなかったしな。

 とはいえ今の段階で分かることは少ない。

 『術刻印』の件は後回しにするとしよう。



 作業を終えた俺は今度こそ死体を全て()()する。

 もうフレイヤを呼んでも大丈夫だろう。


 俺は一定の間隔で体から魔力を流し出す。

 あらかじめフレイヤに伝えていた安全確保の合図である。

 彼女に付けていた《"付与探知(グラント・ソナー)"》を見る限り、問題なくこちらに向かってきているようだ。




 しばらく待ち、フレイヤと無事に合流するとそのまま二人で屋敷へ戻る。

 俺が戦っている間、彼女は特に何事も無かったようだ。

 意図していなかったものの、樹海の魔獣を殲滅しておいたおかげだろう。

 


 少し歩いたあとだ。

 俺が屋敷の扉を開くと、不安げな表情でミーリヤが駆け寄ってきた。

 彼女はフレイヤと安否を確かめ合うと、今度は俺の方を見てくる。


「ちょっと、大丈夫なの?」

「ちゃんと処理したぞ。樹海に埋めといたから、そのうち土にでもなるんじゃないか?」


 そう答えると彼女は首を振りながら体をさわさわと触ってくる。


「そうじゃなくて、あなたの話なんだけど……」


 あぁなんだ、そっちのことだったのか。


「俺は問題ないが、そっちこそ大丈夫なのか?」


 捕らえられていた屋敷の住人達を見回す。

 どうやら3人の若い猫耳族たちは、まだ恐怖が抜けていないようだ。

 服装から見てメイドだろう。


 ミーリヤに関してはそんな様子は見られない。

 フレイヤがあそこまで言っていたのもあながち嘘ではないのだろう。


 残りの一人、初老の執事だが彼も大丈夫そうだ。

 エルフでこの見た目となればかなりの年齢のはずだ。

 なにかと問題に巻き込まれやすい種族だし、もしかしたら場数を踏んでいるのかもしれない。


 俺が執事の過去をぼんやりと想像していると、彼は胸に手を当て完璧な所作で頭をさげてくる。


「この度は我々を窮地から救ってくださり、誠に有難うございました」


 フレイヤ、そしてミーリヤも彼に続く。


「出会ったばかりにもかかわらず、急なお願いを引き受けていただき感謝しています」

「わたしからも深謝を」


 ふたりはスカートの裾を持ち上げ、貴族特有のお辞儀を披露してくる。

 これが彼女達の本来の姿、なのだろうか。


「いえ、わたしもそちらのフレイヤ様に救われた身です。こちらこそ助かりました」


 庶民の会釈で返すと、俺たちは一言程度の簡単な自己紹介を交わしていく。

 迷子だと伝えた時はさすがに疑いの目を向けられたが……。



 執事の彼、エルデルドは何か言いたいことがある様だ。

 俺は遠慮せず聞いてほしい旨を伝える。


「レイシス様はドラグシア王国から参られたとのことですが、それは本当の事なのでしょうか?」

「違いありません」


 そう答えても彼が驚く様子はない。

 さっきは疑われたが、もしかしたらたまに俺のような奴がいるのかもしれない。


 ごく稀に国境付近で行方不明者が出るのだが、そのうち何人かは亜人領に逃げ延びた人間だっているはずだ。

 もちろん死ぬ確率の方が遥かに高いだろうが……。


「今のドラグシアは終戦直後ということもあり、なかなか複雑な状況だと聞き及んでおります」

「そうですね。ただ結局どちらが勝ったとも言えない形で終わりましたから、終戦というよりは停戦と言った方が正しいかもしれませんが……」


 そう、停戦だ。

 戦争が終わったの日、両国とも甚大な被害を受けたおかげで和解という形を取ったのだ。

 だがそんなものまやかしに過ぎない。


 お互い表には出さないが、復興作業なんてほとんど取り掛かっていない。

 次の戦争に備えた軍備の増強に力を入れているのが実情だ。


「そのような大変な時期、あなた程の魔術士を失っては国、特に軍などはさぞ心配しているのではないでしょうか?」

「そんなことないですよ。あの竜翼魔術士団から見れば俺なんて取るに足らない存在でしょう」


 実際俺の小隊は書類上、ただの雑務係だ。

 大多数の人間は気にもかけていないだろう。


「ですが先ほど使われていた魔法、あれは高度な技術である魔法書の"改変"ではありませんか?」


 たずねる形ではあるが、表情を見る限り確信しているらしい。

 急な判断だったとはいえ、やはり使ったのは失敗だったかもしれない。

 さてどう説明したものか……。


「わたしもさっきの魔法は気になっていたのよね。エルデルドは何か知っているの?」

「話は長くなりますので詳細は省かせていただきますが、端的に申し上げると魔法の様々な効果を書き換える技術、それが"改変"でございます」

「聞いたことないわね……。フレイヤは知ってる?」

「いえ、わたしもそのような事は……」


 この執事はおそらく全部知っているな。

 『書き換える』と表現したあたり間違いないはずだ。


 "改変"は魔法書に記されている本来の詠唱文、その一部を組み替える技術だ。

 別の詠唱で上書きする形になるわけだから、『書き換える』という表現は確かに分かりやすい。


 でもこれ、かなり魔法について学んでいないと知り得るはずがないんだがな。

 誰でも使えるよう、安定している魔法をわざわざ崩すのが"改変"の本質だ。

 悪用なんていくらでも出来るし、下手したら自分に魔法が返ってくることだってある。


 周知したところで利点はなにも無いという事だ。

 俺が知る限り、市販されている書物で"改変"についての記載がある物は存在しない。



 ……そうか、その手があったか。


