47. 異端の翼は先手を打つ
敵の拠点は目と鼻の先。
木陰で身を隠しながら観察を続ける。
やはり間違いない。
彼らは確実に訓練を受けている。
「どう攻め落としたものか……」
今回は初動が一番肝心だ。
魔獣がそこら中に配置されている以上、一度でも魔法を使えば勘づかれる。
むしろ『フェロシティ』であれば詠唱中、魔力を操作した段階で感知される可能性が高い。
前にイデア大樹海で使った《"ブラッド・ソリディクション"》なんかは使う前に阻害されるのがオチだろう。
あの魔法は強力な分、発生までに時間がかかってしまう。
通常こういった広範囲の先制攻撃には烈火の書が使用される。
だがここは森林のど真ん中。
後処理のことを考えると、できれば使いたくない。
「死絶の書――」
とまあそんなわけで。
「第三章、第二節より引用――」
俺が取れる手段はこれしかない、ということになる。
今頃フレイヤは隠れているよう言い聞かされてるだろうし、問題ないだろう。
「――《"射出、――枯死"》」
目の前に出現した黒い円盤を手に取る。
それと同時に突然吠え出す『フェロシティ』たち。
敵は一斉に武器を取り、物陰に隠れる形で臨戦態勢を取り始める。
だがもう遅い。
「《"タービュランス"》!」
風の力を借り、勢いよく駆け抜け距離を詰める。
さらにもう一度同じ魔法を発動。
空へ向け、進路を強引に切り替え急上昇していく。
「敵襲!」
怒声を聞き流して体をひねり、高度を上げながら地上を見る。
いくつか魔法が飛んで来るが当たる気配はない。
今の奇襲に間に合わせるには、精度の低い無詠唱を使うしか方法はない。
くわえて変則的な動きを取ったため、当たる可能性はゼロと言っていい。
向こうとしてもけん制の意味合いが強いのか、一部はもう詠唱を始めている。
とはいえ先手を打ったのはこちらの方だ。
俺は円盤を構え、真下へ向かって放り投げる。
やがて地面にぶつかると勢いよく砕け、黒いなにかが飛び散っていく。
例えるなら、水たまりに沈む泥のように。
だが一滴でも触れれば手遅れとなる、猛毒の汚泥だ。
「あぁぁぁぁアアア!」
魔法に触れた敵は次々と発狂し始め、吐血しながら倒れていく。
それは魔獣も例外じゃない。
「死絶の書――」
今度は別の場所へ向け、同じ魔法で攻撃をおこなう。
しかし着弾することはなかった。
円盤は白い矢によって撃ち落とされ、砕けることなく消滅する。
あれは射出作用のディスマジックだ。
対空に用いる魔法としては基本的な物だが、死絶の書を消されたとなると話は変わって来る。
俺は氷の槍を何度も飛ばし、反撃の隙を与えないようにしながら着地。
急いで近くの物陰に隠れた。
「ふぅ……」
ディスマジックは無効化する魔法を理解していないと機能しない。
相手はそれを難なくこなして来た。
つまり死絶の書を知っていることになる。
『フェロシティ』の件といい、やはり彼らはガーリスの部隊なのか?
「ブラボーは左へ散開! アルファとデルタはこのまま前進せよ!」
囲まれるまでは時間の問題だ。
が、すでに手は打ってある。
「敵は単独だが死絶の書を保有している! 各部隊は対処を怠るな!」
さて、そろそろだな。
「"二時の方角から四、距離は八十。続けて一時の方角から七……距離は百二十ですわ"」
予想通りに飛んで来たアリシャの《"魔導通信"》。
その報告を頼りに、頭の中で敵の配置を並べていく。
「烈火の書、第四章、第六節より引用――」
限界まで魔力を絞る。
今回の標的は柔らかい。
学校の外壁を壊した時のような火力は必要ないだろう。
「――《"オキュランス・ブラスト"》」
発動と同時、障害物の向こう側から爆発音が轟く。
狙いが多少ズレていようが、爆風を当てるのに十分な魔力は込めている。
「腕がぁぁぁあ!」
「クソ! 一体どこからの攻撃だ!」
「負傷者は退避させろ!」
焦っている様子は伝わってくるものの、統率力が崩れる気配はない。
やはり生かしておくのは危険か。
「"敵はいったん後退するようです。追撃の心配はありませんわ"」
「"了解だ"」
俺は物陰から飛び出すと、終わりかけていた潺の書の詠唱を済ませ右手を振るう。
「――《"フロスト・ルート"》」
地面を這うように広がった氷は敵の足を縫い付ける。
体制を立て直す時間は与えない。
「ば、馬鹿な! この距離で――」
続けて《"フロスト・スピア"》を射出。
動けなくなった敵の頭を、ひとり残らずつぶしていく。
その途中で背後に気配を感じたため、振り返りながら後ろにも氷を這わせる。
「第八節より引用――!」
だが向こうはすでに跳躍しており、詠唱しながら突っ込んで来ていた。
とはいえこれも想定の範囲内だ。
豊穣の書はもう呼び出している。
「《"大自然の応報"》――」
眼前にまで迫った漆黒の斬撃。
が、足元からせり上がったツルの壁がそれをさえぎる。
さらに敵の腕へと伸びていき、喉元まで巻き付いて首を絞める。
「かはッ――!」
俺は魔力をもう一度込め、ツルの締め付け強くする。
やがて骨が折れる音がしたかと思えば、敵はその場で膝をついた。
最後に残したのはただひとり。
先ほどから指示を出していた、隊長と思われる男だけだ。
彼は足に張り付いた氷を溶かすことを諦めたのか、魔法を使うことなく目を見開いている。
「この短時間で制圧された……だと? 貴様、一体何者だ……」
「通りすがりの学生だよ」
そう適当に返し、巨体な塔を指差しながら一応たずねてみる。
「で、あの装置はなんだ?」
「……貴様なんぞに教えるとでも? たとえ拷問されようとも口は割らんぞ」
「――そうか」
もとより直接覗くつもりだ。
相手は軍人の可能性が高い以上、聞き出した情報では信頼に値しない。
「"アリシャ"」
「"問題ありませんわ。フレイヤさんでしたら、今も見えない位置にいらっしゃいます"」
話が早くて助かるな。
これで気兼ねなく魔法が使える。
「穢魂の書、第二章、第四節より引用」
「なっ!? 貴様は死絶の書を使っていたはず――」
歩み寄った俺は敵の額に手を当てると、最後の一文を口にする。
「――《"投影の記鏡"》」
相手の記憶を無理やり引きずり出す異端の魔法。
俺がもっとも信頼する魔法のひとつだ。
だというのに、手がかりとなる情報は何ひとつ得られなかった。




