41. 異端の翼のとある過去 3
彼女と出会ってからというものの。
時間が空いてはこうして尋ねる日々が続いていた。
アリシャのそばで控えている執事、ゼルドリアとあいさつを交わしベッドに寄る。
「お加減はいかがですか?」
「今日はせき込むこともありませんでしたの。お気遣い、感謝いたしますわ」
彼女は笑顔で答え、本を閉じる。
趣味の読書をしていた辺り、本当に調子が良い日なのだろう。
……胸が痛むが、打ち明けなければならない。
ゼルドリアと話し、決めた事だ。
「実はひとつ、呪いの件で大切なお話があります」
ついに来たか、そんな表情。
俺だって話したくない。
でも彼女は知っておかなければならない。
「おそらく余命はもうわずかです。次に花が咲く季節まで持つかどうか……」
「……覚悟はしていました」
「本当にこのままでよろしいのですか?」
これはあとから知ったことだ。
彼女はゼルドリアから提案された亡命を何度も断っているらしい。
魔法がより発達している国、ドラグシアで治療法を探す。
それが執事である彼の願いだった。
だが当の本人であるアリシャはそれが嫌だという。
もしくは諦めている、と言うべきか。
彼女は生きることを望んでいない。
「たとえ逃げ出せたとしても、治るはずがありませんから」
「そう、ですね……」
――嘘だ。
本当は治す方法がある。
回帰の書であれば、アリシャを救う事はできる。
だが彼女が悲観する根本的な原因はそこじゃない。
今日までの間、俺はアリシャの過去を何度も聞いた。
ただただひどい、凄惨な過去だ。
生まれた時から亜人と蔑まれ、物心ついた頃にはこの屋敷に閉じ込められた。
彼女を手元に置いて監視する。
そうすることで、国王は『忌み子』の存在を隠したかったのだろう。
まだ話は終わらない。
彼女は実験の道具としても扱われた。
スポアキメラが生み出す猛毒の軍事転用。
その効果の検証に彼女は利用された。
猫耳族と人族のハーフ。
珍しいという、たったそれだけの理由でだ。
今アリシャが抱えている感情、つらさは痛いほど理解できる。
だからこそ、俺は救う事をためらった。
勝手な善意で死にたがっている人間を助け、『あとは頑張って生きろ』だなんて。
そんな残酷な仕打ち、俺には出来ない。
「どうせ生きていても、わたくしには何もありませんから……」
彼女は唐突にそう零し、天井を仰ぎ見た。
まるで死ぬことが唯一の救いなのだと。
そう結論を出し、諦めきった何もない目。
そんな彼女の姿が、不意に昔の記憶と重なった。
瞬間、俺は自然に口を開いていた。
「仮に……」
あの頃は誰一人として、覆すことのできなかった姿。
でも今は違う。
魔法に対する知識を得た。
安心して寝られる場所だって手に入れた。
頼れる人間だって、作ることが出来たんだ。
だからこそ、彼女を見捨てることが出来なかった。
「仮に治療法があり、自由に……好きに生きることが出来るとしたら、あなたはなにを願いますか?」
そう口にした瞬間、フィリアから《"魔導通信"》が飛んで来た。
彼女は今日も狙撃ポイントで待機している。
「"レイシス、落ち着いて"」
「"――悪い、全部任せてくれ"」
「"…………わかった"」
小声で返し、言い聞かせる。
冷静に考えれば簡単なことだった。
彼女は生きることを望んでいない。
だがそれは、死ぬことを望んでいるとは限らない。
「そのようなおとぎ話、考えるだけ無駄な気もしますが……」
「まぁ深く考えないでください。あくまで仮定の話ですから」
口にするだけなら難しくない。
そう付け加え、アリシャに先をうながす。
彼女がなにを想像したのかは分からない。
それでも少しだけ、ほほ笑んだことに違いはなかった。
「わたくしは……そんな物語の中に入ってみたい、かもしれません――」
生きたい。
その一言だけでも良かったのに、彼女はそれ以上の答えを返してくれた。
決断するには十分すぎる答えだ。
「少し時間をください。しばらく席を外します」
「……? 構いませんが……」
部屋を出る際、ゼルドリアが静かに頭をさげて来た。
あの様子だと、なにか察しているのかもしれない。
