53. 問題児のいない夜
時刻は夜。
明かりとなる物はたき火による炎のみ。
今日は事実上の臨海学校最終日とあってか、生徒たちは自由に過ごすことを許されていた。
いまここにいるのは『王立シトリス魔法学院』に通う少年少女だけだ。
そんな中、波打ち際で座るエルフの双子に猫耳族の少女を交えたグループがいた。
亜人領という土地柄を考えれば珍しい光景でもない。
が、そのうちの二人、エルフの姉妹は学院内でも優秀な成績を収めており、家柄のせいもあってか注目度は高い。
注目度、という点では猫耳族の少女も負けていない。
彼女はまだ成績が公表されていないものの、転入生ということもあり期待のまなざしを向ける者も少なくないと聞く。
また三人とも容姿が優れている点も、このグループが目立ってしまう理由のひとつとなっていた。
とある女生徒曰く。
『フレイヤちゃんの胸は真綿のような柔らかさだったの。山頂の感度も良好だったし、まさに神が与えたもうた福音と言えるわね』
とのことだが、彼女はこの発言を残した後日、風紀委員長であるシャノン・ホワイトにより拘束されたため真偽のほどは定かでない。
閑話休題。
さて、そんな三人組だが猫耳族の少女、アリシャに関しては出会って日が浅かった。
だが彼女が打ち解けているのは火を見るより明らかだ。
それは昼に遊びつくした結果だろうか。
はたまた共通の話題、ある少年の存在によるものだろうか……。
「で、そろそろ話してくれても良いんじゃない? レイとの間になにかあったんでしょ?」
「な、なんのことでしょうか……?」
「いいから教えなさいって」
「まぁまぁミーリヤさん。男女のいざこざは当人たちだけで解決するべきだと思いますわよ?」
「ですからそのような破廉恥な理由では――!」
姉妹の妹、フレイヤは言いかけて止まる。
「『破廉恥』ねぇ……。やっぱりそういう理由だったんだ」
「あうっ……」
フレイヤと呼ばれた少女は勢いよく顔を伏せる。
急激に体温が上がったのか、彼女は右手でぱたぱたと顔をあおいだ。
「べつにそこまで恥ずかしがるようなことでもないでしょう? お嬢様抱っこくらい、ちょっとした戯れですわ」
「あ、なんだ。フレイヤったらそんな事で赤面してたの?」
「当然それもありますけれど……」
「ん? それも?」
「あーいえ! それだけです!」
彼女は普段のおっとりとした動きからは想像出来ない、機微な動きで首を振る。
これには姉であるミーリヤも少し驚いていた。
「(レイシスさんとキ…………キスをしてしまった所、見られていなかったんですね……。ちょっとだけ安心しました。でも――)」
つぎの瞬間、彼女は逃げるように海へ走り去ってしまった。
「(やっぱりこれ以上話すのは無理ですー!!)」
しばらくポカンと口を開けていた二人。
「あの娘、大丈夫かしら……」
「ま、まぁ心配ないと思いますわ。仮にもし溺れでもしたら、わたくしが絶対に助けますから……」
「ええ、お願いするわ……」
気まずい空気を消し去るかのように、優しく小さな波の音が流れる。
「ところでアリシャさん。レイはいつも『図書館でバイトしていた』なんて言ってるけれど、あれって本当?」
「……その件についてですが、後日レイシス様が説明されるそうです。わたくしではお話しする権限がありませんことを、どうかお許しください」
「『権限』、ね」
なにかに勘づいたような表情。
だがアリシャは焦らなかった。
彼女はすでに気付いていたからだ。
主と敬う相手、レイシスが軍属であったことを明かそうとしていることに。
「まぁちょっと前から、そんな気はしていたのよね」
ミーリヤは夜空を見上げると一呼吸置く。
「レイって人を殺すことにためらいがないでしょう? それどころかなにも考えてなさそうな気さえ――」
「そんなことはありませんわ!」
思わず叫んでしまったのだろう。
彼女は驚いた様子で見てきている周囲の人間に会釈をすると、深く息を吐いた。
「……失礼しましたわ」
「いえ、ごめんなさい。なにも知らないのは私の方なのよね。よくよく考えてみたら、彼と出会ってからそんなに経ってないもの……」
「そうご自分を卑下なさらないでください」
彼女は続ける。
「レイシス様はあなたを――――いえ、あなた方を大切に思っておられます。でなければ手を差し伸べるなんてこと、絶対にしませんわ」
「……あっ」
言われて気づいたのか、ミーリヤは右手首を持ち上げる。
そこに付けられていたのは装飾すらない、地味な銀のブレスレット。
「これ、レイがずっと付けてた……」
「それはとても大切なもの……。もしミーリヤさんがどうでもいい相手であったなら、お貸しすることなんてなかったでしょう」
彼女の真面目な顔になにかを感じ取ったのだろう。
ミーリヤは胸に手を当てると小さく口を開いた。
「やっぱり釣り合わない、のかな…………。」
言いながらうつむく。
が、手を強く握りしめたかと思えば、今度は力強い口調で言い放った。
「――ううん、私もフレイヤに負けないよう頑張らなくちゃ」
「どうかされましたか?」
「気にしないで。こっちの話よ」
それからというものの、二人はレイシスに対して思うところを話し続けた。




