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51. 異端の翼は覚悟する

 見渡す先は広大で美しい、青の海原。


 ……どうやら完全に洗い流してしまったらしい。

 初めて来た者であれば、元は陸地があったことすら気付かないだろう。



 俺はしばらくの間、ここであの女が浮き上がって来ないか見張っていた。

 戦闘中は疾風の書を使っていなかったが、それでもまだ生きている可能性があったからだ。




 とはいえいまだに姿は見えてこない。

 だいぶ経ったはずだ。


 探知魔法にも引っかからないのだし、もう溺死していると見ていい頃合いだろう。


 そうやって安堵していると、ふたりが俺に近づいて来た。


「レイシス様、本当に申し訳ございません。わたくしのせいでこのような事に……」

「それ以上はいい」


 アリシャの目元が少し赤い。

 ついさっきまで泣いていたんだろうか。


「今回は強敵だったんだ。ああするしかなかった」

「っ! それでもわたくしは――!」

「そう思ってくれるだけで、俺は救われているよ。ありがとう」


 俺のために泣いてくれそうな人間なんて数えるほどしかいない。

 第零のみんなを除けば陛下に殿下……あとは翼持ちのあいつらぐらいか。



 あとはベイル――はないな。あいつはむしろ、皮肉のひとつでも言ってきそうだ。


「わたくしなんかのために、もうあの魔法を使うのはお辞め下さい……」

「アリシャ」


 俺は無意識に彼女の肩に手を置き、じっと目を合わせていた。


「いつも言ってるだろ。俺は最後まで責任を取るって」

「ですから…………意味じゃありま……のに……」

「ん? 悪い、声が小さくて聞き取れなかった」


 あまりに小声で聞き取れなかったため、スっと顔を近づける。


「レ、レイシス様!?」

「あが――!?」


 突然の大音量。

 鼓膜が破れるかと思った。


「その、まずはお付き合いからと言いますか! ムードが大事と言いますか!」


 ほとんど何も聞こえん……。


 いや、聞こえてはいるが頭が回っていないらしい。

 言葉の意味を処理できない。


 念のため、あとで回帰の書で戻しておくか。


 もし傷でも入っていた場合、戦闘中に重症化する恐れだってある。

 それだけは絶対に避けなければならない。


「あーいえ! 嫌というわけじゃないんですよ! レイシス様がこういったシチュエーションがお望みということであれば、むしろ喜んでお供いたしますわ!」

「あーあー」


 ――よし、自分の声はちゃんと聞こえるな。

 痛みもだいぶ落ち着いて来た。


「……レイシス様?」

「っとすまん。今ちょうど耳が治って来たところだ」


 まだ耳鳴りは残っているが、ひとまずこれで大丈夫だろう。


「で、なにを言っていたんだ?」

「………………」


「おい、アリシャ?」


 もう一度聞いてみるがなにも返って来ない。

 まさかあっちも鼓膜がやられたのか?



