54. 問題児は心配される
3章「死んだ少女と問題児」はこれから行われるクラス対抗戦のお話になります。
「ご主人さま、頼まれた食材の調達が終わりました」
「あぁ、おかえり。全部冷蔵庫に放り込んどいてくれ」
「かしこまりました」
テルラには悪いが、今はこちらに集中したい。
あとはこれで……。
「……よし。こんなもんか」
書きあがったスクロールを持ち上げ、間違いがないかチェックしていく。
俺に取っても初めての試みだ。
ざっと見てもミスは見当たらないが、万が一ということもある。
「……それは一体なんですか?」
ふと声を掛けられ我に返る。
どうやらだいぶ集中していたらしい。
「まぁちょっとした勉強の一環だ。気にすんな」
「ご主人さまが自主的に学習を?」
突然治癒魔法を掛けられる。
「なにしてんだ……?」
「良からぬ病でも患ったのかと思いましたので……」
「おい」
あの顔を見る限り、どうも本気で心配しているらしい。
悪意なんてまったくなさそうな分タチが悪いな。
ルカのようにふざけてやっているなら、とっくに窓から飛ばしているんだが……。
「あのような物を買ってくるよう頼まれた矢先でしたから、立て続けにこうも不可解な行動を取られますと……」
不可解言うな。
「というかあれはただ俺が食いたかっただけだ」
「デールハーブにキリテロ、しかも結晶花をですか?」
「そうだ」
「どれも魔術士にとっては忌避するべき食材なのですが」
「俺は食いたい物を食うと、神にそう誓っているからな」
デールハーブは魔力の生成量を減らし、キリテロの葉は出力限界を落とす食材。
結晶花にいたってはしばらくの間、魔力量を大幅に削る薬味だ。
どれも今の俺には欠かせない。
「ついにご主人さまはが成績不振で退学に……」
そんな悲壮な目で見ないで欲しい。
というかこの学校は、魔術士ランク以外もちゃんと評価してくれるだろうが。
「分かった分かった。俺には最低限の学力があるって、ちゃんと証明すればいいんだろ?」
言いながら持ち上げたのは、先ほど作り終えたばかりのスクロールだ。
「今から目の前に青い犬を出すから、とりあえず壊してみてくれ」
魔力を流し起動。
すると一匹の小さな犬が現れた。
理論的には召喚獣と同じだが、これは動いたりする訳でも無い。
ただ適当に作った器であり、置物と何ら変わらないと言えるだろう。
「申し訳ありません。このような可愛らしいものに、魔法を向けるというのは……」
彼女が涙目で訴えかけてくる。
テルラって動物好きだったのか。
「いいから試してみろ。先に断言しておくが、傷一つ付けられないと思うぞ」
「……?」
なおも躊躇するテルラ。
が、意を決したかのように犬をにらんだ。
子犬を真顔で見つめるメイド、なんともおかしな絵面である。
「では参ります。――《"大自然の矛"》!」
さすがはAランクといったところだろうか。
短縮詠唱も難なくこなせるらしい。
だが撃ち出された木の杭は、子犬の置物に近づくとパッと消えた。
「――これは一体!?」
「ふむ、成功だな」
俺の声などもはや聞こえていないのか、テルラは次々と魔法を試していく。
当然どれも結果は同じだ。
「まさかこの子犬は《"ディスマジック"》を使いこなす、ご主人さまの守護神でしょうか!?」
「なんとも頼りない『守護神』だな……」
こんな小動物に守られる魔術士なんて見たくない。
いや、それはそれで逆に面白そうではあるか……。
まぁいい、そろそろタネ明かしといこう。
「《"ディスマジック"》を使っている、という点はアタリだ。だが無効化しているのは魔法じゃない」
「……? 《"ディスマジック"》は魔法を無効化する魔法では?」
「俺もちょっと前まではそう思っていたんだが、どうやら違った使い方ができるみたいでな」
この方法を思いついたのはつい最近だ。
外套の女との戦い。
あの際の出来事を振り返っていく仮定で不意に気付いた。
彼女も同じ方法を使っていたかまでは知らないが。
「この子犬は魔法書を無効化しているんだ」
最初は俺も半信半疑だった。
が、真面目に考えるうちに現実味を帯びてきて驚いたものだ。
このシステムを考えた奴、そいつはまさに天才だと思う。
「……ご主人さま、一体どこでこの技術を学んだのですか」
「『学んだ』なんて口が裂けても言えんな。俺はただ真似ただけだ」
「そう簡単に出来るようなことでもないと思うのですが……」
「まぁこれで分かっただろ、俺はやれば出来る男だ。よって退学する可能性はゼロに等しい」
言いながら部屋を出た俺は冷蔵庫に向かう。
「明日からまた学校なんだし、今日はもうメシ食って寝ようぜ」
取り出したのはテルラに買って来てもらった食材たち。
臨海学校ではあの魔法を使いすぎた。
しばらくはこの食生活が続きそうだな。
「……本当に食べるのですね」
なんか初めて本気で引かれた気がするな。




