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4. 異端の翼は恩人と出会う

 あたたかい木漏れ日の光。

 頬を撫でるやさしい風。


 そして可愛らしいダズンバードのさえずり……はないな。

 寝る前に周りの魔物、全部処理してしまったからな。



 今さらながら少々やり過ぎてしまった気がしなくもない。

 とはいえ《"ブラッド・ソリディクション"》による死体は一見、突然死したようにしか見えない魔法だ。

 わざわざこんな場所まで来て、調べでもしない限り見つかることはないだろう。


 我ながら完璧な作戦だったと思う。


「さーて、水の確保をした後はメシの調達だな!」


 ウキウキ顔で木から飛び降りた俺は適当な大木を見繕った。

 周りを見ていて気付いたのだが、ここらに生えているのはおそらくウォーターウッドだ。

 根元付近にある枝を折れば水が出てくるアレだ。


 こんな状況だからな。

 まだ食事にありつけていないとはいえ、水でもご馳走になるに決まっている。


「そいっ」


 俺は満面の笑みで小枝をへし折った。

 すると子気味よい音と共に、栄養たっぷりの水が……。


 ……水が。


「いやこれは違うな」


 目の前でドロドロと流れ始める透明のなにか。

 辛うじて液体なのは分かるが、触れた雑草が目の前で腐っていく怪現象は理解不能だ。


「まぁいい。物は試しだ」


 俺は透明のなにかを両手ですくうとゴクリと一口飲んでみる。


 ふむ、味は無いが意外にイケ……。


「オェェェェェ!」


 やはり無理だった。



----



「――ッチ、この森マジでムカつくな」


 腐敗した口内と食道、果てには臓器まで一気に回帰の書で戻した俺は、舌打ちしながら水を飲み干していた。もちろん今度こそ、正真正銘ちゃんとした『水』だ。

 応急処置として(せせらぎ)の書で作ったものだが、水分補給という点だけなら少しはこれで凌げる。


 だが天然の物は必要だ。

 魔法で作った水では栄養素が含まれないため、これだけでは体に支障をきたしてくる。

 支払いをケチって水道を止められたノーラが言っていたのだから間違いない。


 それに味や匂いだってない。

 これでは気分も盛り下がるというもの。


「次はメシだが……」


 なんというかもう、望み薄だ。

 この大樹海に期待するだけ無駄な気がして来ている。


 頭の中では戦時中に実行寸前まで行った、『回帰の書で復元しながら、自分のふとももを削いで食べる作戦』がよぎり始めていた。


「アイツらさえ食えれば良かったんだがな」


 そこらに横たわっているアシッドタイガーだ。


 《"ブラッド・ソリディクション"》は肉体に損傷を与えない魔法だからだろう。

 肉片にならなかったおかげで死体は残っているわけだが、流石に食べる気は起きない。


 本当に憂鬱(ゆううつ)だ。


「亜人領の集落か村でも見つけられれば良いんだが……」


 一瞬全力でジャンプして辺りを見渡すことも考えた。

 が、木があまりにも高いのでおそらく厳しい。


 広範囲に森を削りながら歩く方がまだ現実的だ。

 まぁそんなことすれば目立つから無理だが。


 追手に見つかってしまえばそこで終わりだ。

 指名手配までされている可能性だって十分ある。

 人族領が近いかもしれないこの場所で、目立ちすぎる行動は避けるべきだろう。




 だが空腹で体の動きは鈍ってきており、状況はかなり悪いと言わざるを得ない。

 イデア大樹林を甘く見ていた。


 単独かつ装備は無し、使える魔法にも制約がある。

 なかなかのハードモードだと言える。


「やっぱひとりってのはキツいな……」


 フィリア、アリシャ、そしてノーラ。

 つい先日まで別れることなど、考えもしなかった彼女たちの顔が頭に浮かんでくる。

 もっと早く裏切りに気づいていれば、全員で亡命という手段も取れたはずだ。


 ドラグシアを信じ切っていた俺のミスだ。


「……食うか」


 俺は震える手を右足のふとももへと持っていく。

 こんなことになるなら、腹減る前に食っとくべきだったな。

 手が震える状態で足を切るのは面倒だ。


「白の書、第三章、第二節より引用――」


 自身の肉を削ぐのにもっとも最適な魔法を選択する。



 その時だった。

 かざしていた俺の手が、何者かの手によって掴まれる。



 とても白く、細い腕だ。


「あ、あの……! 一体なにをしようとしているんですか!」

「ん? 足を食おうとしてるだけだが」

「あ、足を食べ……る……!?」


 顔を上げてみれば、エメラルド色の瞳と目が合った。

 次の瞬間、彼女はビクンと体を揺らして震え出し――。



 年は俺と同じくらいだろうか。

 だが綺麗な肌と金色の髪が、育ちは決して同じではないことを伝えてくる。

 宮廷で見る貴族たちとまったく同じだ。


 にもかかわらず、彼女からは胡散臭(うさんくさ)さのような物はまったく感じられない。

 それにこの耳……。


 いや、それよりもだ。


