42. 異端の翼のとある過去 4
陛下から許可をいただき、ベイルに必要なものを頼んだ矢先。
戻った俺はゼルドリアに声をかける。
「亡命の件、すべての用意が整いました」
「有難うございます」
「待ってください。わたくしは何度も――」
アリシャが言い切る前に割り込む。
「実は呪いは治すことができるんです。加えてあちらでの衣食住、そして人権も保証する準備があります」
「……治せるわけがありません。現行の魔法では対処できないこと、さまざまな本を通して学んできました」
「ドラグシアはその限りではありません。ご存じのこととは思われますが、あの国は太古の遺跡がもたらした魔法学が山ほどあります」
竜の国の地底書庫。
人と魔族が争っていた時代に作られたとされる、知識の宝庫の存在はあまりに有名だ。
「仮に治せたとしても、なにも持たない部外者です。そのような好待遇、与えられるわけが……」
俺は先ほど決まった内容を簡単に説明していく。
もちろん陛下のことや、呪いの治し方についてはまだ伏せているが。
最初は当然信じてもらえなかった。
だが階級を明かし、見せられる範囲での軍用魔導具を見せることで、一応は納得してもらえた。
「ですが亡命に際して条件が二つ。まずゼルドリアさんは連れていけません」
「構いません。お嬢様を連れて行ってくださるだけでも有難い限りです」
「わたくしは……」
アリシャは言葉を詰まらせる。
今は亡き女王の近衛騎士だったゼルドリア。
彼はいつもアリシャと行動をともにしていたそうだ。
育ての親、といってもいいだろう。
そんな相手と引き剥がされるのは嫌に決まっている。
しかし時期が悪い。
戦争を避けるため、ドラグシアが関わっている事は絶対に知られてはいけない。
ガーリス公国を出し抜くためにも、ゼルドリアまで消えてしまえば不審がられる。
これからやろうとしているのは、彼女の死の偽装なのだから。
「お嬢様、生きてさえいればまた会うことも叶います。どうか引き受けてはくださいませんか?」
「でも……」
彼の言うことは正しい。
だがアリシャの気持ちを考えれば、簡単には首を縦に振れないだろう。
人は正しい事よりも、感情を優先してしまいがちだ。
「仮にも隣国なのですから、後生の別れということでもありません」
いや、それは間違いだろう。
もし戦争が起きれば、簡単に行き来することも難しくなる。
「ゼルドリアさん――」
「申しわけありません。今は私とお嬢様で決めさせてください」
とても強い拒絶。
あの目はおそらく、両国が緊迫した状況にあることを知っている。
だから俺の言葉をさえぎったのだろう。
仕方ない、ここは彼らに任せよう。
「死んでしまえば、こうして言葉を交わすこともできなくなります」
アリシャは胸に手を当ててうつむく。
たったの数十秒。
彼女にとっては長い時間だったに違いない。
「また必ず会うと、そう約束してくださいますか……?」
「もちろんで御座います」
彼女は俺の目を見る。
どうやら答えは決まったらしい。
「レイシス様。亡命のお話、受けさせていただけないでしょうか?」
「承知いたしました」
引き受けてくれて良かった。
いくら俺が頑張っても、彼女にその意志がなければ意味がない。
「ところでもう一つの条件というのは……?」
「あぁ、その事ですか」
さっきのと比べたらなんのことはない。
とても簡単なものだ。
「今から使う魔法は見なかった事にしてください」
「……それだけ、ですか?」
「それだけです」
ゼルドリアも見るが問題なさそうだ。
俺はもう一度アリシャに視線を戻す。
「分かりました。今からお使いになる魔法は見なかった事にいたしますわ」
「ありがとうございます」
二人の了承を得られたころ、ちょうどベイルの声が流れて来る。
どうやら向こうの準備も終わったらしい。
あいかわらず仕事が早くて助かるな。
「では呪いの治療に入りますね」
「お願いしますわ」
俺は一言断り彼女に触れる。
「回帰の書――」
今はただ、彼女の新しい人生が幸せなものであることを。
それだけを願い、魔法を使おう。




