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40. 異端の翼のとある過去 2

「ふむ……」


 建物の近くまで来てみたがやはり妙だ。

 どこを取ってもお金はかかっているのに、見れば見るほどただ普通。


 貴族というのは自分をとにかく主張したがる生き物だ。

 ここまで目立たない事に注力しているのはある意味"異常"だと言える。


 そうやってしばらくの間観察していると、目の前で突然ドアが開いた。

 中から出てきたのは初老の男性、服装からして執事だろうか。


「おや、どなた様でしょうか?」

「あーいえ、少し気になったのでつい……」


 タイミングが悪いとしか言いようがない。


「『気になった』ですか。珍しいお方ですね」

「珍しい……?」

「ええ。当家は他の屋敷に比べ、目立たないよう作られておりますので」


 なるほど、そう来たか。


 やはりこの建物は意図的に"普通"に見えるよう建てられていたか。

 だが彼はなぜ、それを隠そうともしないんだ?


「変に目立たない分、かえって浮いている気がしますね」

「素晴らしい観察眼をお持ちのようで」


 執事らしき男は後ろ手に閉めようとしていたドアをもう一度開ける。


「よろしければ中も見ていかれますか?」

「いえ、さすがにそこまでのご厚意は受け取れません」


 一体なんのつもりだ?