 俺はアリシャが心配になり声を掛けようとする。

 が、唐突に背中をたたかれ、思わず後ろを振り向いた。


 かなり強めの力だった気がするが、まあ気のせいだろう。


「あのー、そろそろよろしいでしょうかー?」

「ぁあ、放っておいて悪かった。フレイヤもケガはないか?」

「……わたしは大丈夫ですけど」

「そうか、安心した」


 相手は異端書を何度も使っていたわけだし、大事がなくて本当に良かった。


 なぜか機嫌が悪いのが気掛かりだが、それに関してはどうする事もできない。

 メンタル面のケアは管轄外だ。


「レイシスさんこそ大丈夫なんですか?」

「ん? まぁ耳以外は特に」


 アリシャに睨まれたが気にしない。


「その、前からずっと気になっていたんですが……」

「ん?」


 彼女は言いづらそうに口ごもる。


「おふたりってドラグシア王国にいた際、なにをしていたんでしょうか……?」

「司書のバイトだな」

「司書のバイトですわ」


 ……いや、さすがにもう無理があるか。

 そろそろある程度は明かした方がいいかもしれないな。


「――フレイヤ、この話はまた改めてしよう。今は()()をどうにかしたい」


 俺は巨大な塔を指差しそう伝える。

 実を言えば、少し前から動作が停止していることには気付いていた。


 とはいえこのまま放置しておくわけにもいかない。

 ついでに可能なら調べておきたい、というのもあるが。


「そ、そうですよね! お姉ちゃんや学校の皆さんのためにも早くしましょう!」

「過去の話は絶対にする。本当にごめんな」

「いえ! 不躾だったのはわたしの方ですから!」


 なんでこんな慌てているのだろうか。

 今日のフレイヤは感情の起伏が激しいな。



 まぁいい、いま問い詰めるほどのことでもないだろう。

 さっさと済ませて帰ろう。


 俺たちのために、また捜索隊でも組まれたら申し訳が立たない。




 俺はふたりを引き連れて巨大な魔導具、『ダアトの葉』の下まで向かった。

 やはり動作は完全に停止している。


「珍しい構造ですわね。どこの様式でしょうか?」

「俺も分からん」


 普通、魔導具には地域ごとの()()が出る。

 それは作成者が魔法を学んだ場所であったり、はたまた生まれた場所であったり……。


 簡単な話、ある程度の特徴は外見に現れる、ということだ。

 だがこの魔導具にはそれがない。


「これ、アルテーの模様がありますね」


 フレイヤは『ほら、ここです』と言いながら指をさしている。


「たしかエルフの国、だったか」

「はい。昔はあそこで暮らしていたんですが、これと似たような意匠は何度も見ていましたから……」

「人族領の兵器に亜人領の魔導具、くわえて破戒(はかい)の書か……」


 見事に地域がバラバラだな。

 これでは敵の正体がまったくつかめない。


「あ、そういえばあの人が使っていた『破戒(はかい)の書』って何なんでしょうね? 赤い球が出て来たかと思えば、今度は急に消えたり不思議でした」

「……さぁ?」

「なんか間がありませんでした……?」

「いや、気のせいだ」


 そういえばバッチリ戦いを見られていたな。

 まぁ俺がやったことは気付かれてないみたいだし、今後は適当に濁しておこう。


「しかしこれ、どうすっかなぁ」


 思わず見上げて愚痴を零す。


 ここまで大規模な装置だ。

 そのうえ使われている魔法も特殊な物ときた。


 なにかしらの防衛策を施されていたとしても不思議は――。


「本当に大きいですよねー」


 視界の隅にフレイヤの手が入り込む。

 その指先は塔へと向かっていた。


「っておい! ちょっと待て!」

「……はい?」


 ぴたっ。


 そんな小さな音が聞こえてきそうな優しいタッチ。

 が、触れてしまったことには変わらない。


 俺が海へ振り向いた頃には、足場は魔法陣で埋め尽くされていた。

 塔が中心となっている点から考えて――。


「――烈火の書ですわ!」

「さっさと離れるぞ!」

「っへ!? 一体なんですか!?」


 状況が飲み込めていない様子のフレイヤを強引に抱え、ひたすら全力で走る。

 それはもうかなり本気で。


「大きく息を吸って止めとけ! 飛び込むぞ!」

「レ、レイシスさん!?これお姫様だっ――!?」


 つぎの瞬間、俺とアリシャは勢いよく海に飛び込んだ。

 同時に大きな爆発音が水中にまで届いてくる。


 いま頃上は火の海だろう。

 しばらくの間、ここに潜っているしか方法はない。


 そう考えた矢先だった。


「――――か――っ――!」


 見ればフレイヤが完全に溺れている。


 俺は空気を作るために疾風の書を使おうとする。

 だが水の中にいるため詠唱ができない。


 こんなことになるなら《"タービュランス"》以外の無詠唱も練習しておくべきだった。


「――うっ――――ぐ!」


 このままではさすがにマズイ。


 アリシャならなんとか出来るが、ここからかなり距離がある。

 爆風で発生した波に巻き込まれたのだろう。



 ……確実に嫌われるだろうが、もうこの手しかない。


「――――――!?」


 フレイヤに唇を重ね、肺にためておいた空気を移していく。

 相当暴れられることも考えたのだが、不思議とその気配はない。



 最初は驚いたように目を見開いていた彼女。


 だが次第に表情が落ち着いていき、なんとか俺を受け入れてくれた。

 これなら上が収まるまで持つだろう。





 あとは……そうだな。


 帰ったら思いっきり殴られることくらい、覚悟した方が良さそうだ。

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