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39. 異端の翼のとある過去 1

今回より数話、レイシスの過去の話が続きます。

「おーい、テーブルの上にメシ置いとくぞー」


 宿に戻り、声を掛けてみたが返事がない。

 この分だと今日もまだ寝ているのだろう。


「さっさと起き――」


 もう一度呼びかけようとした時だ。


 突然「ガシャン!」と大きな音が響き渡る。

 ここからだと死角になっているため様子が分からない。


「フィリア!」


 俺たちの正体がバレて襲撃を受けたのではないか。

 そんな予感がよぎり、急いで部屋に駆けあがる。


 が、横になって倒れている彼女の姿を見て真顔になる。


「……お前なにしてんだ」

「着替え、してた」


 なぜ着替えるだけで、そんなグルグル巻きの状態になるのだろうか。


 服はグチャグチャに絡まっているし、体中に巻き付いている髪に至ってはもっと重症だ。

 というか亜麻色なせいで、一瞬包帯と見間違えた。


「起きてから、ちゃんと顔は洗ったか?」

「忘れてた」

「はぁ……」


 彼女の寝起きはとにかくひどい。

 だから顔を洗うよう、日頃から口酸っぱくして言っていた。


 いや、普段からひどいと言われればそれまでだが。


「レイシス、ごめん……」

「まぁ気にすんな。次からはもうちょい気を付けろよ?」

「うん」


 そうやって首を縦に振ったかと思えば、フィリアの額から血が垂れて来た。

 さっきの凄まじい音がしたとき、頭をどこかにぶつけたのだろう。


「血、でてきた」

「ったく……」


 彼女のそばまで近づき、絡まっている髪や服を解いてく。

 ほとんど下着姿になってしまったが仕方ない。

 今は傷の方が先だろう。



 そのまま髪をかき上げて確認する。

 傷口は思っていたよりも深い。


 俺は豊穣の書を使い傷を塞ぐ。

 念のためケガしていた部分を撫でてみるが異常はない。


 うむ、問題無さそうだ。


「これでよし。メシにするからさっさと準備するんだぞ」

「うん、分かった」


 ひとまずこれで一安心――。


「っておい、そのままイスに座るな」

「……? さっきレイシスが『さっさと』って」


「言い方が悪かったな……」


 俺はフィリアを立ち上がらせ、手を引いて洗面台まで連れて行く。


「まず顔についた血を洗う」

「うん」


 次に横の引き出しを開け、外出用のワンピースを指差す。


「で、濡れた顔を拭いたらこの服に着替える」

「それでいいの?」

「これでいいいんだ」


 というか他の服は寝間着しかないだろ。


「ここまで済んだら戻ってきてイスに座るんだ。分かったか?」


 そう言い聞かせるとフィリアはコクリとうなずいた。


 さすがに今度は大丈夫だろう。

 内容自体は難しくないし、ちゃんと細かく伝えた。


「じゃあ向こうで待ってるぞ」


 俺は散らかり放題の部屋まで戻り、すぐさま片付けに取り掛かる。

 食事自体は買ってきた出来合わせの物だし、どうせフィリアが来るまでやることもない。


「さてと……」


 王都に潜伏を始めてちょうど一週間。

 今のところは順調だ。


 まぁ今回の任務はそこまで難しくない。

 あくまで斥候であり、ガーリス公国の偵察だけだ。


 それに非常時には、現場の判断で引き上げることも許可されている。

 あまり気負う事もないだろう。




 しばらくして片づけが終わったのだが、フィリアが来る気配はまだない。

 かといって様子見しに行くのは躊躇われる。


 相手が彼女とはいえ、着替えている最中を覗くのはさすがに……。



 そうやって彼女がまたやらかしていないか、心配になり始めた時だった。


「レイシス、おわったよ」

「やっと来たか」


 ひょいと顔を出した彼女は、目の前の席まで歩いて行きストンと座る。

 どこにも異常は見当たらないし、どうやら考えすぎだったらしい。


「少し遅かったが大丈夫か?」


「うん。ちょっと迷ったけど、レイシスの言う通りにするだけ、だったから」


 迷うほどのことなんてあったか……?