 見知らぬ人間を招き入れるなど正気の沙汰じゃない。


「まぁそう仰らずに。私自身も、そちらの国には興味がありますので」


 瞬間、執事の眼前に一筋の魔力が横切る。


「"待て"」


 俺は急いでフィリアを止める。


 《"魔導通信(マギ・テレパス)"》を通して会話は聞こえているはずだし、彼女の判断は間違っていない。

 が、彼を口止めするにはまだ早い。


 理由は分からないが、この男は俺の正体に気づいている。

 にもかかわらず挑発するような今の発言。


 それにこの顔だ。

 俺が突然声を出したというのに、不審がる素振りをなにひとつ見せていない。


 つまり彼は誰かが潜んでいる事に気付いている、もしくは予測しているはず。


 自分が殺されるかもしれないと分かっていて、こんな大胆なことをする理由……。


 なにか裏がありそうだ。


「気が変わりました。お言葉に甘えさせていただきます」


 屋敷に入る直前、念のため魔法の痕跡を探ってみたが引っかからない。

 とりあえず罠は張られていないらしい。



----



「先ほどは失礼いたしました」


 ドアを閉めるや否や、彼は頭を下げてくる。

 やはり全て分かった上での挑発だったのだろう。


「俺がドラグシアの人間だってよく分かりましたね」

「姿勢、立ち振る舞い。かなりの鍛錬を感じられる所作でしたが、どれもこの国のものではありませんでしたので」


 それだけで正体を見破られたのか。

 いや、カマを掛けられたという線もあるか。


「実は折り入ってお願いがございます。とあるお方を、かの竜の国に連れて行っていただきたいのです」

「観光したい、というわけではなさそうですね」


 国外逃亡……いや、こんな場所に土地を持っている身分なら亡命か。


「しかしなぜ俺に要求するんですか? これほど立派な屋敷を持てる家系であれば、まともな手続きも取れるでしょうに」


 貴族は"外"にも必ず繋がりを作る。


 生きるためや資産のため。

 理由は様々だがとにかく繋がりを広く持つ。


 いきなり現れた俺に頼むより、もっと確実な方法はいくらでもあるはずだ。


「当家は……お嬢様は一切の権限を有しておりません」


 彼が嘘を言っているようには見えない。


 悪意だって感じられない。

 むしろもう他に手がない、といった焦燥までうかがえる。


 向こうの話次第だが、要求を受け入れなくもない、か。

 外交担当の第五中隊に繋げるぐらいは俺でも可能だ。


「そちらはなにを提供できますか?」

「申し訳ございません、私どもからはなにも……」


 亡命をさせる側にだって当然リスクがある。


 そのぐらい彼も分かっているだろうに、こんな話を持ち掛けてくる目的が見えない。


 はっきり言って話しにならない。


 そう断ろうとするが、彼はさらに続けてくる。


「どうかお嬢様のお顔だけでも見てくださいませんか?」

「それになんの意味が?」

「数分だけでも構いません。何卒……」


 深々と頭をさげるその姿勢は誠意のみ。



 彼はそれなりの実力を持っているはずだ。

 俺の正体を見破り、狙撃に気づいている素振りを見せた辺り間違いないだろう。


 だが今まで一度も魔法を使っていない。

 交渉という手段だけで話を持ち掛けてきている。


 この点だけ見れば信頼に値する、そう判断していいはずだ。




 仕方ない、もう少しだけ話を聞いてみるか。

 それにこの国の内情を知る材料になるかもしれない。


「分かりました。話だけでも聞いてみます」

「――! 有難うございます!」


 そのまま彼のあとを追う


 ついて行く最中、ひとつ目のドアを越えた時。

 雰囲気が途端に変わった。


 調度品などひとつもなく、壁や床だってボロボロだ。

 修復された痕すらない。


 どうやら俺の勘違いだったらしい。

 この建物は目立たない範囲で上品に見せていた、と言うべきだろう。



 さらに奥へと進む。


 やがてまたドアが開かれ、ベッドで体を起こしている『お嬢様』と目が合う。

 その瞬間、俺は自分の目を疑った。


「猫耳族……だと?」

「はい。アリシャ様は猫耳族と人族の混血でございます」


 ガーリス公国はドラグシアほど寛容じゃない。

 人族以外で爵位を持っているなんて聞いたことがない。


 神聖視されるエルフは別だが、ここは亜人というだけで奴隷にされるような国だ。


「彼女が亜人だから亡命を? いや、そもそも亜人じゃこんな場所に住めるはずが……」


 事情が呑み込めず困惑していると、目の前の『お嬢様』が口を開いた。


「お客様、ケホッ……ですの……?」


 とても弱々しい、掠れた声音。

 しゃべるのも辛そうだ。


「はい。誠に勝手ながらお招き致しました」

「いけません……わ。呪いがうつってしまいます……」

「ですから何度も申し上げた通り、それはうつる物ではございません」

「ですがお医者様は…………ゴホッ!」


 彼女はいきなり強く咳き込むと、白い掛け布団に血が飛び散る。


「お嬢様!」


 執事の男が駆け寄るが魔法を使う気配はない。

 この容態だと、放っておくのはかなりマズイ。


「突然のご無礼をお許しください」


 俺はすぐさま彼女のそばに近づき、豊穣の書を詠唱する。

 治癒魔法としては最上位の軍用魔法だが、もう正体はバレているのだし問題ない。




 その後もあらゆる魔法を使って治療を試みたが、治すことは出来なかった。


 今は寝ているが、これも無理やり意識を落としただけだ。

 少なくとも起きているよりはマシだろう。


「あのような貴重な魔法、なんとお礼すればよろしいか……」

「気にしないでください。自分のためにやっただけですから」


 さすがになんの罪もなさそうな人間を見殺しにする趣味は持ち合わせていない。

 というかこのタイミングで死人が出れば俺が目立つ危険だってある。


「先ほど言っていた『呪い』というのは?」

「ある魔物によるものです。もう遥か昔の話しになりますが……」

「魔物、ですか?」

「詳しくは私も知らないのですが、ガーリスでは『死絶の眷属』と呼ばれています」


 スポアキメラの事か。

 確かに恐ろしい魔物だ。


 あまりに危険なため冒険者ギルドでも討伐はおろか、近づくことすら禁止されているぐらいだ。


 だがあれは魔族領にしか生息していない。

 ここから相当離れているが……。


「一体どこで襲われたんですか?」

「襲われたのではありません」

「ん……?」


 瞬間、彼の目は細められ、肩が突如震えだす。

 俺ですらあまり見ないほどの憎悪。


「お嬢様は、死絶の眷属と同じ部屋に閉じ込められた過去があります」


 鳥肌が立った。


 スポアキメラは常に、ある粒子を放出している巨大な魔物だ。

 その粉を吸えばどんな人間でも死に至る。


 軍が行っていた実験の資料。

 かなり前の物だが、記載されていた致死率は100%だったはずだ。


 その結果、ドラグシアでは兵器運用の計画を凍結された。


 しかもただ死ぬんじゃない。

 長い期間をかけ、苦しみながら死に近づいていく。


 男の俺ですらひどく苦しかったほどだ。

 さっきの彼女は会話が出来ていたが、並大抵の精神力じゃない。



 そんな猛毒を持つ魔物と同じ部屋に閉じ込める。

 いくら亜人を迫害してるからといい、まともな神経の持ち主とは思えない。


「やったのはどこのクズだ――」

「ここから先をお話してしまえば、あなた様を巻き込んでしまいます。私の願いはあくまでお嬢様の亡命のみ……」


 思わず握りしめていた拳を緩め、肩の力を抜いていく。


 ここまで聞いてしまったんだ。

 今さら引き返す気はない。


「問題ありません。教えてください」

「ですが……」

「俺はドラグシアが有する軍の特権階級と面識があります。万が一の際、彼らに守ってもらう事も可能です」


 正確に言えば特権階級そのものだが。


「竜翼魔術士団の特権階級……。まさか『翼』を与えられた方々のことでございますか――!?」


 うなずいて返す。

 すると彼は意を決するように胸に手を当てた。


 話し始めるまで待ったのは数秒ほどだ。


「ダリフ・ガーリス。アリシャ様にこのような仕打ちを行ったのは、ガーリス公国の現国王です」

「国王? 一体なぜ……」

「アリシャ様は女王と使用人の間に生まれた子なのです」


 人族の国に生まれてしまった亜人の王女。

 それが彼女、アリシャ・ガーリスという少女をこんな目に合わせた理由なのか。


 この国の王は狂っているとしか言いようがない。


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