俺はさらに歩いて離れ、周囲に誰もいないことを確認すると赤い石を取り出す。
遠距離通信用の魔導具。
受信側は巨大な設備が必要なため、使い勝手の悪い代物だ。
とはいえドラグシアまで《"魔導通信"》を飛ばすためには頼らざるを得ない。
魔力を流してしばらく待つ。
すると女性の声が返ってきた。
「"――こちら竜翼魔術士団、求人部署です。本日はどのようなご用件でしょうか?"」
もちろんアリシャの就職先を探すわけじゃない。
これは偽装だ。
俺がつなげた先は第一小隊。
王宮の警備を取り仕切り、SSランク以上の魔術士で構成された精鋭部隊だ。
「"識別コード、3-6062だ"」
「"――確認します。少々お待ちください"」
普段使っているコードを教えて待つこと数秒。
「"――第三大隊所属、レイシス・ロズウィリア軍曹ですね。ご用件をどうぞ"」
「"女王陛下につないでほしい。俺の名前を伝えれば分かる"」
「"申し訳ありません。いかなる者であろうと、それは出来ません"」
当然といえば当然、か。
ただの下士官が陛下と直接話したいなど、断られても文句は言えない。
「"名前だけでもいいんだ"」
「"ですから出来ません"」
やっぱり無理か。
……仕方ない、奥の手だ。
「"じゃあ誰でもいい。そこにいる少尉以上の人間に代わってくれ"」
そう伝えるとやや強い口調で声が返って来る。
「"私は少尉ですが?"」
「"え、まじか"」
あぁ、だからキレ気味なのか。
そりゃ下の階級の人間に、タメ口を使われれば不機嫌になるな。
まあ彼女が少尉なら話は早い。
「"悪かったな。さっきのコードは間違いだ"」
「"――はい?"」
「"識別コード、0-6062で確認してくれ"」
少尉以上の相手でなければ、使う事すら許されない本当の身分。
不便だが、おおっぴらに出来る物でもないのだから仕方ない。
「"……バカにしているんですか?"」
「"いや別に?"」
「"あのですね、0番を振られた部隊など――"」
「"まぁいいから確認してみろって。そのぐらいなら問題ないだろ?"」
「"……分かりました"」
やればすぐ分かることだ。
後で始末書を書かされるだろうがもう知らん。
「"うそ、ほんとに出て来た……。――――ってしかもウィング!?"」
「"素が出てんぞ"」
「"――!? ゴホンッ!"」
「"それで、陛下にはつなげてくれるんだろうな?"」
「"しかし第零小隊など聞いたことがありませんし……。そもそも『翼』の表記も全然意味が……"」
「"あーもうめんどくせえな。名前だけ伝えてくれればいいんだよ"」
「"むぅ……"」
なんだそのうめき声は。
一応俺の方が上官だって明かしたはずなんだが。
やがてしばらく待っていると、ノイズの質が急に変わった。
どうやらちゃんとつないでくれたらしい。
「"レイシスですか? こうして連絡して来るとは珍しいですね"」
「"申し訳ありません。至急ご相談したいことがございましたので"」
「"任務中、なにか大きな問題でもありましたか?"」
「"ひとり、国に招きたい人物がいるのです。どうかお考えいただけませんか……?"」
本当ならゼルドリアも連れて行きたいが厳しい。
いま考えている計画は、彼がいなくなると怪しまれる危険がある。
「"それは女王に対してですか? それとも『私』に対してですか?"」
「……後者です」
要するに俺個人のお願い。
国にとって利があると判断しての申し出ではない、ということだ。
もちろんすぐに答えは返って来ないだろう。
そう思い、こうして早めに進言したのだが……。
「"分かりました。あなたの好きにしなさい"」
「"……お言葉ですが、本当によろしいのですか?"」
「"久しぶりのわがままなんです。問題が起きたら私が全て処理しますから、なにも心配することはありませんよ"」
これ以上ない最上のお言葉。
あらゆる勝手を許される、願ってもなかった答えだ。
「"たまには自由に生きなさい"」
「"――陛下のご厚意に感謝します"」
やっぱりこの方には頭が上がらない。
またひとつ、大きな借りが出来てしまった。