「なんで震えてるんだ?」


 まさか俺のように空腹……なんてことはないだろう。

 少なくとも腕を掴んでくる彼女の手には、ちゃんと力が(こも)っている。


「あなたはその、賊の方……ですか?」

「賊?」


 考えもしなかった答えに思わず聞き返してしまうが、彼女の目は至って真剣だ。

 何だかよく分からないが、一つだけ胸を張って言えることがある。


 俺は賊なんて立派な物じゃない。


「ただの迷子だ」

「ま、まい……ご?」

「そうだ。迷子だ」


 予想外の答えが返ってきたのは向こうも同じだったらしい。

 彼女は俺から手を離すと、その場でぺたんと座り込んだ。


「怖かったよぉ……」


 突然涙を浮かべ始める少女。

 理由は知らんが、少なくとも俺は悪くないと思う。


 ……思うのだが、女性を泣かせたときは、男が悪いとアリシャが熱弁していた。

 つまり俺が悪いのだろう。


「ごめんな」

「え? あなたはなにも悪くないと思いますけど……」


 ふむ、なるほど……。

 今度アリシャに会った時はビンタしてやるか。


 大丈夫、絶対にまた会える。


「で、なんで泣いてるんだ? 俺で良ければ話を聞くが」


 とはいったものの空腹で餓死寸前の俺だ。

 出来る事なんてたかが知れてる。


 そんなこと、向こうも薄々気づいているはずだ。

 それでも彼女は嫌そうな素振りをひとつも見せない。


「よろしいのですか……?」

「まぁ聞くだけになるかもしれないけどな。なんせただの迷子だし」

「っふふ……そうでしたね」


 彼女は笑いながら涙を人差し指で拭うと、見知らぬ相手にも関わらず話してくれた。



----



「よし、簡単にまとめるぞ」


 彼女、フレイヤの話が終わるまで黙って聞いていた俺は内容の再確認をする。


「暮らしていた屋敷が賊に襲われ、使用人たちと一緒に人質にされてしまった」


 フレイヤはこくりと頷く。


「だが姉のミーリヤが隙を付いて、なんとかフレイヤを逃がした」

「間違いありません」


 俺は果物を齧りながら彼女に相違(そうい)がないか確認していく。

 しかし美味いなこれ、初めて見るが亜人領だけで取れるのだろうか。


「その後は屋敷から出て、フレイヤは覚悟を決めて隣のイデア大樹海に逃げ込んだと」

「は、はい。でも何故かいつもいる、危険な魔物たちがみんな倒れていましたが……」

「そこは気にするな」


 俺はすかさず言葉を(さえぎ)ると、彼女の左手に乗せられた残りの果物に視線を向けた。


「これも食べますか?」

「お願いします」


 フレイヤから受け取った果物に口を付けながら話を戻す。


「んで森を逃げていたところ、倒れている俺を見つけて今に至る。こんなところか」

「最初は隠れていようと思ったんですが……。突然自分の足を切り落とそうとしたので、思わず声を掛けてしまいました」


「見つけていただき大変感謝しております」


 最後の一口を飲み込みながら、心からの感謝を伝える。

 間違いなく彼女は命の恩人だ。


 にしても俺がしようとしたことが分かったのか。

 白の書の内容を把握していることになるが、レベルの高い教育を受けているってことか?


「そういえば屋敷の人たちを放っといていいのか?」

「もちろん心配です! でもお姉ちゃんはとても強いので……」


 俺から見ればどうみても非常事態だが、そんな状況でも安心できるほどの強さか。

 賊がどれほどの奴らかは知らないが、そこまで強いと言われると気になってくるな。


「わたしがいると足手まといになっちゃうんです。だからお姉ちゃんが迎えに来てくれるまで、なんとか逃げようと思ったんですが……」


 彼女は『そもそも私が最初に捕まらなければ……』と自嘲(じちょう)気味に付け足す。


 しかしいくらその姉が強いとはいえ、すこし心配ではある。

 それに彼女が楽観的すぎるのも危険だ。

 

 俺は追われている身だ。こんなところで時間を使わず、さっさと逃げるべきなのは分かっている。


 だとしても、彼女は無理をしてまで救ってくれた恩人だ。それにこんな危険な森に放置するのだって、あり得ない話だろう。


 ……違うな。

 土地勘がないのは俺の方だろうし、放置されるのは俺か。


 まあいい。


「なんなら一緒に屋敷まで行ってみるか? こう見えても魔法は得意な方なんだが」

「ですが相手は……」

「なに、気にすんな。こっちは迷子なんだし、むしろ道案内をお願いしたいくらいなんだよ」


 俺がそう伝えると彼女は満面の笑みで提案を受け入れてくれた。

 ダズンバードが肩に乗っていれば、そのまま絵画(かいが)にでもなりそうなほどである。


 とはいえ周囲一帯のダズンバードは全滅してるわけだが。

 いや、そもそもここに生息してなかった可能性もあるのか。


「そんじゃ、道案内は任せたぞ」

「は、はい! お任せください!」


 それにしてもエルフの姉妹か。

 『賊』とやらが、本当にただの賊ならいいのだが……。

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