「実は図書館で司書のバイトしてたんですよね。暇つぶしに色々な本を読んでたんですが、気づいたら魔法に詳しくなってたみたいで」


 別にまるっきり嘘ってわけでもない。

 王宮の地下書庫の警備をやらされたこともあったからな。

 そこらへんの図書館にそんな本が置いてあるかは知らないが。


「そういうことでしたか。ですが実行できるとなるとまた別――」


 うん、やっぱあの説明だと無理があるよね。


「ちょっとエルデルド。助けてくれた方に対してこれ以上の詮索は失礼よ?」

「ですが……」

「他にもなにか?」

「いえ、何もございません。申し訳ございませんでした」


 ミーリヤに一蹴された執事は胸に手を当てながら頭をさげる。

 思わぬところから助け船が出されたな。


 気づかれないよう胸を撫で下ろしていると、今度はフレイヤが頭をさげてくる。


「すみません、うちの者が失礼いたしました」

「いやまぁ俺が怪しいのは確かだ」

「それでも助けていただいたのは事実ですから。それに……」


 なぜか言い淀むフレイヤ。

 気になった俺は続きを促す。


「いえ、その……。悪い事をする人にしては、無計画過ぎるかなと思いまして……」

「待ってフレイヤ、それってどういうこと?」


 俺が聞き返す前にミーリヤが割り込んでくる。


「樹海で初めて会った時なんですが、自分の足を食べようとしていたんです」

「……待って、もう一回言ってくれる? 今足を食べようとしてたって聞き間違えちゃったんだけど」


「いえ、間違いじゃないです。お腹が空いていたそうです」


 ミーリヤは真面目な顔のフレイヤと笑顔の俺を交互に見る。

 何度も首を動かしていた彼女だったが、不意に俺と視線を合わせたかと思えばピタリと止まる。


「え、本当なの?」

「本当だな」


 そう答えると彼女はその場で固まってしまった。



----



 俺の目の前に並べられた数多の料理たち。

 メシというやつである。


「これ全部食べていいってマジ?」


 王宮で出される料理にも引けを取らない御馳走を前に、考えていたことがそのまま口から出る。


「もちろんよ。遠慮せずどんどん食べて?」


 あまりにも不躾な俺の事を気にする素振りも見せず、ミーリヤは快く食事を勧めてくれる。

 もちろん断る理由など微塵もない。


「本日のメニューは――」


 執事のエルデルドが話を終える前にさっさと料理を食べ始める。

 貴族の食事はまずメニューの説明から始まり、それが終わってから手を付けるのがマナーだ。

 このくらい無礼な方が庶民っぽいだろう。


「エルデルド、続けなさい」

「は、はい……」


 彼はなにやら言いたげな表情で俺を睨んでいたが、ことを起こす前にミーリヤが制してくれる。

 苦笑いしているフレイヤには悪いが、この状況を利用して出来る限り無礼を貫かさせてもらうとしよう。


「本日のメニューはフリズラ山脈で狩猟されたフロストワイバーンのステーキ、隣国のイズデリガで栽培された様々な作物のサラダになります」


 なるほど、フロストワイバーンの肉を振舞えるほどの家か。

 どうやらなかなかに地位の高い家柄らしい。


「またこちらのスープですが、ガレイ湖で育てられたリーフフィッシュを使用しております」


 彼が話している間にもどんどん食事を放り込んでいく。

 ここまで美味しい料理は王女殿下と食事をした時以来かもしれないな。


「最後にお飲み物ですが、今夜は当国で作られた12年物のハプリスベリーワインをご用意させていただきました」


 エルデルドが言い終えるとミーリヤはワインを手に取り、香りと味を確かめるようにグラスを傾ける。

 それはフレイヤも同じだったが、ひとくち飲んだ彼女たちはそろって頷いていた。


「ちゃんと良い物を出してくれたのね?」

「ミーリヤお嬢様とフレイヤお嬢様が認めたお客人ですので」


 などと言っているが、あれは確実に俺を睨んでいる。

 さすがに居心地が悪くなり、誤魔化すようにワイングラスを手に取る。


「いやぁ、こんなに良いワインを頂けるとは夢にも思いませんでしたね!」


 満面の笑みをエルデルドに見せつけるが彼の表情が変わる様子は無い。

 マジで用心深いなコイツ……。


 あまりのしぶとさに思わず頬を引きつらせそうになるが堪える。

 俺は本心を押し殺すようにグラスを回し、ワインをひとくち口に含む。

 とにかくまずは落ち着こう。


「あら……?」


 なぜかフレイヤがまじまじと見てくる。

 なにか言いたげな表情だ。


「どうかしたか?」

「レイシスさんはワインの嗜み方をご存じなのですね」

「あら、本当だわ」


 思わず次のひとくちを飲もうとした姿勢で固まる。


 だが俺の判断は一瞬だった。

 そのまま勢い良くグラスを傾け、中身をゴクゴクと飲み干していく。


 一瞬で空になったグラスを「ドンッ!」とテーブルに置いた俺は大きく息を吐く。


「いやービールよりうめえなぁ。これお代わりとかある?」


 執事に屈託のない笑みで聞いてみたものの、彼が口を開く気配はない。

 ついに無視されはじめたか。


 仕方ない、ここはもうミーリヤにゴリ押ししていこう。


「別に水でもいいんだけどダメか?」

「あなたって人は本当に……。はぁ……」


 盛大にため息をつかれたが、そんなことはどうでもいい。

 いや傷つくことは傷つくが……。



 結局別のちゃんとしたワインを出された俺は、つぎもまた一気飲みでボトルを空にした。


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