 まぁ問題は起きていないし、気にするだけ無駄か。

 さっさとメシを食いながら打ち合わせを始めよう。


「とりあえず今日の配置についてだが――」


 言いかけて思考が止まる。

 なんというか、フィリアがおかしい。


「なぁ、ひとつ聞いていいか?」


「ん……」


 彼女自体は別にいつも通りだ。


 問題は服装の方にある。


 最初は気づかなかったが、胸のあたりがどうも変だ。

 俺の見間違いでなければ、小さな突起がふたつほど服の下から主張している。


「当然下着は付けてるんだよな」

「レイシスは下着、選んでなかったよ?」

「お前なぁ……」


 思わず眉間を抑える。

 細かい部分まで指示した分、むしろ逆効果だったか。


 女性の基本というか、常識というか……。


 そういった物を彼女に教えてくれる奴がいればいいんだが。

 とはいえ気軽に頼めそうな女なんぞ、セレーナくらいしか思いつかない。



 いや、あいつはあいつでダメだな。


『寝るときは全裸が一番落ち着く』などと言っている奴だ。

 期待するのは危険すぎる。



 ――ちょっと待て。

 フィリアは俺が選んだ服()()着てきたのか?


 とてつもなく嫌な予感がするな。


「まさか下の方も履いていない、なんてことは無い……よな……?」

「ぱんつのこと、なにも言ってなかった」


 まともな女の知り合い、作っておくべきだったか……。



----



 朝のトラブルをなんとか処理し、定刻通りに出発した俺たちは早々に別れていた。


 今日の行先はとくに厳重な場所、ということもあり万全を期する必要があるからだ。


「ふむ、さすがにデカイな」


 ガーリス公国、王都ラディリアを象徴する巨大な建造物。


 いわゆる『王城』というやつだが、ドラグシアとはだいぶ雰囲気が違う。

 というのも……。


「そこの兄ちゃん、一本どうだ?」

「さっきメシを食ったばかりなんだ。悪いな」


 出店のおっさんに声を掛けられるもサッと断る。

 それでも気前の良さそうな顔は変わらないあたり、俺のような奴はいくらでもいるのだろう。



 そう、ラディリアの城下町は観光地になっているのだ。

 さすがに城の中までは入れないが、一般人が主要施設にここまで近づける国は珍しい。


 どこの国も立ち入り禁止、警備は厳重というのが普通だ。

 まぁドラグシアのように近づいただけで拘束、もしくは射殺って国はあまりないが……。


「"配置、ついた"」


 フィリアの《"魔導通信(マギ・テレパス)"》が届く。

 俺は軽く咳ばらいをして了解の意を返す。


 彼女はラディリアと隣町の境目、そこにある監視塔の最上階に待機させている。

 正確に言えば最上階のさらに先、つまり屋根の上だが。



 俺を視界にいれつつ、狙撃が出来る場所がそこしかなかったのだから仕方ない。


「"今のところは風、ないみたい。この距離なら大丈夫……だと思う"」


 フィリアがそう言うのなら問題ないだろう。

 自分から無理と言い出さない限り、彼女が失敗することはない。


 ここは人が多いため、うかつに声が出せない。

 今の考えを伝えれないのが辛いところだな。



 今日ここまで来た目的はいくつかある。

 近衛兵の装備のチェック、あとは防衛設備の調査だ。


 もちろん手の内を全て明かしているわけは無いだろう。


 上層部では『戦争が起こるかもしれない』、なんて話も上がっている最中だ。

 今回の作戦も万が一に備えた物に違いない。



 そして目的はもうひとつ。

 斥候任務は本来第八中隊の担当だが、俺が派遣された理由はここにある。


 それは異端書の有無の確認だ。


 さすがに直接見るのは無理だろうが、俺のように異端書を使い慣れている人間であれば魔力を感じ取れる。


 第八も異端書慣れしている部隊だが、あそこは穢魂の書に限られるからな。


「ん……?」


 そろそろ仕事に取り掛かるか。

 そんな事を考えていた時、視界に入ったある家が目に留まった。



 ここは城下町ということもあり、外観が凝っている建物が多い。

 にもかかわらずあの家はなぜか質素だ。


 だが下品というわけじゃない。

 景観を損ねるような『質素』とは決して違う。


 造りはしっかりしているし、装飾だって職人の手による一品だろう。

 だからこそ引っかかる。


 おそらくほとんどの人間はこの矛盾に気づかないだろう。

 いや、気にも留める事すらしないはずだ。


 まるで意図的に目立たないように建てられている。

 そう思えて仕方ない。


「"ちょいと休憩するか"」


 俺は予定にない行動を取るときのサインをつぶやくと、不思議な家に向かってみる事にした。


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